第10話 ウェスカー、魔法合戦に誘われる
「戻ってきましたよ姫様」
「ああ、待ちかねた。待ちかねたぞ」
扉の外で、レヴィア姫が腕組みしながら待ち構えていた。
そうして胸の前でぐっと組んでいると、ただでさえドレスで強調された胸がさらに寄せて上げられて、とんでもないボリュームに感じるので大変男心に悪い。
俺は借りた魔導書を、ごく自然な動作で股間の前に持って行った。
これで魔導書に隠され、俺の興奮状態は分かるまい。
「ああっ!? 中級魔導書になんてことを!?」
後ろからニルイダの悲鳴めいた声が聞こえるが、聞こえないぞ。あーあーキコエナーイ。
だが、よりによって姫様の視線は俺の股間……を隠す魔導書に注がれているではないか。
「ほう、中級魔導書を借りたのか。私は才能が無くてな。生命魔法しか使うことが出来なかった。たとえ特級魔導書を使えるようになったとしても、マナを操れねば魔法の使い手としては三流だ。そなたには期待しているぞウェスカー。何せ、私の理解者はそなた一人なのだ……!」
「うむ、なんか期待されてるようなので任せてください」
俺はサムズアップしながら、彼女に微笑んで見せた。
レヴィア姫も、王女らしからぬ雄々しいサムズアップで応じてくる。
この人は絶対に生まれる性別を間違ったな。
「殿下、どうなされたのですか、急に」
研究室の中にいるゼロイドは、ちょっと不満げな顔をしている。
俺に色々な魔法を使わせて、子供みたいにキャッキャと喜んでいたところを中断されたのが気に入らないのだろう。
「ああ、父上がお呼びなのだ。ようやく、ウェスカーが私が見初めた強力な魔法使いだと認める気になったらしい。説得の甲斐があった」
どういう説得をしたのかとても気になる。
果たして、俺が姫君に連れられて王族の居間みたいなところに戻ってくると、国王がぐったりとしていた。
隣にいる王妃もぐったりとしている。
レヴィア姫の不倶戴天の兄たるガーヴィン殿下も、心なしかげんなりしている。
そして、さっきまではなかったオブジェがあちこちに追加されていた。
彫像や調度品の数が減っていて、それらをちょうど拳で砕いたような破片とか、大理石の像の腹辺りに拳大の穴が空いていたり、護衛の兵士っぽいのが兜を砕かれて倒れており、それが仲間の兵士に引きずられていくところだ。
「さあ父上! ウェスカーの魔法をご覧ください」
得意げにレヴィアは言った。
王様、くたびれた顔で頷く。もう喋りさえしない。
レヴィア姫が城を追い出された理由がとってもよく分かったぞ。
だが、俺としてはこの王女様は好きなタイプの人間なので、彼女の意図を汲むことにする。
「じゃあ、やります。ええと、王様、そこのティーカップ持ってください」
「うむ、これか?」
もう、みんな部屋の後片付けとか、レヴィアがまた暴れださないかピリピリしているので、俺がへたくそな敬語を使っても気にする余裕が無いようだ。
「行きますよ。その中のお茶が温かくなるんで。エナジー・ウォーム」
俺の指先が紫色に輝き、すぐに薄いピンク色の光に変わった。
なんだかもこもこした輝きが、俺の指先から放たれる。
それは、のんびりと空間を飛んでいき、ティーカップにぶつかると消えた。
「あっ!! 冷めた茶がぬるくなった!!」
王様が驚く。
多分、室温くらいだったお茶が人肌くらいの温度になったのである。
これを見て、いつの間にか後ろに付いてきていたゼロイド師が飛び上がって喜んだ。
「ウオーッ! エナジーボルトを基準として、その威力だけをそぎ落として
「すごいのですか」
あまりにゼロイドが興奮しているので、俺は尋ねてみた。
するとゼロイドが激しく何度も頷く。
「分かる者には分かる。すごいのだ!! 繊細なコントロールができるということは、魔法合戦においても大きな意味合いを持つ! これは、大会を目の前にしてとんでもない男がやってきたぞ……!」
「魔法合戦?」
「おお、それがあったな!」
王様が立ち上がった。
彼は精気のある顔つきになると、
