救世紀ガングリオン
セキヤあき
第1話 アーケード:505
昔から欲しかった「もの」、あるいは一度手放してしまい再会を願っていた「もの」、それが突然、目の前にあることに気付く。それはどこかの店先。
「なんでこんな所に」そんなことを疑問に思うより前に「それ」を手に取り、自分の物にすべくレジへ向かう。喜びに満ち足りた気分の中、会計が終わるのを待つ。
と突然、視界が不安定になり――目の前にいつもの天井が広がり、やがて、夢を見ていたのだと気付く。
そんな経験はないだろうか。
俺にとってそれは、子供の頃の夢や希望が詰まった「あの日の玩具屋」の光景だった。何度となく見る夢、手を伸ばしてもいつも掴めむことが出来ずに消えゆく存在。
最初は、その時もよくある夢を見たのだろうと思っていた。しかし、それは夢や幻では済まされない、確かな現実であることを知る。
気がつくと、その場所に立っていた。
実家から徒歩で2~30分、自転車なら10分そこらの、商店街。通路を挟んで店が向かい合い、それを屋根で覆うアーケード式の商店街。
今、ここには人の気配がまったくと言っていいほど感じられない。昔の喧騒が嘘のように、静かで息遣いのないシャッター街。
日本中どこにでもあるような商店街は、いつのまにか、どこにでもあるさびれた商店街の抜け殻になっていた。
大通りに面した位置で、かろうじてコンビニとドラッグストアが営業しているのと、あとは生きているのかいないのか分からないような店が数件あるのみ。ほとんどの店はシャッターを閉め、店名を記した文字のかすれ具合が年月の経過を物語っていた。
商店街の入り口にある、錆びた時計が目に入る。決まった時間になると何か仕掛けが動く物だったと記憶しているが、稼働しなくなって随分時間が経っていそうだ。
目的地があるわけでなく、なにとなしに通路を進んでいく。
とっくに閉店したであろう床屋のポールが、店の外に置きっぱなしにされている。
動かない青と赤の螺旋。赤は動脈、青は静脈を表していると聞いたことがある。商店街の中の、血液の循環が止まったことを示しているようにも見えた。
先に進むと、元・薬局と思われる店頭には塗装の剥げた象の人形が佇んでいる。なんとなく象の頭を軽くなでてみてから、通り過ぎる。
そんな中、店の並びにポツンと空き地があるのが目についた。
最近、店を取り壊したのだろう。敷地の境界に等間隔に杭が打たれ、ロープが張られていた。
両隣のシャッターに視線を送る。靴屋と八百屋か……そうだとするとその間は、と当時の並びを思い浮かべた瞬間、記憶が蘇る。
――そうだ「玩具屋」だ。
記憶の蓋が開くと、一気に思い出が湧き上がってきた。
休日に親に連れて行ってもらって玩具をねだったり、ゲームの発売日に友達と一緒に買ってプレイ状況を競ってみたり、対戦モノの玩具の大会に出て勝敗で一喜一憂したり…。
あの玩具屋、ついになくなっちゃったんだな……と少し感傷的な気分になる。もっとも、年月を重ねて自分がこの町を出る前の段階で、店じまいをしていたのはなんとなく覚えていた。そのまま住居として使っていたのか、別の店が入って使っていたのか分からないけれど、何にしてもお店そのものがこの世から物理的に消えてしまっていた。
コンクリートの破片が散らばる床を眺める。
子供の頃はあんなに広く大きく見えた玩具屋も、平らな敷地だけになってしまうと、とても小さく見える。
あの頃は、この小さな空間が「自分にとっての世界」の大半を占めていたように思う。この場所で、たくさん楽しいことがあったな……。本当に、数え切れないくらいに。
「―――」
思い出に浸っていると、急にどこからか声が聞こえた……気がした。
振り返ってみても誰もいない。
どこか懐かしく、聞き覚えのある声のような…。
でも今、この場所には自分一人だけ。人の気配はどこにもない。鳥の鳴き声でもしたのかもしれない。
――と、足元に何やら落ちていることに気付く。
くすんだ水色をしたゴツゴツした感触の――ゲーム機。
普通の携帯ゲーム機のように本体とソフトが別々になっているのではなくて、一体型で1つのゲームしか遊べないやつ。TVゲームも携帯ゲームも進化していく中、こういうシンプルな玩具も結構長いこと発売されていた気がする。解像度も低くて手狭な画面。あったなあ、こんなゲーム。
いったい、いつのだろう。
販売元や販売年を表す刻印はかすれて見えないが、ゲーム画面の中央にタイトルらしき英字が書かれていた。
