第2話 これまでのウェスカー
俺はウェスカー。
地主の次男坊である。
つまり長男が何かあって死なない限り、将来的に無職であり、そんな未来がない男に嫁ぐ女がいるはずもないので、童貞を約束された男である。
俺はキーン村という、辺境の村で生まれ育った。
立場上、俺は村から出ることが許されない。
いつ、兄である長男、パスカーが死ぬかもしれないからだ。
だが残念ながら兄は健康だった。
この兄が死んでいれば、俺の人生はもっと明るかっただろう。
俺は兄のスペアに過ぎず、そのために将来的にも不安定なままで、教育もまあ中途半端な教育しか施されず、そんな俺は地主の父の威を駆る事も難しかった。
兄は村の年が近い男たちを従えて、派閥を作っていた。
俺は基本、ぼっちであった。
兄はその将来性から、村の女にもてた。大変もてた。女に困ることはなかった。
俺は完全無欠の童貞であった。手を握ったこともない。
一見すると悲惨であっただろう。
だが、これはこれで悪くない立場である。
まず、俺は失うものがない。
母親は腹を痛めて産んだから、兄も俺も可愛がった。
兄は早くから父の仕事について回ったから、自然と俺は母と過ごすことが多くなる。
母は貧乏貴族の娘である。
俺は彼女から文字を習い、彼女が生家から持ってきた本を読み、学を身に着けた。
父は母の他に妾を持ち、若い妾のところによく行っていたので、母はその分の情を母性愛として俺に注いだのであろう。
おかげで、俺はぼっちで童貞であったが、妙な全能感を持ったまま育った。
ぼっち余裕である。
その母が流行り病でころりと死んだ。
俺は本格的にぼっちになった。
だが、これまでの人生で、俺のハートはかなり頑丈になっていたらしい。
母の冥福を祈ったあと、俺は悠々自適の無職ライフを楽しむことにした。
まず、仕事に精を出す男たちの目の前で昼から酒を飲む。
午後の仕事に精を出す男たちの目の前で優雅に読書をする。
女たちが水浴びする泉に、俺専用の覗き穴を作る。
兄が男たちを使って数年掛けて開墾した山に、放置すると死ぬほど増えるハーブの種をばらまく。
実に楽しい毎日である。
俺の一人遊びは多岐に渡った。
最後の遊びは兄にばれて、村の男総掛かりで俺を捕まえようとやって来た。
これは大変なことになったぞ。大げさな連中だ、と俺は山に逃げ込む。
男たちは山狩りを開始する。
なんということだろう。
大の男たちが、どうしてこんなに血眼になって俺を追うのか。
分からぬ。
そして……俺は山に潜伏した。
これはこれでなかなか、刺激的な毎日である。
母の蔵書で手に入れた知識をもとに、野草やキノコを食べ、死にかけた。
付け焼き刃で罠を作り、動物を獲ろうとして俺が引っかかり、死にかけた。
魚を釣って食おうと思い、川に落ちて死にかけた。
なんてことだ。
全く食べ物が無いじゃないか!!
俺は憤慨した。
そして空きっ腹を抱えて歩いていたところ、山の中に似つかわしくない、荒事の音を耳にしたのだった。
「ほう」
俺は好奇心を抑えきれず、その辺りの木苺なんかをむしゃむしゃ食べながら繁みから顔を出した。
すると、骸骨の甲冑を身にまとった連中が、鎧を着ていない男女を襲っているではないか。
「ひい、お助けえ!」
山に似つかわしくない、造りの良いドレスの女が目の前を駆け抜ける。
そして案の定何かに躓いて転ぶ。
「逃げるなあ! おらあ!」
骸骨の戦士は、倒れた女に向かって手にした剣を突き立てる。
「ぎゃあっ」
死んだ!
