第1話 神と魔王の転生談

「む……」

 目が覚め、辺りを見回す。

 何も無き白い世界。

 何故、まだ自我と身体があるのだろうか。

「ようやく起きたみたいだな」

「え……?」

 仮説を建てる前に白い世界が蠢きだした。

 その中心から齢十といったところか、少女が現れた。

「おはよう。魔王ウェルグ」

「あなたは……」

「私か? 私は……神とでも呼んでくれ」

「神……さま……?」

 正直に言えば目の前の少女がいきなり神を名乗り出したことに困惑した。

 だがこの真っ白な世界でウェルグと会話している状況にあるため信じるしかない。

「私はそんなに神の威厳が無いのか……。まあよい。ヴェルグよ。お主が世界をリセットした理由、見せてもらった」

「……そうですか」

「なんだ。しらけとるな」

「すみません……」

「謝る必要はない。して、お主がここに居るのは訳がある」

 神様は指を弾き何もない世界に二つの椅子を生み出した。

「まあ座るといい」

 神様が先に座り、その後、ウェルグに座るよう促してくれた。

「ありがとうございます」

 それに従いウェルグも椅子に座る。

「お主が使った魔法『リメイクアウト』はお主の調査通り、世界を初期化する魔法だ。その住人もすべて初期化されるという発想も正しい。それに照らし合わせれば今、リセットした本人とはいえ、お主はここにいないはずなのだ」

 順当に考えるとそうなるだろう。一体何が原因なのだろうか。

「端的に言えば、お主の魂は昇華しなかったのだ」

「……」

 少し考えてみるが良く分からない。死後の世界だからこそ人智の超えた領域があるのだろう。

「どんな人間、魔物であれ死した者の魂は必ず一つの集合体に集約される。その過程に昇華があるのだが、お主の魂だけ何故かそれを拒んだのだ」

「自覚症状がないんですけど……」

「そもそも自覚して抵抗できるものでもない」

「……そうですか」

「これは完全なイレギュラーだ。そのため、お主の魂を少し覗かせてもらった。プライバシーの侵害は見逃してくれると助かる」

「はぁ……」

 相手は神様だ。プライバシーも何も無いだろう。

 状況も状況であり、別に覗かれても問題は無かった。

 意外と律儀な神様にヴェルグは内心驚いた。

「そして分かったことが一つある。それは魂が渇望を覚えておったことだ」

「渇望? 絶望ではなく?」

 何故渇望なのか。ヴェルグは単純に疑問に思った。

「魂の昇華が発生しなかったということは先の世界に未練があるということ、覚えはあるな?」

「あります」

 『リメイクアウト』を使った理由がまさしくそれだ。世界を変えられなくて、苦渋の決断でリセットした。自身の無力を悔い世界に対する未練はヴェルグ自身、相当なものだと考えている。

「絶望であれば世界自体を嫌う。未練に通じるのは渇望に類する感情だ」

 ヴェルグは神様の説明に納得した。

「問題なのはお主の魂はその渇望が尋常でないほど深いものであったことだ」

 渇望を覚える住人は幾らでもいる。イレギュラーを起こし、ヴェルグだけがここにいるということが容易に深さを裏付けている。

「なるほど……では私はどうすれば良いのですか? 私とて摂理から外れることは善しとしません。出来ることであれば輪廻に合流したいです」

「世界に対する未練を無くす……つまり渇望を満たすことが出来れば必然的に摂理に戻ることが可能だ……だが」

「未練を覚えている世界は既に初期化済み……」

「話が早くて助かる。だからこそ別の世界で、別のカタチで満たさねばならん。達成感、満足感、幸福感、何でもよい」

「別の世界……?」

 初期化された世界ではなく、「別の世界」という表現に疑問を覚えた。

「なんだ? 理を司る『リメイクアウト』を突き止めたのに世界が複数存在するのを知らんのか」

「ええ……知らないです」

「まあいい。だが作り変えられる世界において過去の記憶を持つ存在は健全な形成を促すうえで邪魔となってしまう。必然的に、既に確立された別の世界の力を借りなければならぬ。ここからが本題だ」

 神様はそう言うとまっすぐにウェルグの目を見た。

「今までの話を踏まえ、お主には別の世界に転生して貰いたい」

「転生……ですか?」

「そうだ。この白き世界ではお主の渇望は満たせんからな」

「消さないんですか?」

「なに?」

「いえ……神様なら俺の魂を無かったことにすることもできたと思うんです」

「考えなかったことではない」

「では何故」

「……神にも情はある」

「……」

「先の世界において魔王であるにも拘わらず、お主はあの世界に勿体ないくらいの善人だった。そんなお主が何も報われずに消えて行くのは私自身許せぬことだった」

 本心なのだろう。神様の握り拳が震えていた

「そんな最中、お主の魂が昇華してないと来た。私はお主がある意味でチャンスを掴んだのだと思った。だから私はお主に出来得る限りの救済措置を施したかったのだ」

 神様が目を伏せる。

「私自身、お主を利用した自己満足に浸りたいだけだという自覚はある」

 そこには私情に塗れた自分を戒める自責の念が見て取れた。

「申し訳ありません」

 自己満足? とんでもない、とても慈悲深いことじゃないか。

 ヴェルグは決意した。

 この優しき神様のために、何より自分のために幸せになろうと。

「神様、俺に転生させてください!」

「承った。しかし転生とは言え、別の世界にお主の存在を適合させるだけだ。未練のせいで書き換えが出来ぬからな」

神様がウェルグに向かって手を翳す。

 白き世界において朧気であったウェルグの輪郭がはっきりとし始めた。

「この身体……人間……ですか?」

 魔物としての特徴が失われ、自覚できるレベルで自身の身体に違和感を覚えていたヴェルグは見た目から人間の身体と予想した。

「そうだ。何と言っても件の世界では魔物がおらぬからな。人間として生きてもらうことになる」

 前世の記憶を引き継いだ転生である。

人間と魔物の関係に対してトラウマを持っているであろうウェルグに健全な生活を送ってもらうにはどちらか一方の存在の世界が望ましい。

これは神様の気遣いであった。

「すまぬ。お主の魔力などは引き継いだが魔物としての力である魔眼は引き継げなかった」

 無念といった面持ちである。

「いえ、十分過ぎます。本当にありがとうございます」

 お礼を言ったウェルグの耳に裏技を使えば不可能ではないのだがという言葉が聞こえたが気の迷いだと聞かなかったことにした。

「私からの選別は以上だ。頑張って来い」

「はい」

ウェルグは力強く頷いた。

それを見た神様が再び手を翳すとヴェルグの足元に魔法陣が浮かび上がる。

 意識が段々と遠くなっていくのを感じた。

 最後に見た神様の表情は微笑んでいたと思う。

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異世界魔王の禁忌魔術 深谷 春瑠 @haruru8142

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