第8話 宮廷魔導師大いに驚く

 翌朝、いい気分で道端で爆睡していた俺と王女は、兵士たちに起こされた。

 馬は繋ぎもしていなかったが、逃げずに近場で草などを食っていた。


「レヴィア殿下! ああ、もう、なんて格好をなさってるんですか!」


 身なりのいい女がやって来た。


「誰?」


「乳母のネーヤだ」


 レヴィアはしかめっつらをした。

 そして、俺と彼女は用意された馬車に詰め込まれ、国の民衆の目に止まらないように配慮されながら、城へと運び込まれていった。

 こいつら、俺が何者かは分からないのだろうが、王女が俺に気を許しているようなのと、俺を同行させろと命じたので、とりあえず従者扱いとなった。

 風呂に叩き込まれ、なんか凄くもじゃもじゃしたブラシで洗われ、泡だらけになり、勿体無いくらい豪勢な布で水気を拭き取られて、袖を通したこともないほど上等で、しかもゴテゴテとした服装を着せられた。


「動きづらいんだけど」


「文句を言うな。ったく、こんなどこの馬の骨とも知れん奴を……」


「お腹減ったんだけど」


「ええいうるさい! 勝手にテーブルの上の果物をつまめばいいだろう!」


 俺を担当するらしきおっさんの言質を取ったので、俺はテーブルの上に盛られたオレンジやリンゴの類を猛烈な勢いで食べた。


「あああああ服が汚れる! 服が汚れる!」


 おっさんの叫び声を聞きながらリンゴをもりもり齧っていると、ノックもなしに扉が開いた。

 俺は扉の向こうに立つ人物を見て、リンゴをぽろりと落とした。


「だれこの人。すっごい美人なんだけど」


「はあ!? そなたは何を言っている? 私だ。レヴィアだ」


「は!?」


 肩口で切り揃えられた髪……は、ウィッグで長く付け足されている。

 赤を基調とした、大変装飾の多いドレスに身を包み、ウェストはコルセットできゅっと締められ、胸元が大胆に開いている。

 おおっ……、でかかったんだなあ。


「その、よく似合ってる。物凄く悪趣味なドレスだけど」


「最後は余計だ。そなたは全く似合ってないな」


「俺の一番良く似合う服装は裸かもしれない」


「それは見たくないな」


 そこで会話へ横槍が入った。


「レヴィア殿下。陛下がお呼びです」


「そうか。ではウェスカー、ついてこい」


「いや、そちらの方は呼ばれては……」


「私が来いと言ったのだ」


 呼びに来た女官を、姫様が一睨みで黙らせる。

 まあ、骸骨戦士と切り結べる実力を持った女だからな。

 俺はテーブルの上から、オレンジとリンゴ、ブドウを大量にポケットに詰め込んでからレヴィアについていくことにした。


 通されたのは、王との謁見の間ではなかった。

 何というか、もっと王族のプライベートな空間だろう。

 入り口には護衛がいたが、扉の向こうは平和な空気に包まれていた。

 まあ、俺の人生には縁がなかったタイプの空気かもしれん。


「レヴィア! 別荘にてしばし頭を冷やせと言ったはずだが」


 いきなり声を掛けてきたのは、金髪碧眼のイケメンだ。

 これが例の、第一王子か。


「付いてきた者は皆死にました。魔王の軍勢が出たのです」


「またお前は、世迷い言を! ……まさか、その言い訳のために彼らを手に掛けたのか!?」


「ガーヴィン!」


 ヒートアップしかけたイケメンを一喝したのは、大きなソファに腰掛けた髭の男だった。

 これが王様?


「ですが陛下! レヴィアはきっと狂ってしまっているのです! 今もこうして、世迷い言を繰り返している! それになんだ、お前が連れているそのよく分からない男は! ああこら! 王の御前でオレンジを剥いて食うんじゃない!」


「あ、いいオレンジですな!」


 俺は果汁で手と口をベトベトにしながら挨拶した。

 これを見てイケメン激怒。


「おい!! あいつをつまみ出せ! 大体あれは一体なんなんだ!? 明らかに場違いな男だろうが!」


「兄上とて勝手は許さんぞ! この男は私が見つけ出してきた魔法使いだ! 私はこの男と共に、魔王の尖兵である骸骨戦士、鮮烈のシュテルンを退けたのだから!」


 レヴィアも負けてはいない。

 彼女のドレスの脇のあたりにスリットがあり、そこに手を突っ込むと、レヴィア愛用の剣が鞘ごと出て来るではないか。

 どういう仕掛けをしているんだ。

 そして肉親だろうと剣を抜くことを辞さぬ、レヴィア王女の狂犬ぶり。


「まあ待てガーヴィン。レヴィアは確かに、昔から空想が好きな娘ではあったが、成人した今もこのようなことを繰り返すとは、何か事情があるのかも知れん。話も聞かずに追い出した余にも落ち度はあろう。レヴィア、話してみよ。それと、そこの男を魔法使いだと言ったな? それは真か?」