目の前で人が殺されるところを見てしまったぞ。
俺は大変な衝撃を受けた。
胸がドキドキする。
「ちっ、死にやがったか……!」
骸骨の戦士は吐き捨てるように言いながら、身を起こした。
「死んだようですな」
俺も受け答えした。
すると、戦士はびっくりしたようで、ぴょんと飛び跳ねた。
そしてきょろきょろ辺りを見回し、俺に気付いたようである。
「うわあっ!? お、お前はなんだ!」
「ウェスカーです」
「名前を聞いてねえ!! ええい、お前も死ね!」
剣を振り回してくる。
理不尽すぎる。
「いやですぞ!!」
俺は慌てて手を振り回して抵抗した。
この時、俺は死なないために必死になっていたように思う。
そんな俺の腕に、何かよく分からない力の塊みたいなものが宿った。
俺はそのよく分からないものを、よく分からないままに振り回して剣を受け止めた。
すると、バチバチと紫色の輝きが放たれ、剣は当たった部分から、粉々に砕かれてしまったのだ。
「なっ、何いっ!?」
「隙あり!」
俺は手にしたよく分からない、紫色の輝きを、骸骨の戦士目掛けて放り投げた。
すると、輝きシュッと飛び、骸骨の戦士にぶち当たって消えた。
直後、骸骨の鎧のあちこちから、しゅうしゅうと煙りが上がる。
「ウグワーッ」
骸骨の戦士は膝を折ると、その場に崩折れた。
「むむっ、勝ってしまった」
俺は繁みから出てきた。
つま先で骸骨の戦士を蹴ってみる。
動かない。
「むむっ、死んでる」
多分、死んでる。
そう結論づけた。
そして倒れている女性をつつく。
つめたい。
「死んでる」
分かっちゃいたがこっちも死んでいた。
「俺も、あのわけの分からない光が出なければ死んでいたな。アレはなんだろう。まるで魔法のような……まあ魔法でいいか」
魔法ということにした。
まだまだ、周囲はわいわいと騒がしい。
基本的に、骸骨の戦士たちによる虐殺が行われているようだが、一部では互角に戦っている者もいるらしい。
どこが互角っぽいかは、音でわかる。
金属と金属が打ち合わされる音がするのだ。
俺はそっちの方に行ってみた。
理由はなんとなくである。
「くっ……、強い……!!」
聞こえてきたのは、女の声だった。
そこには、高価そうな美しい鎧を纏った女戦士がおり、対面の赤くて額に角のある骸骨の戦士と戦っていた。
近くには、彼女に打ち倒されたらしい骸骨の戦士が何人も倒れている。
どうやら女戦士は、普通の骸骨の戦士よりは強いらしい。
だが、この赤くて角の生えた骸骨よりは弱いと。
「ふっ、女の細腕でよくぞ我が精鋭を三名も片付けたものだ。だが、それもここまで。この“鮮烈のシュテルン”の前に立ったが、貴様の運の尽きよ」
「くううっ……!」
二人の剣と剣が、鍔迫り合いをしている。
赤くて角の生えた方は、余裕がありそうだ。
じりじりと、剣を押し込んでくる。
このままでは女戦士が危ない。
今俺は、この光景をぼーっと手に汗握りながら見物しているのだが、多分そういうことをしている場合じゃないんじゃないか。
「よし、待つのだ」
俺は鍔迫り合いの最中に駆け込み、その場に立った。
「なにっ」
「えっ」
赤くて角の生えた奴と、女戦士。
同時に呆気にとられる。
「よし、魔法だ!」
俺は拳を構えた、
そこに紫色の輝きが灯る。
そいつは、赤くて角の生えた奴目掛けて飛んでいった。
「エナジーボルトだと!? こんな山奥に魔法使いが!?」
そいつは叫びながら、距離を取って剣で輝きを打ち払う。
そのついでに、女戦士の腹に蹴りを入れていった。
「ぐうっ……!!」
女戦士が膝を折り、ぐったりとする。
かくして、赤くて角の生えた奴は増援を呼び、俺は成り行き上、女戦士をかばうように立ち……。
こうして今、骸骨の戦士の刃に晒されているのである。
回想終わり。
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