第12話 合戦に備えるのだ

「なんということだ!! 父上も兄上も、魔王の脅威を分かっていないからこのようなことをするのだ!!」


 ぷんすか怒っているレヴィア姫は、今は檻の中だ。

 いや、正確には王城の見張り塔を改造した特別室・・・である。

 しばらくこの特別室にいてもらうことで、王女が頭を冷やすのを待つ方向らしい。

 昨日のレヴィアの扱いは、痺れ毒付き吹き矢で集中攻撃されたり、獣用の投網で集中攻撃されたり、一国の王女の扱いとしてはどうだろうか。

 まあ、それだけ活発な人なのだろう。


「ふむふむ、分かるような気がします。で、姫様は何やってんですか」


「見て分からないか? 体が鈍らないように運動しているのだ」


 俺の目の前では、活動的なシャツにパンツルックの姫様が、天井の一部を破壊して、そこにぶら下がりながら懸垂めいたことをしている。

 檻……じゃなくて特別室の中には、石造りの天井を破壊できる器具は無いから、あれは多分素手で壊したんだろう。

 弱体化の魔法が使えるとは言え、一国の姫にしておくのは惜しいくらいの戦闘力だ。

 そう言えばこの人、押されてたとはいえ、鮮烈のシュテルンと一騎打ちしてたんだよな。


「私が脱出するまではしばしかかる。そなたはこの間に、様々な魔法を学び、覚えるといい。魔王との戦は近いぞ!」


「なるほど」


 確かに、時間を有効に使うのは大事である。

 俺はレヴィアの物言いに納得し、自分のスキルアップに努めることにした。

 まずは、ゼロイド師の研究室である。


「中級魔導書をマスターしたので返しに来た」


「な、なにっ!? 昨日初めて初級魔導書を読んだ男が、昨日の今日で中級魔導書を読破したのかっ!?」


 もくもくと湧きあがる煙の中にいたゼロイドは、煙が晴れるんじゃないかというくらいの大声をあげて驚いた。


「馬鹿な……! 俺は信じないぞ。見せてみろウェスカー!」


 兄弟子気取りのイチイバが、俺に発破をかけてくる。

 何を見せればいいかは分からんが、まあ適当なのを見せておけばいいだろう。


「よし、エナジー・ウォーター」


 俺は魔法の名を唱えた。

 すると、俺の指先から紫の光エナジーボルトが発生し、のんびりと進んでいく。

 光は、じーっとそれを見ているニルイダの近くまでやってくると、テーブルの上に置かれていたマグカップ目掛けて、先端からピューッと水を吹いた。


「な、ななな!?」


 イチイバが驚愕してひっくり返った。

 ニルイダは目をぱちぱちさせて、何も言えない様子。

 ゼロイドは文字通り飛び上がって喜んだ。


「す、凄いぞ!! 魔法の中身そのものは非常にちゃちいが、やっていることが何をどうやってそうなっているのか、全くわからない! まさか、生命魔法と元素魔法を組み合わせて使うとは!? 共に、オドとマナ、発する場が全く違う魔力を用いているのに! 今、ごく当たり前のような顔をして、エナジーボルトが水作成クリエイトウォーターに変わった!!」


「うむ。エナジーボルトでクリエイトウォーターを包んだのです。すると、エナジーボルトが届いた先で水をぴゅーっと出してくれる。だが俺にもこの魔法の使い方は見当もつかん」


 とりあえず、手持ちの魔法と覚えたての魔法を組み合わせたのだが、やっぱり何をすべきか考えないとダメだな。

 あっ、今思いついたのだが、この魔法を使えば、自室のベッドでゴロゴロしながら、庭の花に水をやれるな。あとは、使い方によって色々応用できるかもしれない。

 俺は、ゼロイドから羊皮紙をもらってメモしておいた。


「他にはだな、こうやって、エナジーボルトとティンダーを組み合わせて、任意の方向だけを焦がして炭化させるとか」


「おおーっ!」


硬い土ハードソイルの魔法とそよ風ブリーズウィンドの魔法を組み合わせて、このように目に入ると痛い厄介な土ぼこりを起こすとか」


「いやがらせにしか使えなさそうだな、それは。元素魔法同士の組み合わせは、他の魔導師もやっているかもしれないな。だが、昨日魔導書を読み始めた人間が、これを考え付くことが素晴らしい。私は優秀な弟子を得たようだ」