「感謝します、父上」


「レヴィア! 陛下であろう!」


「良い。この場は父と娘だ。父上で良いぞ」


「では、父上。この男は、キーン村という辺境の村にて、私が見出した魔法使いにございます。詠唱を用いずに魔法を行使し、私が魔法を使うさまを見て、すぐさま同じ魔法を使ってみせました」


「おお、なんと……!」


「ほう……!!」


 王様は驚いている様子だが、また別の方向から驚きの声が聞こえた。

 そっちを見ると、何やら頭が良さそうなおっさんが目を見開いてこっちを見ている。

 濃紺のローブを纏い、手には水晶があしらわれた杖を握っている。


「ちょうどいい。彼が魔法使いだと言うなら、この場にいる宮廷魔導師に真偽を確かめさせよう。頼めるか、ゼロイド師」


「ああ」


 宮廷魔導師!

 つまりこのおっさんは、王に仕える魔法使いというわけだ。

 俺以外の魔法使いに初めて会ったなあ。


「どうもどうも。ウェスカーです」


「ああ、ゼロイドだ。君が詐欺師ではないことを願うがね」


 なんかいきなり嫌なことを言ってきたな。


「そうだな。ゼロイド師がいるなら話が早い! ウェスカーが私の言うとおりの男だと証明してもらおう。私はその間、魔王の脅威を父上にお話する!」


 レヴィアが物凄い勢いで鼻息を吹き出した。

 やる気だ。

 ゼロイドと言うらしい宮廷魔導師は、俺とレヴィア、そして王様を見比べて、ちょっと困った様子だ。

 すると王様が助け舟を出した。


「良いぞ。何か、その男が本物であると調べられる道具があるのだろう? 真偽を明らかにせよ」


「はっ」


 ゼロイドは改めて、正式に命令を下されて、ホッとしたようだ。


「ついてきたまえ」


 俺を促して、外に歩き出した。


「食べながらでいい?」


「構わないよ。君は随分豪胆なんだな」


「あー、いや、偉い人とか、あまりピンと来なくてですね。俺は学が無いんで」


 ゼロイドの後ろを歩きながら、ブドウを皮ごと食う。

 うまい。


「学がない? 私はユーティリットに登録された魔導師については、おおよそ全員を把握していると思うのだが、君の師となったのは一体どの魔導師なのかね?」


「いや、そういうのは無いっつーか、いきなり使えるようになりまして」


「はあ!? そんなことはあり得ないぞ。そもそも、魔法とは素質が大事なものだ。それでも、優れた魔導師を師匠メンターとせねば、魔法の使い方すら分からんはずだ」


「そうは言われてもですな」


「ではこの場で使ってみたまえ」


 ゼロイドは振り返ると、俺に向かって強い視線を向けた。

 これはあれだな。

 嘘つきを見る目だ。

 

「あー。俺の魔法の使い方は、あなたのー……ええと、ゼロさん? ご存知のやり方と違うみたいで」


「構わんよ。師となる魔導師によって、魔法の使い方は変わる」


「じゃあ、失敬。エナジーボルト」


 俺が魔法の名を呼ぶと、ブドウの果汁にまみれた手のひらが、紫色に輝いた。

 魔法の光の向こう、ゼロイドは無表情でこちらを見ている。

 それが、徐々に口がポカンと開き、驚きに目が見開かれていく。


「な、な、なんだね、それは……!? 詠唱は!? エナジーボルトと言ったか。ならどうして勝手に飛び出さない!? どうして手の上に留まっている……! いや、分かるぞ。その輝きは、確かにエナジーボルトのものだ。だが、このランプで照らされた明るい廊下でなお、輝きを知らしめる強さはなんだ!」


 興奮して口の端から泡を飛ばしながらゼロイドはまくし立てると、俺に駆け寄ってきて腕をがっしり掴んだ。


「もっと詳しい話を聞かせてくれたまえ! これが君の魔法なのか!? 私が知らない魔法の使い方だ! 他に何ができる!? 何を使える!」


「エナジーボルトと、姫様が使ってるのを見て覚えたウィークネスだけですわ」


「はあ!?」


 ゼロイドが物凄い間抜けな顔になった。


「た……たった二つか!? たった二つしか使えないのか!」


「でも色々応用できるんですよ。ほら、エナジーボルト」


 俺は目をピカピカ光らせた。


「うわあああああああ!? 目、目からエナジーボルトの輝きが!? 君は本当に人間かね!?」


 凄く驚いている。

 だが、ゼロイドは我に返ると、満面の笑みを浮かべた。


「面白い!! ちょっと、君の能力を詳しく調べさせてもらえないか! いや、実際君の、ウェスカーだったか。君がいるならば、レヴィア姫の言っている話もちょっとは真実味を帯びてくるぞ……!」


「なるほど」


 俺は気圧されて思わずそう返したのだった。

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