「ガン…グリオン?」
知らないゲームだ。
深く考えるでもなく、とりあえずスイッチを押してみる。硬い感触。
画面の変化はない。つくわけないか……と思いきや、ワンテンポ遅れて軽い起動音が鳴った。さてどんなゲームだろうと構えるが、音は途切れ、画面も一面灰色になってしまう。
やっぱ壊れてるのかな、とまた電源ボタンを動かそうとすると、無音のまま、黒い文字だけが画面に表示された。
『セカイ ヲ スクッテ クレマスカ ?』
そして、無機質に表示される「ハイ・イイエ」の文字と、その横に矢印のマーク。
スタートの演出もなくいきなりゲームが始まるのか?と少し面食らう。メッセージも、随分と簡素な印象だ。まあ、いつのゲームだか分からないしなと納得しつつ、決定ボタンを探す。
一番大きいボタンであってるかな。押してみる。ボタンの凹む感触とともに、効果音が流れた。ピロピロとした電子音。
「――契約完了。じゃあ、『行く』とするかの」
突然、ゲーム機から、はっきりした人間の声が発せられた。 聞き間違いじゃなく、確かにゲーム機のスピーカーから。
「へぇ、ボイスもあるんだ。……レトロっぽく見えて、意外と新しいゲームだったか」と、一人つぶやく。
「いや、そこは問題じゃないじゃろ?」
ん?プレイヤーの音声にも対応してるのか?――そう思うのも束の間、周囲の空気が震えるのを感じた。次いで、エレベーターで高所に上がったときのような耳の違和感。
こ……今度はなんだ……っ!?
異変は収まらず、ゲーム機は強い光を放ち、視界が狭くなるのを感じた。――やがて意識が薄れていった。
背中に当たる、硬く冷たい感触で目が覚める。
目の前にはアーケードの屋根が見える。床に手をやると凸凹したタイルの地面。
どうやら仰向けになって、気を失っていたようだ。
記憶を探る……そうだった、商店街にいたんだった。
そこで変なゲームを拾って、いじっていたことを思い出す。それがまたいきなり光るもんだから、驚いて倒れたような気がする。
なんだったんだ今のは……そう考えかけて、目の前の光景に唖然とする。事態は、そんな些細なことを考える状況ではなかった。
さっきまで廃墟のようだった商店街の店々が、シャッターを上げ元気に活動しているではないか。
自転車が行き交い、買い物袋を下げた人々が目の前を通り過ぎていく。床屋のポールはクルクルと無機質に回っている。隣の八百屋から、何が安いだとか、出来がいいだとかいった呼び込みが聞こえる。どこからか、揚げ物らしきいい匂いも漂ってくる。
アーケードの屋根ごしに夕日が差し込んで、それらの景色の照らしてた。
さっきまでは単に開店前でどこも閉まっていただけで、寝ている間に時間が経って店が開いただけなのかもしれない。
でも、そんな仮説も見事に砕かれた。「今目の前にあるもの」だけは説明がつかない。
ドアも柱もすべて取り壊して空き地になっていた場所に、『あの頃の玩具屋』がそのままの形で建っているのだから。
玩具屋の店頭にはたくさんのガチャガチャの機械や、ジャンケンのコインゲームやらが並んでいた。出入り口付近には、とても大きな戦隊ロボの人形が立っている。お寺の門に安置された金剛力士のごとき、威風堂々とした立ち姿。
軒先には、色とりどりのビニールボールやらチャンバラの剣が吊るされていた。ガラスの窓越しに室内の様子も見える。様々な動物のぬいぐるみや、おびただしい数のおもちゃの箱が積み重なっている。
いつか見た光景と変わらない、もうここにはないはずの風景。
「何この……なに……?」
思わず声が漏れる。
夢……いや、いくらその場所を訪れたからといっても、ここまではっきり昔の記憶が夢に表れるものじゃない。
たまに――昔遊んだ懐かしい物の話をしたりネットで画像を目にすると、それを「欲しかった」とか「また手にしたい」という気持ちが記憶とリンクするのか、夢に出ることがあった。
脈絡なくふらっと店に行って、掘り出し物を見つけて小躍りするという夢。
でも、これは夢にしてはディテールがはっきりしすぎている。例えばガチャガチャのラインナップを見ても、好きで集めていたのもあれば、全然興味がないモノもいくらでもある。
とくにこれ。商品の見本の台紙も貼ってない筐体に、大小様々に色とりどりなスーパーボールが無造作に入ってるやつ。1回100円。クソどうでもいいぞ、これ。
