第11話 脱走の王女と隣国のいやみな魔導師

「よし、ウェスカー、降りて来い! 安全は確認した」


「へい」


 真夜中の王城。

 カーテンを破いて作った即席の縄梯子で、王女は城の中庭へ降り立ったようだ。

 レヴィア姫自ら率先して危険かどうかを調べにいくというのは、まあ凄いものだなあと思うわけだ。

 あの人、自分の立場をわかって無いんじゃないだろうか。

 俺はホイホイと縄梯子を降りる。

 こういうものを伝って上り下りするのは慣れているのだ。

 いたずらする時は必須のアイテムだからな。


「よーし、では、見回りの兵士に見つからないように脱走するぞ。魔法合戦などという馬鹿な遊びに付き合っている暇などない。我々を魔王が待っているのだ」


「なるほど。で、姫様、その魔王っていうのはどこで知ったんですか」


 俺たちは今まさに、城を脱走するところである。

 レヴィアが部屋に戻ってからも落ち着かず、真夜中に向かいにある俺の部屋の扉をぶち破って、「こんなところにいつまでもいられるか! 私は脱走するぞ! さあ共に行こうウェスカー!」とか言われたので、俺はそれも面白い気がしてついていくことにしたのだ。

 だって、先が予測できない状況の方が面白いではないか。

 そして、中庭で身を隠しながら、なんとなく王女に話を振ったわけだ。


「ああ。私のお祖母さまは生まれながらの魔法使いでな。夢に見ることで、未来に起こることを知ることができた。お祖母さまが亡くなる前、世界に暗雲が迫っている、戦いに備えよと言い残されたのだ。私はそれを信じて、鍛え続けてきた」


「なるほど、正しい」


 俺は納得した。

 実際に骸骨戦士なんてものが現われたわけだし、レヴィアの判断は正しいのである。

 だが、平和である事が当然になってしまったこの世界では、レヴィアはおかしいのである。

 ままなりませんなあ。

 まあ、このままならなさは俺の人生もそうだったので、ここは似たもの同士助け合おうではないか。

 俺は中庭に生っている、ピンク色の果実をもぐと、むしゃむしゃ食べながら彼女と共に歩んだ。


「あ、守衛だ」


「ウェスカー、奴の気をそらすのだ」


「よし、エナジー・クール」


 俺の指先から、青い光が飛んでいった。

 それが守衛の男の背筋に入り込んだ。


「ヒャアー!?」


 守衛が飛び上がった。

 こちらを注意するどころではない。

 そこにレヴィアが駆け寄り、


「むんっ」


 守衛の前から組み付き、前方頭部固めフロントヘッドロックの形に固めた。

 ものの一呼吸半ほどで、守衛が泡を吹きながら白目を剥く。

 

