第6話 鮮烈のシュテルン
「エナジーボルト」
俺が放った紫の光は、頭上の葉を落としながら途中でその軌道を変更する。
直角に曲がって、真横にある葉を貫いた。
「徐々に使いこなしていっているようね。相変わらず、詠唱が無いのが不思議だけれど」
「その詠唱ってのがよく分からないんだよな。俺はいきなりこれが使えるようになったわけなんで」
今度は何も言わずにエナジーボルトを放つ。
今は、レヴィアの別荘に続く道の途中だ。
日が高いから、エナジーボルトをぶっ放しても遠くからは見えない。
太陽の光が、魔法の輝きを覆い隠してしまうのだ。
「あとどれくらい?」
「日が高い内に辿り着ける。敵は不死の戦士たち。日が落ちる前に勝負をつけるのが肝要よ」
「なるほど。手札は俺のエナジーボルトと、あとはレヴィアの」
「私はこの剣と、あとは別荘にある槍、槌、弓に弩も扱える。それと、僅かだが刃を鋭くする魔法、そして鎧を柔らかくする魔法」
「そんなのもあるのか……!」
レヴィアが多芸であることには驚いたが、何よりも彼女が口にした魔法の種類が、俺の使えるものとは全く違うものだったので、とても興味を惹かれた。
「教えてくれー」
「本来、魔法を教えるには魔導書が必要なのだけれど。よほど腕のいい魔法使いでなければ、口伝で物事を教えられはしない。ちなみにそなた、文字は?」
「暇だけは死ぬほどあったから、文字は一通り読めるまで勉強した。そうしないと暇つぶしの読書ができなかったからな」
「それは結構。都に行くなら、そなたにちゃんとした師匠をつけてやれるだろう。その時に、読み書きから教えるのではあれに間に合わぬからな」
魔法の師匠と来たか。
「それじゃあ、そんな半端者の俺をつれて、そのシュテルンとか言う骸骨戦士を相手にするのはいいわけか?」
「そなたの魔法は型にはまっていない。むしろ、戦場でこそ生きるものと私は見ている」
「なるほど」
「ついたぞ」
王女が剣を抜き放った。
山道が突然開ける。
周囲は木々が切り開かれており、広場の中央に村の地主の家よりもよほど大きな屋敷があった。
「……これが別荘?」
「そうだ。仮にも、一国の王が宿泊する別荘だぞ? そなたの離れがウサギ小屋のような大きさだっただけだ」
「ひでえ」
俺たちは肩を並べて、堂々と別荘に近づいていった。
別荘の窓にはカーテンが張られている。
屋内に光が入り込まないように工夫しているんだろう。
昼だって言うのに、誰も外には出てきていない。
「中に全員いるっぽいね」
「突入しながら、窓を開けていくぞ」
レヴィアは緊張しているのか、乾いた唇を舐めた。
「喉乾いてる? お茶どうぞ」
「ありがとう」
手渡した水袋から、王女は一気に中身を飲み干した。
お、俺の分があ。
「ふう、落ち着いた。行くぞ……!」
告げるなり、レヴィアは駆け出した。
軽装とは言え、鎧姿とは思えない速度だ。
そのままの勢いで別荘の扉に突撃し、
「“告げる! 固き物は柔らかに! 凝り固まる結束を解きほぐせ!
