第5話 焼け跡の村を後にして

 夜明けまで待った。

 俺は眠くて、ぐうぐう寝てしまったのだが、レヴィアは一睡もせずに村が焼け落ちていく様を見ていたらしい。


「勤勉だなあ、お姫様は」


 俺が声を掛けると、じっと立ったまま俺に背を見せていた彼女が、ビクッとした。

 そして、


「う、うむ、おはよう」


「寝てたなあんた!?」


 立ったまま寝るとは器用な……!!


「しかし意外だったなあ。お姫様は俺が見るところ、英雄っぽい願望があったりするのかと思ってたから、村の消火を助けに行くと思ってたんだけど」


「私が消火活動に行っても、せいぜい一人分の人足が増えるだけだろう。そこであの骸骨戦士団がまたやって来たらどうする? 村人では抗えまい。私の手を空かせておくことこそが肝要だったのだ」


「なるほど」


 俺はとても納得した。


「それではレヴィア姫、飯にしませんか。離れにもお茶っ葉とビスケットくらいは用意してあるんで。あ、ビスケットは多分しけってる」


「構わない。食事にしようか」


 俺たち二人は連れ立って、離れに戻っていった。

 湯を沸かして、適当な量のお茶っ葉を放り込むと、俺はしけったビスケットを皿に並べた。

 並べる段階で、あ、これは流石に、一国の王女に出すのは失礼だったかな、と思ったのだが。


「うん、食べられるじゃないか」


 レヴィアは平然と、お茶もなしにむしゃむしゃ、しけったビスケットを食う。

 カビが生えていたが、カビの部分だけ削って食う。

 ワイルドだ。

 やがて湯が湧いたので、茶を淹れた。


「ミルクは無いのか?」


「うむ。俺のような穀潰しに、ミルクをくれる村人はいないんだ」


「一々悲しいことを言う男だな、そなたは」


「まあなんだ。ミルクなしの茶に慣れてるから、今日みたいな緊急時にミルクなしの茶を飲むことになっても動じないわけだよ。ミルクなしであったことには意味があったんだ」


 そう伝えながら、花蜜を落とした茶を飲んだ。

 この花蜜は、俺が暇な時に色々な花から集めてきて、煮詰めて作ったものだ。

 常に暇だったので、この食器棚の下部には売るほど作ってある。


「この蜜はいけるな。そなた、蜜を作る職人として都で食っていけるぞ」


「ほんと!?」


「ああ、いや、都には蜂蜜を仕入れている商人がいるからな。やっぱり無理だ」


「そりゃ残念。だが、逆に言えば俺もミツバチを飼って蜂蜜を作ればいいのではないか……」


 そのような会話をしていた時である。

 バーンと、扉が蹴り開けられた。

 俺はびっくりしてそちらを向く。

 レヴィアは既に抜剣しているようだ。


「……なんだ、地主殿か」


 やってきた一団を認めて、レヴィアは柔らかな語気で言う。

 だが、剣を収める気配はない。

 何やら荒事の気配を感じたので、俺も自分が考えたファイティングポーズを取っておいた。

 これは蝶を捉えるカマキリの姿に構想を得たものである。実戦で使ったことはない。


「レヴィア姫様……! 我が村が、焼かれましたぞ……!」


「ああ、理解している」


「理解しておられるなら、なぜお救い下さらなかったのか!!」


 うちの父親が大声を張り上げる。

 すると、彼の後ろについてきていた、村の男たち、女たちが怒号を以て同意した。

 大変うるさい。


「ジャンの家が焼かれ、畑も、家畜も、そしてジャンの一家も皆、侵入してきた奴ばらに殺されました! ジャンだけではない! ロッコの家も、ガズンの家も被害を受けました! これは、これでは、村は年をこすことができませぬぞ!!」


「そうだそうだ!」


「武装した王族がいて、なんで何もしなかったんだ!」


「普段兵役に若いのを行かせてるのに、いざとなったら役立たずか!」


「大方、あんたがあの戦士たちをこの村に呼び込んだんじゃないのか!」


 雲行きが大変怪しくなってきた。

 俺はその場でスッと靴を脱ぎ、すぐにでも窓から逃げられる準備をする。

 だが、レヴィアは堂々とした姿勢のまま揺らがない。

 彼女は見たところ、恐らく二十歳になるかならないか。

 そんな年若い女が、村人たちの怒りに晒されながら、まるで動じていないのだ。


「うむ。そなたらが受けた苦痛と悲しみ、想像するに余りある。私からは哀悼の意を表そう。そして同時に、被害がこの程度で済んだことを感謝して欲しいものだ」


「なっ……なんだと!?」


 激高したのは、父親と一緒に来ていたパスカーだ。

 確か、ジャンの家の娘がパスカーといい感じだった記憶がある。

 まあこの兄は、村中の年頃の女たちと関係を持っていたような記憶もあるので、気になっていた女の一人が骸骨の戦士に殺されたというところだろうか。

 とにかく、パスカーは激怒していた。


「言うに事欠いてその言いぐさか!! いかに王族と言えど、あんたは所詮第二王女だ! お飾りの姫が、俺たち王国を支える臣民に偉そうな物の言い方をできると思ってるのか!?」


