5ー25
公演館内
アリスが公演している会場の両開きの扉が開き、中にいた観客が歓談しながら出てきた。
その中には、達也と結衣の姿もあり、達也はスマホの画面を見ており、結衣は満足そうに出てきてきた。
「……」
「……楽しかったね……おーい、達也ゃ〜」
「ん?あぁ、そうだな」
「……」
「……」
「……う〜ん、没収ぅ!」
「ちょ、まっ!」
楽しかった事を俺と共有と言うか、共感して欲しかった結衣は、スマホを片手にずっと見ている俺に、スマホをバシッ!と奪い、自分のカバンの中へと入れた。
あ、と思った俺は結衣の方を見ると……ジト目で何かを訴えるかの様な表情でジッと見ていた。
「…………そ、そうだな!楽しかったな!いやぁ〜初めて聞いたけど、うんうん、良かった良かった!」
「……達也に分かって貰って……良かった」
「いやぁ〜また、聞きたいなぁ〜」
(ヤベェな。新しい報告が来てねぇかな〜って思ってたけど、スマホが没収されたら……)
こりゃーやべぇや。と思った俺はスマホを使うのを止め、公演館のロビーへと行くとそこには他の観客達がおり、職員の人と話し合っている姿も見えた。
その周りを見ていると、公演館の出入り口では、観客が出れないように職員が塞いでいた。
「……何かあったんだろ」
「……」
(公演館の外は……駐車場、そう言えば……)
「……達也?」
「ちょっと、職員の人に何かあったのか聞いてくるわ」
「……分かった……でも…」
職員に聞こうと歩もうとすると、結衣が俺の服の裾を掴み、俺を呼び止めた。
聞いてくるだけだから、心配する事は無いと思うんだが……結衣が見てくる目はどこか怯えていた。
「……早く……帰って、きて」
「……分かった。だから、少しだけ待っててくれ」
「……うん」
「……じゃ」
(怯え、恐怖……こりゃ、早く帰って来ないといけねぇな)
結衣は掴んでいた服の裾から手を離し、達也を行かせた。
行かせてしまった……。
この言葉が、私の中で後悔として現れた。
「……はぁ」
(なんで……行かせちゃったんだろ)
一度俯き、また頭を上げると達也はいなかった。「はぁ……」とため息をつき、立って待つより、座って待つ方が良いと思った私は空いている席に座った。
ここの席は二つあり、私の目の前には達也が座るはずだった席は……誰も居なかった。
「……あ」
(なんで……こんな日に限って)
左手が震えており、その手を右手で止めるように押さえつけた。
いつもは一人の時は大丈夫なのだが……急に一人になり、しかも周りにいる観客達は公演館から出れない事に不安、苛立ちが表情に出ていた。
「……ふぅー…、はぁー……」
目を閉じ、自分の心を落ち着かせる様に何度も深呼吸した。
少し落ち着いたかと思ったが、その時に公演館の外から消防車か救急車の音が聞こえてきた。
「え……?」
突然、真っ暗になった。
「あ……、ああっ……!!!」
消防車のサイレンの音、夜空にも届く様な燃える車の2台、周りには興味本位で見ている赤の他人、焦げ臭い匂い、誰かの叫び声………。
私はいつの間にか震えている両手で頭を押さえ、心も震え始めてきた。
「……ごめん……なさい。何も、出来ずにごめんなさい……」
小さな少女は、泣いていた。
何も出来ず、突然な事に泣く事しかなかった。何も力がなく、助ける事ができない。
ーーどうして、助けてくれなかったんだ!
ーーどうして、助けてくれなかったのよ!
