閑話:一方、魔王軍は 1
第13話 その頃の鮮烈のシュテルン
オエスツー王国は、近く行なわれる魔法合戦のために、魔導師たちの強化合宿を行なっていた。
一時的に王国から全ての魔術師がいなくなるが、百年以上に渡って国家同士の戦闘はおろか、大規模な盗賊の発生すらない。
平和と言うぬるま湯に浸りきったオエスツー王国は、例年のごとく、国力の多くを魔法合戦に費やし、国防を軽んじる体勢でいた。
「入国フリーとは……。国王陛下は随分と剛毅な方でおられますな」
その日、入国してきた男は、遠く離れた山向こうの国から来たという旅人だった。
近隣は、オエスツー王国、マクベロン王国、ウィドン王国、そしてユーティリット王国の四国が存在しており、ここ数百年の歴史の中に、この四国以外の国は登場しない。
つまり、遠く離れた山向こうの国から来た旅人は、数百年ぶりと言うわけだった。
彼は風変わりな赤い鎧を着込み、腰に同じ色の長剣を下げていた。
赤い髑髏を象った兜の下は、なかなかの美丈夫である。
後ろへ撫で付けた赤毛を長く伸ばし、鼻は高く、目つきは猛禽類のように鋭い。
身のこなしには、隙と言うものが無かった。
「いやいや。遥か遠き国からの旅、まことにご苦労じゃった! オエスツー王国は平和な国じゃ。盗賊も出ることは無く、人々は麦や野菜を作り、羊を飼って暮らしておる。だが……平和なのもよしあしでな。わしは刺激に餓えておるのじゃ。どうじゃ、旅の人。今日はわしらが知らぬ別の国の話でも、聞かせてはくれんか」
そこは、オエスツーの国王が開いた、国を挙げての宴の会場だった。
貴族たちが集まり、国で有力な商人や名士、あるいは名だたる血筋の騎士たちが集う。
場の中央には、鎧を着込んだ男がいた。
彼の国では、鎧姿が正装なのだという。
誰もが、それは変わった国だと驚き、そして未知の世界のならわしに胸を躍らせた。
「さて、では何から話したものでしょうかな。私も過去に、この四王国を訪れた事があるのです。最後は、ユーティリット王国に参りましたな。まさかまた、この土地に降り立つことが出来るとは思ってもおりませんでした」
「旅人さん、あんたはたった一人で、色々な国を巡っているのかい?」
「いや、私はかつて、部下を率いる身でした。ですが、ちょっとした失態を犯しましてね。部下に愛想を尽かされてしまい、その後、さる偉大なお方に拾っていただきました。今は、そのお方の命を受けての検分する旅路です」
「ほう、見聞を!」
旅人が話した言葉と、聴衆が受け取った言葉では同じような響きでも、意味が異なる。
だが、誰も気付かない。
「世界の外は、それはもう、凄まじいところです。天を衝くほど高い火山、山に住まう竜、こちらにあるリナック湖よりも遥かに広く、どこまで行っても対岸が見えぬ海という巨大なみずたまり……」
「おお……!」
「竜か! おとぎ話の竜が、本当にいるのかね!」
「いやあ、興味深い!」
誰もが、旅人の話を楽しみながら、それを肴に酒を飲んだ。
「空を覆い尽くす、ユグドラシルという大木もございますな。ここには翼ある人々が住んでいました。彼らは頑固でしたが、我が主はそんな彼らをも従え、世に覇を唱えようとしております」
語りの方向が、少しずつおかしくなる。
だが、酒でほろ酔いになった人々は、誰も気付かない。
「なるほど、そいつは偉い王様なんだなあ」
「旅人よ、わしもそなたの主である王に会ってみたくはあるのう。どうじゃ、そなたの主もこの国を訪れぬかね? 国を挙げて歓待しようではないか」
国王の言葉に、旅人は微笑を浮かべた。
「ありがたいお言葉です。ですが、お気遣い無く」
旅人は立ち上がる。
すると、いつの間にか、会場には奇妙な照明が生まれている。
旅人の頭上に、幾つもの鏡を組み合わせたような玉が浮かび、それが周囲の光を集めて、でたらめに反射しているのだ。
立ち上がった旅人の影は、まるで幾つも幾つもあるように見えた。
「何故なら……。この国を手に入れるのは、私に与えられた役割だからだ」
旅人は、赤い剣を抜き放った。
それを、自らの影へと突き立てる。
「いでよ、我が軍団。今こそ、戦の始まりぞ」
その場にいる誰もが、唖然として、周囲を見回す。
長く伸びた旅人の影は、幾重にも分かれて会場中に広がっている。
突然、その影が立ち上がった。
それらは、旅人に良く似た姿をした、骸骨頭の甲冑である。
目の前に骸骨頭が現われた婦人が悲鳴をあげた。
彼女に向かって、骸骨頭の戦士が武器を抜き放つ。
血飛沫があがった。
あちこちで、宴に参じた人々が骸骨の戦士と相対する。
たちまちのうちに、宴は惨劇へと変わった。
悲鳴と絶叫、血がしぶく。
「な、な、なにを!?」
国王は驚愕に目を見開いた。
立ち上がることは出来ない、腰が抜けてしまったのだ。
彼の前で、旅人は小脇に抱えていた髑髏の兜を装着した。
額に長い、一本の角がある。
「国王陛下。オエスツー王国、確かに頂戴しましたぞ」
髑髏の眼孔が、赤く輝く。
それは、つい先ほどまで歓談していた旅人とは、別人のようだった。
「お、お前は、お前は一体……!?」
「申し遅れた。我が名は“鮮烈のシュテルン”。魔王軍八魔将が一角。国王陛下、御首貰い受ける」
赤い剣が奔った。
かくして、オエスツー王国の支配者が入れ替わる。
一つの国家が魔の者の手に堕ちたのだ。
だが……この事態に気付いている者は、まだほとんど存在していないのだ。
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