握った剣を振り下ろした。
すると、硬そうに見えた分厚い木の扉が、まるで焼き菓子のようにやすやすと刃を飲み込んだ。
亀裂に向かってレヴィアが肩をぶつけると、扉は真っ二つにひしゃげて内に向けて倒れ込んでいった。
「おおー、これが魔法か……!」
扉の前には、ちょうど骸骨騎士が待ち構えていたらしい。
差し込んできた光をまともに受けて、一瞬硬直する。
それを、レヴィアは返す刃で叩き切った。
「浅いか……!」
「その魔法いただき。ええと、ウィークネスだったか?」
俺が魔法の名前を唱えると、踏み出した板張りの床が柔らかくなり、割れた。
「おっと、いかんいかん。射程距離は至近距離か。王女はもう少し遠くまで離れていたところまで届かせていたが」
俺はレヴィアに続いて屋内に踏み込みつつ、拳を構えた。
そこに、脇の扉が開いて次々と骸骨の騎士がやってくる。
レヴィアが倒しきれなかった骸骨も起き上がる。
「ワイドで、組み合わせてみようか!」
構えた拳を開く。
五指をいっぱいに展開し、
「ワイド・エナジー・ウィークネス!」
紫の輝きが指先に宿る。だが、そいつがいつもよりもくすんで見えた。
俺はこれを、骸骨戦士たちに撃ち出すイメージを思い浮かべた。
射出される紫の光。
それはまっすぐ飛んだ……と見せかけて、どれもが飛ぶ方向を大きく曲げて、骸骨騎士目掛けて飛翔していく。
炸裂だ。
レヴィアがダメージを与えていた奴は、これで動かなくなる。
他の骸骨戦士たちは、目に見えて動きが鈍くなった。
「弱体化の魔法を使ったのか!? いや、今のはエナジーボルトだったような……。まあいい! たあっ!」
レヴィアは思考を切り替えながら、骸骨戦士に斬りかかる。
すると、突き立てられた刃が、何の手応えもなくずぶりと骸骨の鎧に食い込んだ。
そして、不死の戦士を両断しながら抜ける。
「おおっ!? エナジーボルトと同時に、相手の鎧を脆く変えたのか!」
驚きながらも、レヴィアの思考は柔軟だ。
ウィークネスの効果がいつまで持つのかは分からないが、彼女は休みなく動きながら、俺の魔法が当たった骸骨戦士たちを撃ち倒していく。
「いいぞいいぞ。俺も頑張っちゃう」
レヴィアの戦いぶりは、まるで村に来た旅芸人が見せた剣舞のようだ。
実に格好いい。
俺だってかっこよくしてみたくなるではないか。
俺は靴を脱ぎ捨てると、裸足になった。
つまり本気モードである。
別荘の階段から、奥の扉から、天井から、骸骨戦士たちがやってくる。
「エナジーボルト祭りだ! どんどん持っていけ!」
俺の宣言とともに、薄暗い屋内を、紫の閃光が何重にも彩る。
「ウグワーッ!」「ウグワーッ!」「ウグワーッ!」
骸骨戦士たちは次々に倒れていく。
一瞬でも、連中の攻撃をまともに食らったら終わりである。
なので、先手必勝なのだ。
俺の指の全てから、足の指の全てから紫の光が飛ぶ。
このぴょんぴょん飛び跳ねるながらエナジーボルトをぶっ放す俺、実にかっこいい……。
「ウェスカー……。その、言いづらいのだが……変なダンスを踊っているようにしか見えない……いや、そなたの魔法が最も効果的に使える戦い方だと理解はしているのだが」
「そう? ありがとう!」
必死に言い繕ってくれているのは分かったので、礼を言っておく。
レヴィアはそんな事を言いながらも、きちんと俺が撃ち落とした骸骨戦士たちを倒して回ってくれているのだ。
随分な数を撃ち倒したように思う。
さすがにどれだけ人数がいたとしても、骸骨戦士が無限にいる訳はないだろう。
こうして暴れていると……。
「好き勝手に暴れてくれる……! まさか、今代の王女ともあろう者が、これほどのお転婆だとは夢にも思わなかったぞ」
聞き覚えのあるいい声がした。
来た、来なさったぞ。
階上に、赤い影が現れる。
額に一本の角がある、特別製の骸骨戦士。
鮮烈のシュテルンだ。
「来たか……!」
レヴィアは肩で息をしているが、まだまだいけそうだ。
シュテルンは俺とレヴィアを交互に眺めてから、跳躍した。
「エナジーボルト!」
俺は即座に紫の輝きを撃ち込む。
これを、シュテルンは抜き放った剣で受け止めた。
かなりの速度が出ているはずだが、これを見てから止めるのだ。
「ワイド・エナジーボルト!」
俺は十指を広げて、光を放つ。
すべての光が、シュテルンを包囲するように展開し、一気に十方向から襲いかかった。
「なんと!? 一晩で腕を上げたな!?」
シュテルンは驚きながらも、高速で回転する。
襲いかかるエナジーボルトを、次々に剣で打ち払っていく。
あっ、こいつ強いぞ!!