「よし」


「なんてマッシヴな締め落としをする人なんだ」


 俺は感心しながら、守衛を繁みの中に転がした。

 中庭からは、まっすぐに正門へ続いている。

 ちょうど、王城はリングのような形をしており、真ん中に中庭、そこから正門へと続く道は、アーチ状になった城の下をくぐる形になる。

 無論、夜だから木でできた正門は閉じている。

 これをレヴィアは、


「まさか正門が閉まっているとは……」


「普通は閉まってるだろうなあ」


「ウェスカー、なんとか出来ないのか? 中級魔導書を借りて読んでいたのだろう」


「やってみますか」


 俺は中級魔導書を取り出した。

 中級とは言っても、取扱いに注意が必要な魔法が主である。目が覚めるような強力な攻撃の魔法などは載っていない。

 例えばこれ、着火ティンダー


「いかん、それでは城が燃えてしまう」


 次にこれ、水作成クリエイトウォーター


「今の状況に似つかわしくは無いな……。土属性で金属の破城槌を作るとか、そういう魔法は無いのか?」


「ありませんな。ただ、俺なりのやり方でよければこのように。ワイド・エナジー・ティンダー」


 俺の指先が紫に光り、次いで赤く輝いた。

 広げた十指全てから、赤い光が打ち出され、閉ざされた門に食い込んだ。

 その部分が、指先くらいの大きさでぶすぶすと焦げ始める。

 すぐには燃えないようだ。

 これを何度か繰り返す。

 ちょうど、俺たちが通り抜けられる程度の大きさの焦げた跡が生まれた。


「結構深くまでティンダーをぶち込んだので、ここを姫様のパワーで押してみてくださいよ」


「む? ティンダーを使ったのに燃えていないのか?」


「半分エナジーボルトですからねえ。燃える方向を内側に向けて、扉の外側に触れてるのはエナジーボルトですわ」


「分からん説明をする男だ。どれ」


 レヴィアがぐっと力を込めて焦げの中央を押すと、周囲の焦げた部分がメリメリと音を立てた。

 脆く炭化してしまっており、そこがレヴィアのパワーに耐え切れずにずぼっと抜けた。


「おお……!! なんだか分からないが凄いな……!」


「中級も工夫すれば使い物になるみたいですなあ」


 俺はレヴィアに続いて外に出た。

 普通に城の外である。

 城下町が一望に出来た。


「昔はほりもあり、扉も半分は鉄で、それを倒さねば橋にならぬ難攻不落の城だったのだ。だが、平和になったためにそれでは出入りも面倒だし、手入れも面倒だという事で、濠は埋め、扉は薄い木の扉になったのだ」


「平和ボケここに極まれりですな。で、姫様、ちょっと腹ごしらえしていきましょうよ。具体的にはそこの酒場で一杯」


「いいな。むしゃくしゃしていたところだ。ここは強い酒でも飲んですっきりしたい」


 俺たち二人は連れ立って、脱走したその脚で酒場に行った。

 すると、ちょうど酒場に入ろうとした何人かの連中と行き会った。


「おや! そこの女性は、レヴィア殿下ではございませんか!?」


 そいつは、薄い茶の髪をした、優男ふうの貴族だった。

 どうやら俺たちが入ろうとしていたのは、貴族御用達のお高い酒場だったらしい。

 貴族は後ろに何人ものお付きを従えている。

 そいつの首には、青い石で作られた鷹のペンダントが掛けられていた。


「誰です?」


「誰だったかな」


 宮廷に興味が無いレヴィア殿下、この貴族のことを覚えていない。

 貴族はそれを聞いて、むっとしたようだ。


「私ですよ。先日の舞踏会では共にダンスをした仲ではありませんか。マクベロン王国が家臣、カモネギー伯爵家の嫡男であるこの私、貴族にして魔導師のナーバンですよ」


「そうか」


 レヴィアはパッとしない表情をしている。これ、絶対思い出してない顔だ。

 だが、ナーバンと名乗った優男の後ろには、何やら家臣や女衆がいて、「ナーバン様素敵!」「カモネギー伯爵家ばんざい!」などとはやし立てる。


「次なる魔法合戦が間近に迫る中、マクベロンの一級魔導師たる私は当然ながら国の期待を一身に背負い、こうして視察にやってきているのです! その旅の途中、貴女と出会えるとはまさにこれは運命だと思いませんか、レヴィア殿下!」


