第二章・王都で成長大魔導

第7話 王都到着

 別荘にて、旅に必要な食料、消耗品の類を手に入れる。

 どれも、俺が観たことの無いほど上等なものばかりだ。


「すっげえ、この干し肉。臭みとか変色がねえ……」


「調理の技を心得たものが処理した保存食だもの。村人が独自に作ったものよりは、見た目と味はいいものよ。その分、持ち具合は少し劣るかもしれないけれどね」


「本末転倒じゃないか」


 だが実に美味そうな干し肉なので、小袋に詰め込んでいく。

 茶葉の類も豊富だった。

 調理場の設備を勝手に使い、湯を沸かした。

 たっぷりと上等な茶葉を使い、淹れた茶は半分はこの場で飲んで、半分は冷まして水袋に注ぎ込む。


「骸骨どもじゃ飯は食わないもんな。全然荒らされてない」


「連中は野盗ではない。もっと、人間にとって致命的な存在の尖兵だ」


 厳しい顔をしたレヴィアはそれだけ言い、俺が淹れた茶を啜った。

 パッと表情が明るくなる。


「美味いな。前も思っていたのだけれど、そなたは茶を淹れるのだけはセンスがあるのかもしれない」


「自分でも淹れたりしていたからな。茶葉をもらえない時は、その辺の雑草が茶にならないか試してた時期もあるんだ。ありゃあ、ひでえもんだった」


「話を聞くたびに、そなたの境遇は笑えるほどみじめねえ……。私も似たようなものだけど。……さて、一服したら出立しようか」


 レヴィアはこれからの予定を話し出す。

 骸骨戦士団をぶっ倒した翌日のことである。

 別荘のベッドは連中に散々にぶっ壊されていたが、ましな形を保ったシーツを使い、床で寝るだけでも実家の寝床よりはましだった。

 いやあ、本当にいい布を使っている。

 王族は羨ましいな。

 無論、布は端切れにして、リュックの中に突っ込んでいた。

 野宿した時に、毛布代わりに使おう。


「じゃあ、今日出立して、夜には到着できるわけか?」


「馬を使えばの話だけどね。途中の村で、馬を徴収していく。馬は乗れる?」


「荷馬を暴走させて村中から折檻されたことはあるぞ」


「本当にそなたはろくなことをしないな!? だが、荷馬には乗った経験があると。まさか裸馬か?」


「乗馬用の馬なんて結構なものは、キーン村には無くてね。なんで、まあ乗れる方だと思うぜ」


「結構」


 満足気にレヴィアは頷くと、テーブルの上に雑に盛られたスナックの類を、むんずと掴み取り、むしゃむしゃと食べた。

 いいお行儀だ。

 俺も、持っていけない分の干し肉などはこの場で焼いて食う。


「ブランデー飲んでいい?」


「旅の邪魔にならない程度なら構わない」


 お許しをもらったので、味わったこともないほど上等な蒸留酒を口にする。

 物凄い上品な芳香と、よく分からないが凄まじく美味いことだけは分かる味わいだった。

 勿体無いので、瓶ごとリュックに放り込んだ。



 旅の空は順調だった。

 というのも、当然だろう。

 ユーティリット王国近辺は、ここ百年以上に渡って平和な状態を保ち続けている。

 死んだ俺の爺さん、つまり先代のキーン村の地主も、生まれた頃から争いなんてものを一度も経験したことが無かったそうだ。

 レヴィア王女の七代だか八代前の王は、傭兵騎士たちを雇う程度には荒事を経験していたらしいが、それだって俺は言い伝えにも聞いたことが無い。

 つまり、その程度の争いの規模だったってことだ。

 ちらほらと野盗は出るが、そいつらは人の命を奪うまではしない。

 村や町は緩く交易でつながり合い、それなりに誰もが豊かで、生きることができる世界だ。

 ってわけで、争いなんか求めてない。

 みんな平和であることが当然。

 戦いは起きるものじゃない。

 ユーティリット王国の今は、つまりはそういう時代。


「馬を二頭貰い受ける。代金の請求は王宮の主計科まで」


「ああ、こりゃあ、第二王女様ですか! どうぞどうぞ。だけど、こいつらはあっしの商売道具でもありましてねえ。後でお支払いいただけるとは思いますが、当座の収入が絶たれちまうんで」