「鮮烈のシュテルン! 冥府へと帰るがいい!!」
レヴィアが駆けた。
彼女の剣が閃く。
「“告げる! 鋭き力を宿し、我が剣よ敵を切り裂け!
「!!」
シュテルンは、レヴィアが攻撃と同時に魔法を使ったのに気づいたらしい。
剣で受けようとして、すぐさま方針を転換した。
巨体を素早く屈めて、レヴィアの刃を肩の鎧で受け止める。
真紅の甲冑が、やすやすと切り裂かれて飛び散った。
「魔法まで扱うか。やはり貴様は危険だな、レヴィア王女。あの方が危惧された通りだ」
「あの方……?」
何か意味深なことを言った。
「もっと詳しく」
俺もちょっとずつ間合いを詰めながら、問いただした。
「これは失言だったな。だが、貴様らがここから先を聞く必要はないだろう。なぜなら貴様らはここで死ぬからだ……!!」
シュテルンが床を蹴る。
俺に向かって走ってくる。
これは大変やばい。
俺は逃げようと思った。
だが、ちょっと待て。
おお、ちょうどいいところで、時間感覚がゆっくりになってきた。
いつの間にか、目の前にシュテルンの剣が迫ってきている。
あとちょっと進むと俺の額をぶち抜く辺りだ。
何やら、俺の頭の中を今までの思い出が駆け巡り……。
ノーノーノー!!
今はそういう状況じゃない。
対策を考えよう。
この距離だと、エナジーボルトを手から放つには近すぎる。
ある程度飛ばないとエナジーボルトは曲がらないし、腕を振り上げる余裕は無い。
じゃあどうする。
目か。
俺は目にエナジーボルトをかける。
放たれる、紫の閃光。
「ぬうっ!?」
俺は生死の境目で、死ぬほど集中したらしい。
今までに無かったほどの強烈なエナジーボルトが出た。
こいつが、目の前に迫ったシュテルンの刃を真っ向から受け止め、非常に危ない距離で拮抗する。
「また目から光を放って……!! 貴様、本当に人間なのか!?」
「よくぞ堪えたウェスカー!」
シュテルンが狼狽した一瞬が重要だった。
レヴィアが追いついてくる。
まだ、鋭角化の魔法がかかっているらしいレヴィアの剣が、後ろからシュテルンの鎧に突きこまれる。
「ぬぐうううっ……!?」
赤い骸骨戦士は、凄まじい声で吠えた。
だが、剣を引けば俺の目から出た魔法がこいつに当たる。
身動きが取れないと言うやつだ。
「おのれえっ……!!」
シュテルンは一声、口惜しげに呻くと、剣を外した。
その途端、俺の目から放たれ続けている魔法が、奴の脇腹にぶち当たり、削り取った。
ぶすぶすと煙が上がる。
だが、シュテルンは消滅しない。
獣のような吠え声を上げながら、背後のレヴィア目掛けて剣を叩き付けた。
「くっ!!」
レヴィアがそれを受け止める。
すると、シュテルンの剣は呆気なく、宙を舞った。
「ありゃ? 王女様、シュテルンが……」
「逃げたか……!」
どういう方法を使ったのか、あの赤い骸骨戦士は逃走してしまったようだった。
「だが、骸骨戦士団は壊滅させた。ただの二人でどこまで出来るかとは思ったが……やれるものね。そなたの助力のおかげよ、魔法使いウェスカー」
「いやいや」
差し出されたレヴィア王女の手を、俺は固く握り返したのである。
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