「魔法合戦とは、各国間で行なわれる、魔導師たちの競技大会だ。三年に一度行なわれてな。宮廷魔導師やその弟子のみならず、該当する国家に認定された魔導師ならだれでも参加できる。様々な競技を通じ、各国の魔導師が腕を競い合う。国威発揚の場でもあり、国民たちにとっては大きな娯楽でもあるのだ」
国王はそこまで言うと、俺を見て訝しげな顔をした。
「そなた、キーン村の地主の子なのだろう? 一つの村の顔役の一族ならば、魔法合戦など普通見たことがあるのではないか?」
「存在すら知りませんでしたな」
そうか、ごくたまに、父と兄がめかしこんで王都に出かけていったりしていたのは、これだったのか。
王都にやって来て初めて知る事実というやつだな。
そんなわけで、国王とゼロイドは、俺を即座にユーティリット王国の魔導師として認可を出し、魔法合戦に参加させようという話題で盛り上がり始めた。
ちなみに、魔導師登録はコネがあれば、口頭で一発登録。
コネが無い場合、他の魔導師の元で修行と言う名の小間使いをやり、その魔導師から推薦状を受けて初めて登録できる。その魔導師を紹介してもらうには、国のお役人にコネがあるか、しかるべき紹介料を払う必要があるとか。
「姫様、貧乏だと魔導師になれないんですかね」
「うむ。この国は平和の名の下に腐りきっているからな。有り体に言えばなれない」
レヴィアが断言してくれた。
ひどい話である。
とにかく、魔法合戦は国の面子も関わるイベントということで、何やら実力未知数、凄い伸び代がありそうな俺は王様と宮廷魔導師のコネという最高のコネで、即座に登録という事になったようだった。
当然、レヴィアは面白い顔をしない。
「父上! ゼロイド師! そのような悠長なことをしている場合ではありません!! 魔王が! 魔王が出るのですよ!」
「レヴィア。その魔王とやらと戦うには、力のある魔導師がいたほうがよかろう? 魔法合戦は、各国の魔導師が腕を競い合い、磨きあう場。まさに、優れた魔導師を排出するに最適ではないか」
「金とコネの力で魔導師になった者どもが、魔法と言う名のお遊戯をする場で何が磨かれるというのかっ!!」
「うわあ、レヴィアやめろー!」
ガーヴィン王子が真っ青になって叫ぶ。
妹姫がまた怒り心頭になって暴れだしたのだ。
「くっ、こうなれば! 出会え!」
ガーヴィンが手を叩くと、天井が開いて黒装束の連中がレヴィアの周囲に降り立つ。
そして、筒のようなものを口にくわえて、ふっとひと吹き。
「ぬうっ、兄上配下の諜報部隊か!! 卑怯な……!」
レヴィアは火でも吹きそうな声で呟きながら、崩れ落ちた。
全身に小さい羽がついた、尖ったものが刺さっている。
「吹き矢かあ」
「殿下、既にレヴィア殿下は吹き矢の痺れ毒への耐性を獲得されており、我らの総力を使ってもそろそろ止められなくなってきております……!」
諜報部隊とか言われた黒服のリーダー格が、悲しそうな顔をしてガーヴィンに告げた。
ガーヴィンも沈痛な表情で頷き、
「陛下、今やこのじゃじゃ馬を制していられるのは、私がみるところどこの馬の骨とも知れぬこの魔導師のみ。とりあえず、二人を同じ部屋に放り込んでは……」
「ガーヴィン! レヴィアは一応嫁入り前の娘だぞ!? 年頃の男と一緒で間違いがあれば……いや、大義名分ができるな。そうしよう」
「おめでたいことだわ」
王族が何か相談している。
まあ、レヴィア姫はこの性格だと、嫁入りとか難しそうだよなあ。
俺はうんうん頷く。
ついでに、近場のテーブルに菓子類が盛られていたので、ガッと鷲掴みにして食べる。
魔法を使うとお腹が減るのだ。
焼き菓子美味しい。
「では魔導師ウェスカーよ。そなたに
「ふぉい?」
俺は口元をビスケットの粉だらけにして間抜けな声を出した。
あまりに無礼だったので、戻ってきた護衛の兵士たちが一瞬びっくりした顔で俺を見て、慌てて止めに来た。
「ま、まあよい! そなたを、レヴィアの
あっという間に、二つの役職、魔導師と姫様の傍仕えを得てしまった俺なのだった。
これは出世なのだろうか……?
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