この神事の夜、このおたかに踏み入る者。ぐうや神官たちとは異なる衣装を身に付けた者。影になって顔は見えないが、つめたく焼けるような満月を冠としたその影こそが十三代女王であると、私はすぐに分かった。


「わたくしは女王菟上うなかみ。八代五十しき玄孫やしゃごにあたる」


 八代女王は我が高祖母日葉洲ひばすの更に祖母だ。するとこの十三代女王は私と遠い血の繋がりがあるのか。

 いや、それが何の役に立つ。

 逃げることもできずに穴の底から見上げていると、女王菟上うなかみはその場に立ったままこちらを見下ろし言葉を続けた。


「その娘、連れてゆくつもりか、と聞いておる」


 敵意は感じなかった。

 しかし背後に従者たちを連れているかもしれない。私を捕らえるつもりかも。


「答えよ。口がきけぬか。耳聴こえぬか。否、わたくしの声は聞こえておろう」


「……恐れながら、仰せの通りでございます。この娘を我が故郷へ連れて行きたいと思います。おたかの神事がり行われると決まる前に、私たちは結婚の約束をいたしました。こうした神事に参加する娘はふつう、未婚の生娘のみ。この狭穂さほは私の、」


つ国の者よ、知らぬのか。この竹野国たかののくにでは、子をなした女であってすら女王になれる」


 女王が笑った気配がした。

 背を冷たい汗が流れ落ちる。


「天がえらびたもうて若竹となるに、そのようなことは些末事じゃ。

 名も名乗らぬ者よ、この林の竹となるべき娘を盗んでゆくというわけか。わたくしから。たかから」


 いつしか私は、自らの掘った穴の底に膝をついていた。

 ひざまづいてしまう。まるで大王おおきみの御前に出たときのように、目の前に超越的な存在がいると全身が訴えている。この人物は間違いなくたかの女王、この土地の絶対的な支配者なのだ。

 赦されぬのであろう、と思った。

 狭穂は埋め戻されて殺される。

 私も神事をけがした者として殺されるかもしれない。

 可哀想に、狭穂は私に助け出されるかあるいは女王として目を覚ますと信じて眠ったまま死んでいくのだ。

 いっそ私が殺してやったほうが良いのか。そして私もここで首掻き切って死のうか。一緒になろう、必ず助けるという約束をたがえたまま、狭穂だけここに置いていくわけにはいかない。

 私は、帯に挟んだ小刀に手を近付ける。

 ざあ、ざあ、と波のように、夜風が無数の竹の葉を鳴らしている。

 その隙間から、女王のやや低い声が降ってきた。


「このたかは天とわたくしとを結ぶ神域。すべての竹はこの女王わたくしのものじゃ。新たな女王にならぬ娘、すなわち竹となるべき娘も、すでにわたくしのもの。

 女王の持ちものを所望するならば、その者は必ずこの問いに答えねばならぬ。これまで答えた者は無いが、当てれば竹の娘をくれてやろう。当たらねば朝日の訪れを待たずに処刑する。よいな」


「は……」


「名を名乗れ。処刑するにも記録せねばならぬゆえ」


闇見国くらみのくに王族、御間みま城王きのみこ


「王族とて何の助けにもならぬぞ」


「もとより承知」


 いいだろう、と女王は溜め息のように言い、そして頭上から刺す月光さながら、私に向かって問いを下ろした。




竹野国たかののくに女王が代々受け継ぐ真名まなを答えよ」




 全身が総毛立った。

 高熱を出した時のように身体がしびれ、震えて、臓腑が煮えるかと思われ、目玉も頭も粉々に割れるのではないかと思った。

 これで。

 これで全てが、


 つながる。




 私は信じられない思いで、女王を見上げ。


 そして答える。







たけの迦具夜かぐやひめ











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