 平和な時代で何が物を言うかというと、血筋やコネクション、根回しをする力、それから金だ。

 まあ、レヴィアにはこのうち、血筋しかない。

 王位継承権も無く、第二王女という立場から、他国のそれなりの貴族の妻になる未来しかない女には、コネだってそっぽを向く。

 そして、俺にはこのうち全部がない。

 平和な時代だ。

 腕一本で立場を逆転なんてこともできないので、俺たちみたいな持たざる者には大変に厳しい時代だってのも確かだ。


「ふむ」


 レヴィアは目を細めた。

 なんで、この王女様は失うものがない。

 この人の目が据わると、何かとんでもないことをしでかしてしまいそうに思える。

 ってことで、俺は彼女の代わりを務めることにした。

 思い切り踏み出してきて、


「あ? なんだおめえ。王女様の小間使いかなんかか? 育ちの悪そうな顔しやがって」


 つま先で、馬主の足元に触れた。


「ウィークネス」


「あ? ああああああああああああ!?」


 馬主の足下で、床がいきなり抜けた。

 木製の床なんだが、腐ってたのかもしれないな。こわいなー。

 馬主は真っ逆さまに下に落ちて、目を回したようだ。


「ウェスカー、やるな」


「小狡い悪事は慣れてますんでね」


 俺たちは平和的に、馬を借り受けた。

 借用書はきちんと、馬主が落ちた穴の脇に残していく。




 馬の速度は大したものだった。

 徒歩でたらたら旅をしているよりも、何倍も速い。

 俺は村の中で荷馬を乗りこなしたことはあったが、外を乗用馬で走るのは生まれて初めてだ。

 馬ってのはこんなに速かったんだな。


 レヴィアの手綱さばきは大したもので、俺は手綱なぞ分からんので、馬のやりたいようにさせてやった。

 するとまあ、うまくいくものだ。

 俺の馬はレヴィアの後をちゃんとついていくので、楽なものである。

 耳の横を、猛烈な速度で風が流れていく。

 そのために、ろくに王女様と会話することができなかった。


 俺は随分な速度で走っていたと思ったのだが、王女的には馬が無理をしない程度で留めていたらしい。

 二度の小休止で、馬に水をやって、俺が出すものを出して、そんなことをしてようやく目的地にたどり着いたのは、もう良い時間だった。

 日がとっぷりと暮れている。


「止まれ!」


 ばかでかい門の前で、門番の兵士が飛び出してきた。

 横に詰め所があるんだな。

 兵士たちは長い柄のついた斧槍を構えて、こちらを威嚇してくる。


「私だ! レヴィアだ! 通せ!」


「レヴィア殿下ですか!? いや、ガーヴィン殿下から命じられておりまして。朝になるまで、城門を開けてはならぬと」


「……誰?」


「兄だ。第一王子ガーヴィン。何もなければ次の王となる男だ」


 レヴィアが吐き捨てるように言った。

 どうやらこのお姫様は、肉親から厄介者扱いされているようだ。

 大変、親近感を覚えるな。


「それどころではないと言っているだろう!! 魔王だ! 魔王が蘇るのだ! 現に、お前たちが私を追い出した時、付き従った者たちは皆、死んだ!!」


「……まただよ」


「また、レヴィア殿下のほら話か」


 兵士たちがボソボソと囁きあう。

 なんだろうな、これは。


「姫様、あいつら感じ悪くない?」


「そなたの村と一緒だ。この国では、誰もがこの平和に現を抜かし、争いの日がやってくるとは思ってもいないのだ……!」


「えっ、姫様もあれか。俺みたいに悪戯三昧してたのか」


「い、一緒にするでない!! それは、まあしてないといえば嘘になるが、私が受けた啓示はまがい物ではあり得ない!」


「なるほど。ではご同輩ということで、俺が代わりにこいつらのしちゃう?」


「やめよ。王にこの度の話を伝える前に、私達の立場が悪くなるぞ!」


「面倒くさいなあ……」


「私も面倒くさい。だが仕方ないのだ!! ええい!! お前たち! 何をぼーっと突っ立っている!! 私たちは兄上の言いつけどおり、ここで野宿する!! お前たちはさっさと持ち場に戻れ! 戻らないなら私が切り捨てるぞ!!」


 馬から飛び降りて、剣を抜いて吠えるレヴィア。

 兵士たちはそれを見て、慌てて詰め所に逃げ込んでいった。

 レヴィアは大変憤慨したらしく、近くの立木に向かって剣を何度も叩き込み、蹴り、さらに拳でワンツーパンチを連打した後、勢い良く後ろ回し蹴りを叩き込んだ。


「姫様、落ち着こう。ここに……酒がある」


「くれ! もう、酒を飲まねばやっていられん!!」


 かくして、俺とレヴィア姫は向かい合って座り、火を焚いて干し肉を炙り、持ってきた酒を回し飲みである。

 フフフ、女子と間接キスだ。

 ちなみに、互いに猛烈にアルコールに強かったらしく、ほろ酔いになった辺りで飲み尽くしてしまった。

 ちょっと目元が赤らんでいる姫様、立ち上がる。

 そして、詰め所の扉をガンガン蹴り始めた。


「お前たち!! 詰め所の中に酒があるだろう! 供出せよ! 王女よりの命令である! さもないとひどいぞ!!」


「わっはっは! 王女様が臣下を脅迫してる! いかがなものか!」


「ああ、私は王女だぞお! だがぁっ、今はただの酔っ払いだあ!」


「ひいいい!?」


 詰め所から悲鳴が響き渡る。

 いやあ、長い夜になりそうだ。

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