第4話 エナジーボルト
「知っているか? そなたが使ったあれは、魔法の一種。私は魔力が弱いから、大した魔法を使うことは出来ない。だが、古くからいた宮廷魔導師に、簡単な手ほどきを受けたことがある」
薄情なうちの父親は、俺がレヴィア姫についていくことを快諾した。
これを機に、パスカーに跡を継がせて結婚式までやろうなどと言い出した。
なんということだ。俺を追い出して式をやるなら、俺は式のごちそうにありつけないではないか。
「あの紫色の光は、生命から分かたれた輝きだ。僅かな魔力さえあれば、どんな人間でも使えるであろう魔法、エナジーボルト。ただ、あれほど強力なものは見たことがないが」
「えっ、なんて?」
ずっと、兄の結婚式のごちそうの事を考えていた俺は、レヴィア姫の話を聴き逃していた。
だが、エナジーボルトというのだけは理解した。
確か、骸骨戦士たちも同じことを言っていた気がするな。
「なるほど、この魔法は名前があったんだな。エナジーボルト」
俺が魔法の名前を呼ぶと、手のひらが紫色に輝いた。
レヴィアが目を丸くする。
茶を運んできた、村の奥さんの一人がびっくりして、手にしていたお盆を落としてしまった。
「ま、ま、魔法! あのウェスカーが!?」
「ああ、済まないな。茶はいらない。席を外して」
レヴィアは奥さんを追い出した。
ここは、俺が住まう離れである。
我が家は地主というだけあって、かなり大きな屋敷がある。
離れだけでも、部屋が三つもあるのだ。
一つは俺の寝室、もう一つは客間、あと一つがこの食堂というわけだ。
「しかし、ウェスカー。そなたの魔法は、詠唱もなしに発生するのか? それに、エナジーボルトがいつまでも手の中に留まっているとは」
「詠唱? なんていうのかな、出し方が何か分かってきたから、別に名前を呼ばなくても出てくる。飛ばす時は、放り投げる要領だった」
言葉通りに、ぽんと紫の光を飛ばすと、そいつは放物線を描いて向こうの食器棚にぶつかった。
破裂音がして、木製の棚の上辺が黒く焦げる。
「……思ったより威力が無いな。あの骸骨、なんでこんなんで倒れたんだ?」
「あれは
俺は立ち上がると、焼け焦げた食器棚に手を伸ばして撫でた。
「でも、これじゃああの赤い角の奴には通じない気がするんだよなあ」
「”鮮烈のシュテルン”。かの名はユーティリット王国の歴史に刻まれているぞ。あれは、七代前の王が使っていた、傭兵騎士の長だ。最後は当時の王に使い捨てられ、戦の中で死んでいったと聞く……」
「つまり強くて王国に恨みを持っているわけだな。じゃあエナジーボルトでは心細いだろう」
「…………?」
レヴィアが黙った。
じっと俺を凝視している。
「なに?」
「そなたは、私と共に彼奴らと戦ってくれるのか?」
「うむ。俺は基本的に暇なので、構わない」
「死ぬかも知れぬぞ?」
「何とかなると信じてる。エナジーボルトがいきなり使えるようになったんだから、何かまた新しい魔法でも使えるようになるだろう」
俺は基本的に、ポジティブである。
あらゆる状況はなんとかなると信じるタイプだ。
なにせ、悲観的だったら俺の境遇など、世を儚んで自死するような環境だったからな。
「よかろう。では、詳しい事情を話していこう」
レヴィアは相変わらず硬い態度のままそう言ったが、口元が僅かにほころんでいた。
面倒な話は置いておいて、夜半過ぎころであろうか。
母屋の方がにわかに騒がしくなってきた。
板で塞いであった窓に、つっかえ棒を差し込んで開く。
すると、村が明るくなっているようである。
「なんだ、ありゃ。祭りか何かか?」
「起きろウェスカー! 奴らだ。奴らが村までやって来たんだ!」
レヴィアが叫びながら扉を蹴り開けた。
「鍵は掛けてないぞ。なんだ、鎧のまま寝てたのか?」
部屋に入ってきたレヴィアは、夕方見たままの完全武装姿だった。
動きやすそうな鎧だから、そのまま寝ることは出来るのかも知れないが、熟睡はできないだろう。
俺はというと、ほぼ素っ裸である。
レヴィアは寝台の上の俺に、信じられない物を見るような目を向けた。
「は、早く服を着ろ!!」
「うむ」
俺はそそくさと適当な衣服に袖を通した。
衣類の他に、用意するものはない。
俺は起きがけに、昨夜のことは夢ではなかったのかと確認するために魔法を使ってみた。
「エナジーボルト」
手が紫色に輝く。
うむ。