 あれっ。

 いつの間に弟子になったんだろう……。

 イチイバは、何やら対抗意識を燃やして俺を鋭い目つきで見ている。

 ニルイダは俺のやったことに興味津々のようだ。

 俺は自分に好意的な女の子にはとても甘いので、あとで組み合わせのコツを教えてあげるとしよう。こう、ワーッと湧いて来る魔力をグーッと固めて、そこに水属性の魔力をいい感じで包み込むのだ。きっと分かってくれるだろう。

 おっと、ここに来た一番の理由を忘れるところだった。


「ところでゼロイド師、質問があるんですが」


「おや、何かねウェスカー君。私は向上心のある弟子は大好きだぞ」


「はあ。昨日、マクベロン王国のナーバンという魔導師とちょっと小競り合いをしたんですが」


「ほう、マクベロンのナー……バン……!? 隣国の次期宮廷魔導師候補の呼び名も名高い、若き天才魔導師ではないか! 元は、レヴィア殿下の許婚だったのだが、こう、殿下があまりにも元気すぎるのと、彼女の武勇の噂を聞いたカモネギー伯爵家が、丁重にお断りをしてきてだな……。しかし、殿下は見た目だけであれば絶世の美女。ナーバン殿はまだ、殿下に懸想してらっしゃるという話だったが」


「なるほど」


 この人は何でも知ってるなあ。

 しかし、俺としてはレヴィアは普通に気の合ういい奴なんだが、俺とみんなで彼女に対する評価がなぜか物凄く違う。

 おっと、質問、質問。


「ええと、そこでナーバンが、炎の矢フレイムアローという魔法を使ってきたんですが、あれは風属性と火属性の複合魔法じゃないですか。確かに風向きを操作して、炎の矢を好きな方向に飛ばせるけど、風が強いから火勢が弱くなるでしょ。それに火自体には実体がないから、火傷はさせられるけどイマイチ、決め手にはなりづらいかなあと思って」


「ほう。炎の矢は、上級元素魔法、“火の書”に出てくる基本的な戦闘用魔法だ。通常は三本から四本の炎の矢を出現させて扱うが、手練れの魔導師ならば、これを五本から六本使うことが出来る。七本まで出せる者は、まあその分野の天才と言っていいな。だが、確かにウェスカー君が見出した魔法の欠点は昔から言われていることではある。だがなあ」


 ゼロイド師が困った顔をした。

 彼の言葉の続きを、ニルイダが話し出した。


「今は平和な時代でしょう? 効果が高い戦闘用の魔法よりも、炎の矢のような操作しやすく、魔法合戦で見栄えがする魔法のほうが重宝されるのよ。その、殿下には内緒にして欲しいんだけれど、生命魔法の自己強化のエキスパートっていう、質実剛健の権化みたいなスタイルは、時代遅れだと思うのよね……」


 魔法にも流行があるのか。

 しかし、俺が感じた疑問に関しては、この場にいる魔導師たちの見解は問題なしということなんだな。

 今の時代の魔法は、戦闘能力を求めていないのだ。

 レヴィア姫は謙遜してたが、あの人が得意なジャンルの魔法が評価されないだけで、実はあの人はとても優秀な生命魔法の使い手っぽいな。

 だが、時代が変わらないとレヴィアにはスポットが当たらないわけだ。


「では俺も派手な魔法を研究するので、上級魔法の魔導書を貸して」


「ウェスカー! 上級からは、師匠の許しが必要になるんだぞ! 弟子として一番下っ端のお前が易々と借りられるものでは……」


「いや、私は構わんよ。だが、上級からは、生命魔法も強化と弱体、回復の三分野、元素魔法に至っては、地水火風、光の五分野、そのうち地水火風は上中下巻になる。どれかに絞らないと厳しいぞ。ちなみに、君が得意とするエナジーボルトは、生命魔法の特級に当たる。魔導師は時折、一つの魔法に特化した才能が生まれる。ウェスカーは生命魔法の特級、攻撃分野に特化しているのかもしれんな」


 ゼロイド師の説明の後ろで、イチイバがギギギギ、と歯軋りしている。

 なんで対抗心を燃やすのであろうか。

 俺は俺、彼は彼である。

 俺は魔導書のチョイスをちょっと考え込んだ後、


「じゃあ、火属性と土属性で。ちょっと思いついたことがあるんで」


 合計六冊の本を借りることにした。

 部屋で読むのもいいが、試す事ができない。


「あと、魔法を試せるところ無いですか?」


「それならば、兵舎の修練所を使うといいだろう。兵士長に掛け合って、空いた時間を教えてもらいたまえ」


「ほーい」


 かくして、俺は魔法合戦のその日まで、魔導書を読んでは試し、新しい魔法の組み合わせを探し、そしてたまにレヴィア姫と特別室前でだべったりしながら過ごす事にしたのである。

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