10 辻村茜

 がんがん痛む頭。机の上で、何時間寝ていたのか。窓際の席で、突っ伏した身体を起こすと、窓が開いてカーテンが揺れていた。口に髪の毛が絡まっていた。伸ばしっぱなしだったせいだ。鬱陶しい。電気の消えた教室には、俺と、あと何人かが居た。黒板横の時計は五時過ぎを指していたが、ガラスにひびの入ったその時計はかなり前から壊れて止まっていたような気がする。黒板には、消し残しの板書と相合傘。自分の机は、濃く広がった鉛筆の塗り潰し。突っ伏して寝てたからきっと顔が汚れている。

 窓際から入り込む幾重のオレンジの光線。教室の他の連中の話し声を遮るように、何人かの掛け声が、眩しいくらいに、この四階まではっきりと聞こえる。グラウンドで一年か二年がサッカーでもやっているんだろう。ああ十一月だった。秋だ。

 さっき見た夢を思い出す。屋上で、一人で街を見ていた夢。柵に背を預けて首を反らした。剥げた鉄の柵だった。すぐそこに並び立ついつもの街。夢だから形がよく分からない。夏目だったものの背中だけがはっきり焼き付いて。狭い街を見下ろしても、夢の中でさえ、夏目の見た景色は分からない。存在しない空気の感触、花びら、ピンク色をただ思い出す。殺す夢は、もう見ない。

 床になぜか、枯葉が一枚落ちている。踏んだら粉々になった。乾いている。

 俺は教室の真ん中に机を固めた三人を見遣った。黒髪二人と、眼鏡が一人。近づくと、三人はあからさまに黙り、目を伏せた。電源の切れたラジオ。机の上に並べられた幾つもの駒。ルールは知らない。誰がしかがいつもやっている、俺にはよく分からない遊びだ。

「なあ、俺にも教えろよ」

 そんな言葉が口をついて出た。少し沈黙が続いた後に、一人がえー、と唸った。

「えっとうちら、そろそろ帰ろうと思ってたので」

 わざとらしい返事が返ってきた。

「いや、別にいい」

 俺はそれだけを言って、教室の隅の掃除用具箱の方に向かった。ただの気まぐれだった。ほっとしたような溜息が聞こえたが、俺が箱の中から箒を取り出して見ると、慌てて鞄を片付けて三人は廊下へ出て行った。

「辻村さん、一年の、最初の頃に戻ったみたいだね」

 リュックを背負った長い方の黒髪の奴が、開いた引き戸の擦れ違い際に言った。そういえば気にしていなかったか、ほんの最初の頃の、石川派の連中だったような気もする。いや、気のせいか。まあいい。

 教室に一人残った俺は、意味も無く手に持った箒で、三人の机を殴り続けていた。ただの暇潰しだ。机と床に散らばった駒の柄を見ながら、ラジオの電源を入れた。歌のない音がひび割れながら流れ出す。

 窓の方を見た。カーテンを貫くオレンジの声。グラウンドでは、まだサッカーが続いているようだった。


 何も無い。

 何も無い。

 何も無い。

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