「エナジーボルト」
輝きが移動する。
俺の目元にだ。
あ、こりゃいかん。眩しい。
「何をしている……と、な、な、なんだそれはっ!? そなた、目が紫色に輝いているぞ!」
「うむ、エナジーボルトを目元に移動させたんだ。これ、融通が効くんだなあ」
「魔法がそこまでおかしな応用が効くなど、聞いたことがないぞ!? まあいい、行くぞ!」
「へいへい」
俺とレヴィアは、離れの扉をくぐった。
「ああ、これは、村が燃えているなあ。おお、あの村の奴を追いかけて走ってるの、骸骨の戦士じゃないか?」
「いかん……! 行かねば……!」
「ここから攻撃できないか? 例えばこう、こんな感じで……エナジーボルト」
地主の屋敷はやや高い丘の上にあり、そこからは村中を見渡せる。
俺はここから見えた、骸骨の戦士目掛けて指先を向けた。
すると、紫の輝きの全てが俺の人差し指に集まった。
一瞬輝きが強まると、次の瞬間、光は一気に解き放たれた。
細くまっすぐな一筋の光だ。
それが、今にも村人目掛けて剣を振り下ろそうとしていた骸骨戦士に突き刺さった。
骸骨戦士が、びくりと痙攣して、膝を折る。
「よし、いけた。細く収束させれば、こいつはかなり遠くまで届くな」
「そなた、何をした!? あの距離まで正確に魔法を撃ち込むなど、まるで弩のようではないか! ……いや、奴らの注意がこちらに向いた。いいぞ!」
「こっち向いたのか。それはよくないな」
俺は顔をしかめる。
レヴィアはやる気になって、剣を抜いたまま身構えている。
一人で骸骨戦士どもを迎え撃つつもりか。
「……レヴィア、何を、俺がいるじゃないかみたいな顔をしてるんだ」
「頼りにしているぞ魔法使い」
「なるほど」
俺を頼りにしてたのだな。
では、こちらも準備だ。
五指を広げて、
「エナジーボルト」
十指を広げて、
「エナジーボルト」
靴を脱ぎ捨てて、俺は地面の上に転がった。
足の指も全部使って、
「エナジーボルト」
よし、いける。
「ウェスカー。そなた、指先全てが光り輝いていて……なんというかとても気持ち悪い」
「なんてことを言うのだ」
俺は裸足のまま立ち上がる。
そんな俺たち向けて、骸骨戦士たちが駆け上がってくるではないか。
赤い角のリーダー格はいないようだ。
雑魚だけか。
「行くぞ、ウェスカー!」
「すっかり仲間にされている! まあいい、分かった」
レヴィアが剣を構えて疾走した。
真っ先に走り出してくる骸骨戦士と、切り結び始める。
なんと血の気の多い王女だ。
俺は両手を広げ、レヴィアを外すイメージをしながら、魔法の名を呼んだ。
「エナジーボルト!」
俺の十指が紫色に光り輝く。
そして、十方向に向けてエナジーボルトが放たれた。
この攻撃を予測していなかったらしい骸骨戦士たちが、魔法に撃たれて仰け反り、あるいは転倒する。
「ああ、さすがに分けて撃ったから弱くなっているな。だが、この魔法はさしずめ、ワイド・エナジーボルトとでも言っておこうか」
「魔法使いだ! 魔法使いがいるぞ!!」
骸骨戦士の誰かが叫ぶ。
髑髏の形をした兜が、皆俺に注目する。
「何の、魔法使いはやらせんぞ!!」
レヴィアは叫びながら、打ち合っていた骸骨戦士の剣を弾き飛ばし、返す刃で切り捨てた。
強い。
だが、明らかに手数が足りてないな。
俺目掛けて、村を襲った骸骨戦士たちが次々集まってくる。
俺は悠然と、その場で仰向けに寝転がった。
「なにぃ!?」
これには骸骨戦士たちも驚いたようだ。
俺の手足は持ち上げられ、四方を向いている。
手足で合計二十本の指先が、紫色に光り輝く。
「エナジーボルト!!」
あらゆる方向に向けて、二十本の光の矢が放たれた。
「ウグワーッ!?」「ウグワーッ!?」「ウグワワーッ!?」
骸骨戦士たちが、俺の魔法を受けて、次々に倒れていく。
それに対し、レヴィアが一体一体、剣を突き立ててとどめを刺していくのだ。
「やはり、威力が何よりも問題だな」
全ての骸骨戦士に魔法を当てた後、俺は立ち上がった。
レヴィアがふうふう言いながら、倒れた骸骨どもを処理している最中だ。
「第一、魔法って言ってもこれが何なのかさっぱり分からない。エナジーボルトの他に何があるんだ?」
いよいよ炎上を開始した村を背後に、俺は考え込むのだった。
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