第3話 第二王女レヴィア

「これを使って!」


 叫び声は女戦士のものだっただろう。

 俺に向かって、彼女が手にしていた剣が投げつけられてきた。

 俺は咄嗟に、


「あぶねっ!?」


 その場に転んで剣を避けた。

 剣は骸骨戦士に刺さった。


「ウグワーッ!!」


「何を避けてるのよアホかーっ!!」


「剣に当たったら死ぬだろうが。君がアホか」


 俺は倒れたまま、冷静に女剣士の誤りを指摘した。

 だが、とりあえずヤバそうだった目の前の危機は脱した。

 俺は起き上がりざま、別の骸骨剣士に拳から魔法を飛ばして倒す。

 この魔法、一体なんなんだろうな。

 よく分からん。

 だが、調べるのは後回しだ。


「よし、次来い」


 俺は立ち上がり、調子に乗って女剣士が投げた剣を、倒れた骸骨戦士から引き抜いた。

 あっ、この剣重い。


「うぬ……、情報にない魔法使い。しかも、そこの女と連携を取るか……!」


 赤くて角のあるやつは唸った。

 何か勘違いしてる気がする。だが指摘しない。

 そこで、骸骨の一人が何かに気づいたようだ。


「隊長! まずいです。松明を持った連中が近づいてきます」


「数は?」


「こちらよりも多いようです」


「正体不明の魔法使いに、こちらよりも多い謎の相手……分が悪いな。退却だ」


 赤くて角(略)は宣言すると、踵を返した。


「レヴィア姫、またお迎えにあがりましょう。首を洗って待っていたまえ」


 奴はそんな、何だかかっこいいことを言うと、闇に溶けるように消えていった。

 それに、他の骸骨戦士たちも続く。

 すっかり奴らの気配が消えてしまった頃、女戦士は体勢を立て直したようだった。

 ゆっくりと立ち上がる。


「とりあえず、ありがとう、と言っておこうかしら。他のみんなは……もうだめね。かわいそうだけれど」


 周囲を見回して、彼女の仲間たちの安否を確認する。

 どうやら、彼女とともに来た男たち、女たちは皆殺されてしまったようだ。

 この女戦士は、姫とか言われていたか?

 よく事情は分からない。

 詮索する間も無いようだ。


「いたなウェスカー! お前の悪事もここまでだ!」


 響き渡るのは、大変聞き覚えがある声である。

 うちの兄だ。


「やあ、パスカー兄。見つかってしまったか」


「!? ひ、人が死んでる!? こ、これは一体……! まさか、ウェスカーお前!!」


 村の男たちも怯え、俺たちに寄ってこない。


「ウェスカーとやら。彼らは、お前の村の者なのか……? では……詳しい話はお前たちの村でするとしよう」


 女戦士が威厳のある態度を見せる。

 彼女が兜を脱ぐと、肩の長さで揃えられた金色の髪が溢れ出た。

 青い眼差しが俺を射抜く。

 むむっ、す、すごい美人だ。

 これには、パスカーもたまげたらしい。


「どうぞ、村へ……」


 死体は村に運んで弔うことにし、村の男達は残った。

 俺は兄と共に、女戦士を連れて村に戻ることになった。

 俺は厳しい山のサバイバル生活をしていたと思っていたが、何の事はない。俺がいた場所は、村にごく近い裏山であった。

 あっという間に村が見えてきて、山の麓で不安げにする村の女衆を発見する。

 彼女たちは、俺を見るとオーガのような形相になった。


「この穀潰しの馬鹿息子! あんたのせいで旦那が夕方なんかに山登りをする羽目になったんだ!」


「うちの息子が怪我をしたらただじゃおかないよ!」


「無職のくせに!」


「文無しのくせに!」


「これはひどい」


 女戦士は俺をちらっと同情の目で見た。

 そして、


「パスカー殿。お父上に取り次いではもらえまいか。私はこの一帯を収める、ユーティリット王国の第二王女レヴィアだ。この近くに別荘を持っていてな。そこを骸骨の軍隊に襲われたのだ」


