第2話 リオン

 目の前には、遥か昔に消えたはずの風景。自分の意識は若返った身体とともに。そして喋るゲーム機。何も発せず、ただ立ち尽くす。

「……まだ夢なんじゃないかとは思ってるけど、一応話を聞く……聞くしかないな……。そうでもしなきゃ、どうにもならんし」

 意を決する。夢ということで済ませることが出来ればてっとり早いが、どうやらそうはいかなそうだ。

「妥当な判断じゃの」

「まず、『お前』はなんなの?」

 ゲーム機に顔を向けて話かける。やはり自分の声に反応して、ちゃんとそれに合わせた会話を返してくるように見えた。

「簡単に言ってしまえば、『付喪神』のようなもんじゃの」

「というと?」スピーカーの声に、先を促す。

「この地に祀られていた『力』が実体化したようなもの、じゃ。――実体化というより、憑依と言った方が分かりやすかのう?コレは仮りそめの身体にすぎんわ」

「このゲーム機が生きて動いてるわけじゃないのね」

「昔の人間には猫又なんて呼ばれたこともあるし、本当は猫の姿の方がしっくり来るんじゃが。その辺は色々あるからの」

「いや、猫に話かけてるなんて他の人から見たら異様な光景だし、こっちの方が助かるよ」

 と言ってから、この時代、1999年なら機械に話しかけるのも十分残念なことをしている扱いになるなと気付く。


「こうやって会話をするのも、神の力のひとつじゃからの」

「そうか、俺とお前が話をできる理由は分かった。――で、なんで俺はこんなところにいるんだ?」

「ワシがこの時代に連れてきたんじゃ」

「土地の神様って、そういうのもできるもんなのか……」

 不可思議な現象も、全部「神様の仕業」と言われれば納得せざるを得ない。ひとまず先を促す。

「長年、力を蓄えた結果の賜物じゃな。この規模の力は、そう簡単に使えるものではないがの」

それで、と疑問を口にする。

「なんでまた、俺がこんなとこに連れて来られたんだ?」

「……お前がワシを見つけた。それだけのことじゃ。その上で同意を得たから、お前を過去まで連れて来たわけじゃの」


「同意?なにそれ……?」そんな無茶苦茶なことを許可した覚えはない。

「忘れたのかの?」

「分からん……検討がつかん」

「ワシはしっかり覚えておる。お前が、決定ボタンを押したのを」

「……ん?ボタン?」ボタンを押す……?そういえば光って気を失う前、何かしてたような……。

「ワシからの問いかけ、『危機を救ってくれますか?』の選択肢に、お前は『はい』を選んだじゃろ。それで契約成立じゃ」

 ――思い出した。ゲーム機の電源が入って何かゲームが始まったから、その流れで出てたメッセージに対して「はい」のボタンを押した。深く考えずに。そりゃそうだ、ゲームなんだから。

「……『はい』を選んだから、俺が過去に連れ戻されたわけ?」

「そうじゃ。思い出したようじゃの、契約のことを。これで疑問解決じゃな」

「……なかったことには」

「無理じゃ」

「もどして」

「無理、ダメなものはダメじゃ。何より、この力は『一方通行で1回限り』でしかない。例えワシがお前の事を許して開放しても、時間移動については取り消しだろうが再発動だろうが出来はせんわ」

――やっぱりそうなるか。どうしても主導権はあちらにある。押し問答をしていても仕方ない。解決策を考えつつ、今は話を合わせるしかない。

「じゃあ、その契約ってのは何をすればいいわけ?」

「『危機を回避せよ。』お前も知っての通り、この店は潰れる。それが今、お前が向き合うべき危機じゃ」


 改めて玩具屋の方に目を向ける。一度こうやって在りし日の勇姿を見ると、それが再び一切消えて無くなってしまうのは物悲しいものはある。しかし……。

「でも、それってさ、歴史を変えちゃう感じなんじゃ?」

「そこは神の特権というやつじゃ」

 そういうもんなのか。

「気にするな。そのために呼んだのだから、それでいい。一つ付け加えると、その歴史改変によってお前に害が及ぶことはないからの」

「契約はだまし討ちだったが、改変を行った後の、『身の安全』だけは保証してやるぞ」

「そこ、無理矢理だったって認めちゃうんだ。しかしなぁ……」

 だまし討ちを食らったわけだから、全面的にリオンの言うことを信用する気にはならなかった。しかし、この現象に対する対応するには情報が少なすぎる。

 ひとまずは要求に従うフリをして、状況を見ながら他に何か手段がないか考えてみることに決めた。


「分かった。そうするしかないというなら、協力するよ。……ところでお前の名前、なに?なんて呼べばいいわけ?」

「――今のお前に名乗る名などないわ。勝手に呼べばよかろう」

 手厳しい反応だ。じゃあ、どうしたものかな。

「そっか、じゃあこっちでテキトーに呼び名、付けちゃうよ?」

 ゲームをやるときに陥りがちだったけど、パっと名前を決めるの苦手だったりするんだよな。つい、色々考えちゃって。

 どうしたものかと周りを見回す。目に見えるものから連想して名付けられないものかと。ふと、初めにゲーム機を見たときのことを思い出す。そう、裏面に書いてあった。手に持っていたゲーム機を裏返す。

「お前さ、本体に『ガングリオン』って書いてあるし……短くして『リオン』でどう?」

「好きにすればいいといっておろう」

「じゃあ、改めてリオン。もう少し詳しく説明してくれ。何をすればいいのか」


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