「……そ、そういうものなのか?」


 あっ、レヴィアが長広舌を振るうナーバンに丸め込まれつつある。

 俺は国王直々に任命された、レヴィア姫専門サポーターとして、ここは助け舟を出す事にする。


「そういうものじゃないですな」


「そ、そうか、そういうものじゃないのか」


 レヴィアがあからさまにホッとした顔をする。


「何を言う! ……ええと、お前は何だ? さっきまで視界にも入っていなかったのだが、殿下の召使か何かか?」


「俺はウェスカー。レヴィア姫様の担当だ」


「担当……?」


 ナーバンがよく分からない顔をした。

 あれは俺が言った事が良く分かっていない顔だ。俺も実は自分の立場がよく分かっていない。


「訳の分からないことを言う男だ。これだから下々の人間は……。良い、お前は下がっておれ。私が殿下とこれからの話をするのだからな」


「なるほど。ではレヴィア姫としっぽり過ごす為には、この俺を倒さねばならんということだな。幸い、俺もさっき魔導師になったところだ。さあ来い」


「…………」


 俺はレヴィアとナーバンの間に立ちふさがり、視線の邪魔になるように手をわさわさと動かした。

 ナーバンの小鼻に青筋が立ち、がひくひくする。怒ってる怒ってる。


「ほう、そなた、わざと挑発するか」


「いやがらせが趣味でしてな」


「お、お、お、おのれ下郎があああああ!? それも、貴様のような印象に残らない男が魔導師だと!? 一体、どういう伝を使った!? 実力ではあるまい!」


「実質私が推薦したようなものだな」


 ナーバンの激昂に、レヴィアが冷静に返したので、優男は怒りのぶつけどころを失ったようだ。

 彼の後ろにいるお付きたちが、ハラハラしながら状況を見守っている。

 奴らの目の前である以上、ナーバンもすごすごとは引き下がれんだろう。

 それに、奴は俺を舐めている。

 なぜ実力も知らん相手を舐められるのか。

 もしや能力とかを見ることが出来る魔法を使えるのか。


「ええい、下郎、私の怒りを買ったことを冥府の底で後悔せよ! “我は命ず! いでよ炎の精! 来たりて炎の矢となり、七度、我が敵を穿て! 炎の矢フレイムアロー”!!」


 奴は手を翳すなり、詠唱を開始した。

 手のひらが赤く輝き、そこにどこからか炎が集まってくる。

 集まった炎は、手のひらから離れた空間に、七本の矢を形作る。


「やった! ナーバン様の炎の矢!」


「炎の矢を一度に七本も作るなんて! ナーバン様の魔力でなければできないわ!」


 ナーバンの取り巻きたちがそんな事を言っている。

 なるほど、これは難しい魔法なのだな。ようやくおとぎ話に出てくる魔法らしい魔法に出会えたじゃないか。

 そこで俺は気付く。

 炎が生まれる段階で、俺は目の前の空間に火属性の魔力を感じた。

 次に、炎の矢が生まれ、俺に向けて動き出すのだが、この段階で風属性の魔力を感じる。

 詠唱によって、火と風の魔力を複合してコントロールしているのだ。

 これは面白い。

 だが、放っておいたら炎の矢が攻撃してくるな。


「むーんっ、飛ばないエナジーボルト!!」


 俺は両手に紫の光を作り出した。

 これでもって、


「せいっ! そいっ! はっ!」


 飛んでくる炎の矢をはたき落とす。


「な、なにいっ!? き、貴様、今何を身に纏った!? それは生命魔法の魔力ではないのか!? 知らん、知らんぞ!? そんな妙な形で発現するエナジーボルトなど私は知らん!!」


 そして最後の炎の矢をギリギリまでひきつけながら、構造を調べる。

 風をまとって飛ぶ、炎の矢。

 性質上、こいつは遠くまで飛ぶと、まとった風で消えてしまう。射程は短い。

 炎だけで、火勢を緩めずに飛ばせれば強くなるんじゃないか。

 そう思いながら、ギリギリのところで目からエナジーボルトを出して撃ち落した。


「目から魔法を撃ったッ!? き、き、貴様本当に人間か!?」


「うむ、魔導師だ。しかし今の魔法確かに凄いが、炎を炎のまま飛ばすのはこう、なんかなあ。当たってもパンチが弱いんじゃないか? その辺どう思う?」


「くっ! また訳の分からんことを言いおって! 相手にしていられん! 私は宿に戻るぞ!! レヴィア殿下、次こそ必ず、あなたの心を射止めますからね!!」


 ナーバンは捨て台詞を吐くと、去っていってしまった。


「ほう、私の心臓を炎の矢で射抜くか。その宣戦布告は確かに受け取った。奴の魔法程度を弾けぬようでは、魔王には通じぬからな」


 うん、こっちの姫様は姫様で、全く明後日の方向に捉えているな。

 そんな風なやり取りをしていたら、城の兵士たちがわんさかと俺たちを追って現われて、獣用の投網で何重にも捕らえられたレヴィア殿下は残念にもお縄になってしまったのである。

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