 衝撃の事実であった。

 何が衝撃かって、レヴィアというこの女、本当に姫であった。

 つまり俺は姫を守って、何かよく分からない力で戦ったのだ。

 これはなかなかカッコイイではないか。


 パスカーが村の女に言伝をすると、その女は一目散に地主の家……つまり我が家へ急いだ。

 最近、父親も体調が悪い日が多くなってきており、そろそろパスカーに世代交代するであろうと言われている。

 兄は病気一つしたことがない程度には大変元気なので、スペアである俺が奴に取って代わる機会は訪れないに違いない。

 ……暗殺?

 俺の命に従って、パスカー暗殺を手伝ってくれるような友人はいないし、一番に疑われるのが俺である。

 俺がパスカーを暗殺したら、この村の連中は寄ってたかって俺を文字通り吊るし上げることであろう。

 人望のなさには自信があるぞ。


「おお、パスカー、無事に戻ってきたのか。……それにこのバカモノも」


「うむ」


 俺は重々しく頷いた。

 出迎えてくれた父親は、眉間にものすごいしわを寄せる。


「父よ。あまりイライラすると寿命が縮むぞ」


「お前のせいだぞウェスカー!! もう、お前という奴はどうしてこうも出鱈目なことばかりをするのだ!! ミンナの教育が悪かったのか……!!」


 ミンナというのは、死んだ母の名である。

 俺はカチンと来たが、兄のパスカーも癇に障ったらしい。


「父上。母上のことを悪く言うのはやめてもらいたい! それよりも、お話していたレヴィア姫が……」


「おお、おお、そうであった」


 父親は、レヴィア姫に目線を移して、露骨に迷惑そうな顔をした。

 なんだなんだ。仮にも一国の姫にその態度はいかんのではないか。


「まあ、奥へどうぞ。何も歓待できませんが」


「構わない」


 席が用意されていた。

 簡素な卓である。


「ご存知のように、我らは税を収めております。王が決定された兵役にも、若い男を差し出しております。これ以上、何をお望みなのですかな……」


「兵を供出してもらいたい」


 レヴィアの簡潔な言葉に、うちの父は眉をピクリと跳ね上げた。


「できかねますな。既に、我が村の男の数は限界。これ以上に人を割けば、今秋の収穫にも影響が出ますからな……」


 たかが地主が、よくぞそんなに突っぱねられるな。


「パスカー、なんで親父はあんな強気に出てるんだ?」


「知らないのか? 世の中、もはや軍隊が必要な時代ではない。各国は長い間戦争をしていないから、兵役は形式的な人頭税なのだ。そして、各地の地主は、今や王国全土を守るほどの兵力を派遣できなくなったユーティリット王国から、地域の管理を任されている。下手な貴族よりも権力があるのだ。それに……相手は第二王女だぞ? 王位継承権で言えば下位。お前のようなものだ。彼女が権力を握ることはない」


「ははあ、似た者同士か」


 途端に親近感がわいてきた。

 うちの父親と向かい合っているレヴィアは、次々に要求を突きつけては突っぱねられている。

 彼女の横顔から、ひどい苛立ちを感じた。

 なぜ自分は理解されないのだ。

 自分は正しいことを言っているのに、どうして賛同してもらえないのだ、という。


「では」


 レヴィアが強く、卓を叩いた。

 女らしからぬ膂力からか、テーブルが激しくきしむ。

 父がさすがに青ざめて、引こうとし、椅子ごとひっくり返った。


「ぶぎゃあ」


「キーン村には魔法使いがいるであろう? その男を借り受ける……!!」


「ま、魔法使い!? そんな、わしは魔法使いなど見たことはないぞ!」


「そなたの第二子のことだ! あの男は魔法使いだぞ……!」


「なっ、なんだってえええ!?」


 パスカーと父親の声が重なって、同時に俺を見た。

 俺も振り返った。

 当然ながら、後ろには誰もいない。

 

「俺?」


「そなただ」


 な、なんだってー!?

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