別にスーパーボールは嫌いじゃないが、こんな所に力入れたものが俺の脳が作り出した夢だとしたら、なんと間抜けなことだろう。目玉アイテムと思われるデカいサイズのボールは、ご丁寧に塊の一番上に置かれている。大当たりは、ほぼ最後まで減らしてやっと出るパターンだ、これ。
そんな細かいことまではっきりしてるのが、どうにも夢とは思えない。
とはいえこの状況がどういうことなのか、自分では理解ができなかった。どちらかといえば、「夢ではない」と思う。けれど夢の中では「理路整然としてるから夢じゃない、ヤッター!」なんて思うものの、目が覚めて思い出すと「どう考えても夢だこれ!」ってこともあるし……。
いまだに自分を信じられないが、夢かも、という方向性でちょっと行動を起こしてみようと思い立つ。夢だとしたら、楽しい思いをしてもいいんじゃないか。せっかく目の前にはお宝の数々があるんだし。
おもちゃを手に取ってレジに行って、「わあ、開けるの楽しみだなぁ~」――なんて思った瞬間、いつもの布団で目を覚ますのかもしれない。
「そうと決まれば、いざ入店」などと意気込む。
「――好きにすればいいが、もう1つ気付くべきことがあるんじゃが、の」
「えっ」
急に間近から声がしたことに驚き、一呼吸おいて固いものが地面に落ちる音がした。地面に転がったものを見て、さきほどのゲーム機をずっと握りしめていたことに気付く。そしてそれを落としたのだということを。
「おい。もうちょっと丁寧に扱え」
声はさっきよりも少し遠くなっていた。
ゲーム機を覗いてみると、何やら液晶画面にドット絵で表示された動物のキャラクターが写っていた。上に向いた耳と口元のヒゲ、長い尻尾。ネコか何かだろう。そういえば……さっきもゲーム機が光る前に、すぐ近くから声がしていた。
「あの時の声、聞き間違いだと思ったけど、いや、それにしても……ゲーム機ってこんなにしっかり音声入力に反応するもんだっけ?」
「何を今更いっておる」
「うわ、やっぱちゃんと会話になってら」
ゲーム画面の古臭さに不釣り合いな高性能さに混乱する。
「それについても説明してやってもいいが、したところでお前は『そうですか』と納得はせんだろう。だから、先に『この状況』を理解させてやろうとしてるんじゃ。だから聞け」
やっぱり変だ、色々と。戸惑う俺をよそに、ゲーム機に表示されたキャラクターが一方的に喋りかけてくる。
「おおよそ、ポケーっとした顔で見ていて気付かなかったんだろうが、もう一度ガラスケースをよーく見てみるんじゃ。妙なことに気付くはずだがの」
訳がわからないが、ゲーム機の声の促されるまま、店の方を向く。ガラスの向こうには玩具の山が見える。
「別に変わったことはないと思うけど――えっ」
後ろを通り過ぎる自転車の気配で一度振り向き、再び前を見たとき、違和感に気付いた。ガラスに反射して映るシルエットは、少年のものだった。今の自分とはとても似つかない。そばに人は誰もいない。
他の誰かじゃない。それは、昔のアルバム写真の中で見た「子供の頃の自分」の顔と同じだった。間違いなく。自分が動いたのと同じ形にガラスに映る少年が動く。
「若返ってる…?」
そういえば身体が何か軽いような気がする。こころなしか、視界もはっきりしていることに気付く。
「若返る、間違いではないが、それだけではないぞ」
「つまり……?」
先を促す。
「ここは、お前に取っての『過去の世界』。過去の時代にやってきたんじゃ」
いや、でもしかし…他手続きに理解できない状況に陥り、考えもまとまらず、反応ができない。
そんな中、商店街の雑踏から子どもの会話が耳に入ってきた。
「いつになったら出るんだよー。ポケモンツー」
「なー。また発売遅れるんじゃねえ?」
「このまま一生出なかったりしてな。…やべっ、今日ビーストオーズじゃん。俺もう帰るわ!」
「あー。祝日だと曜日分かんなくなるよな。連休も終わりだしなー。じゃ、また明日~」
「またなー」
2人の少年が後ろを通り過ぎていった。聞き覚えのあるフレーズ。それは、ずっと昔にあったゲームとアニメの名。
「……いくらか分かりかけてきたかの?」
ゲーム機が語りかけてくる。
「1999年5月5日。それがこの世界の『今日』の日付じゃ」
東京の片隅、世紀末の「こどもの日」。俺は過去の世界に戻って、二度目の人生を送ることになる。一つの使命を果たすために。
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