「それ以上いけない」


 俺は兄貴を制した。


「お前!! この村に世話になっておいて、王族の肩を持つのか!」


「えっ!? 俺、世話になってたのか!? あ、飯くらいは食わせてもらってた気がするが。それはそうと、まあ終わってしまったことは仕方ないじゃないか。犯人探しはやめて前向きにいこうじゃないか」


 俺の言葉を聞いて、父と兄、村人たちのこめかみに青筋が浮くのが分かった。

 おかしい。

 なんで怒るんだろう。


「レヴィア姫様、彼らはとても気が動転しているぞ」


「ああ。そなたが猛烈に火に油を注いだな。あれか。そなたが空気を読まないというか、読めないのは才能だな」


「なるほど」


 俺は納得した。

 才能なら仕方ない。

 だが、レヴィアは一応、俺をフォローしてくれるようだ。


「良いか。この村の被害がこの程度で済んだのは、私と、ここにいる魔法使い、ウェスカーの働きである。それがなければ、そなたらは今頃生きてはいなかっただろう」


 夜が明けると同時に、俺たちが倒した骸骨戦士たちの死体は、すっかり消え失せてしまっていた。

 だから今現在、俺たちが昨夜、骸骨戦士たちと激闘を繰り広げた証拠は無い。


「嘘をつけ」


 ほら言ってきた。


「第一、ウェスカーを昨日から、魔法使いだ魔法使いだなどと言ってるあんたが信じられん。そもそも、あんたが本当に姫様なのかどうかも怪しいもんだ。なぜ供の者一人もいないで、第二王女がこんな辺境の村に来る!」


「私の供は、全てあの骸骨戦士団に殺された。私を魔法で助け出したのが、このウェスカーだと言ったろう?」


 パスカーが詰め寄ろうとするが、レヴィアは一歩も引かない。

 その手には抜き身の剣が握られているから、村人たちもおいそれと彼女に手出しできないのだ。

 しばし、にらみ合いが続いた。

 にらみ合いが長くなりそうだったので、俺は席について、冷めてしまったお茶を飲み、しけったビスケットを貪った。

 これを見て、村人たちは物凄く何か言いたそうな顔をしていたが、人間言われなければ分からないものだ。

 俺はレヴィア姫の分を革の袋に詰め込み、背負袋を用意した。

 そして、この辺りでうちの父親の堪忍袋の緒が切れたようだ。


「出ていってくれ。……出ていってくれ!! そしてもう二度とこの村には来ないでくれ!! この事については、王都に報告させてもらう! 村はずっと平和でやって来ていたんだ! 何不自由なくやって来ていて、都にも税を収めて、それがどうしてこんな目に遭わねばならんのだ! そこの穀潰しが気に入ったのなら、そいつもつけてやる! さっさと出て行けーっ!!」


「そうさせてもらおう」


 レヴィアが目を細めた。

 おお、なんだか彼女から、すごい迫力を感じる。


「だが、最後に忠告しておく。平和な時代は、終わったのだ。気持ちを切り替えろ。さもなくば、死ぬぞ」


「なるほど」


 俺は姫の言葉にしみじみと頷いた。

 これが、村人たちの癇に障ったらしい。


「出て行けーっ!!」


 大合唱で追い出されてしまった。

 こんなこともあろうかと、背負袋にはビスケットに花蜜の瓶、そして水袋にはありったけの茶を入れてきている。


「ウェスカー。すまない。私の巻き添えを食って、そなたが村を追い出されることになってしまった」


「ああ、それはそれです。過ぎたことは仕方ないので気にしないで」


 旅の空であった。

 俺たちは、焼け跡の村を背にして山道の途中にいる。


「それに、姫が言った話が本当なら、平和な時代が終わって、骸骨の戦士みたいなのがたくさん出てくるようになるんだろ? それなら村にいたって旅をしてたって同じようなもんだろ」


「ほう、そなたは前向きなのだな……」


「うむ。俺は、俺が俺であると言うだけで何もかも許されると思ってます。ってわけで、姫様のやることを手伝うよ。何をすればいい?」


「ああ、心強い……! まずは、別荘にいついた骸骨戦士団を一掃するぞ!」


 次なる目的地を決め、俺とレヴィアは旅立ったのである。

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