亡くなったお父さんとお母さんの声が聞こえる。私を責める声、助けてくれと言う声……。
そう、私は……人殺しだ。
「あ……」
何かが千切れた感覚が私を襲った。
両手の力は段々と無くなり、次第に体の力も無くなり、その場へと倒れてしまった。
(……達也、助けて。……こんな私を………助けて)
そう思うと涙が出てきた。
そして、意識を失った。
俺は職員に聞いてくると言って、少し観客達の群の中へ、右往左往していると、ここの責任者である上司さんと出会った。
「すみません!今、外では車の衝突事故が起きまして、安全の確認をしているので少しだけお待ち下さい!」
「おい」
「あ、達也様……」
「此処ではまともな話は出来なさそうだな……あっちで話そう」
「分かりました。君、ここを頼んだぞ」
「は、はい!」
その場を他の職員に任し、俺と上司さんは誰もいない職員用の通路に行き、話をする事にした。
「で、現状は……海堂から客達を出すなって言われたんだな?」
「はい、詳しい状況は知らされていませんが"事故が起きているから"と言う理由で」
「なるほど……」
(シャチからの報告も合ったな……。けど、詳しくは知られてないのか)
本当の現状を知る者は限る方が良いと思ったのか、それともそう言われたのかは知らないが、その方が良いだろう。
それに、この上司さんは海堂の部下だろうし……。その内、追々に知れるか。
「それで、我々は何をしたら良いでしょうか」
「そうだな……。小一時間ぐらいは観客を待たせろ。状況の説明、謝罪は明日か明後日ぐらいでも構わんだろう……。それに、もうメディアの方達はいるからな」
目線を観客の群に向けると、アリス公演の目的で来ていたメディアの関係者が、餌が来た!と言わんばかりに、撮影をし始めていた。
ご丁寧に、レポーターの方もいるらしいからな。
「……はぁ」
(全く……こっちとらぁ、公演を見に来ただけなのになぁ〜。面倒くせぇ〜)
「会長は、この後どう致しますか?」
「あ?俺か?俺は……ま、取り敢えず、俺も1時間程度なら待つか」
「分かりました。後で飲み物でも、お待ち致します」
「いや、良い。俺だけ貰うと周りの客に怪しまれるからな……。気持ちだけ貰っておくよ」
一通り、話を終えた俺はその場から上司さんと別れ、ロビーへと戻っていた。
「ありゃ?結衣はどこだ……?」
(ここだった筈なんだけど……なっ!?)
俺は急に走り出した。
俺の目線の先には、壁際にある椅子のところに結衣が倒れているのを見えたからだ。
すぐに近くに寄り意識があるか、生きているか確認すると息はしており、生きてはいた。
「良かった……」
(でも……凄い汗だくだ。何があったんだ……?)
「……うぅ…ん」
「……」
(少し、うなされているな)
うなされている結衣をお姫様抱っこし、取り敢えず、ここから出る事にした。
「"狐"!」
「……ここに」
「公演館の裏に車を用意しろ。公演館から出る」
「分かりました」
姿は見えないが、"狐"の声は聞こえるので、裏に車を手配するように命令し、その場から"狐"の気配は消えた。
お姫様抱っこをしているところを、周りの人達に見られている事に気づき、俺は「見せもんちゃうぞ!」と意思を両目に込め、睨みつけた。
ロビーから逃げるように、結衣をお姫様抱っこしながら公演館の裏に繋がる廊下を歩いて行った。
まだ裏には車は来ておらず、近くにあった椅子に座り、待つ事にした。隣には結衣を寝かせた。俺はポケットから仕事用のスマホを取り出し、電話をかけた。
「おばさん?今、大丈夫ですか?」
『なんだい、こんな時間に』
「今から帰るんですけど……一人、連れて行く事になって」
『また、面倒ごとかい?』
「………へい、その通りです」
なんでもかんでもお見通しなおばさんには、白旗を上げるしかなかった。
『それで、女かい?男かい?』
「……女っす」
『ほぉ〜、初心なお前さんが女に手を出したか』
「手は出してませんよ……いきなり気を失ったから、家に帰って一晩だけ寝かすだけです」
『あははっ!冗談だよ、冗談。ま、ここの家の名義はあんたになってんだし、好きにしな。私は寝るよ』
「分かりました。それでは……」
家にいるおばさんとの電話を切ると、大きなため息をつき、壁に背もたれした。
「……」
(なんか、さっきからイライラしてるな……)
目線を落とし、床に目をやった後、すぐに隣に寝ている結衣に目線をやった。
隣では、小さく息をしながら寝ている結衣がいた。先程はうなされていたが、今はうなされてなかった。
「なん……で、だろうな」
結衣の事になると……変になる。さっきの時もイライラして、他の観客に睨み付いてしまったが、どうも調子が狂う。
どうしてだろう……と考えても答えは出てこない。その答えを求めようと結衣の方を見ても、寝ている。
「このやろう……」
(ちょっと、意地悪しても……良いよな)
隣に寝ている結衣の頬っぺたを軽くつねった。寝ているからバレないと言う思惑とやってはいけないと言う背徳感でいっぱいだった。
やはり女の頬っぺたと言うべきか、柔らかくて冷たかった……冷たかった?
「これは……泣いた後」
(目のところに、涙が少しある……。て事は、泣いてたのか?)
どうして泣いていたのか?と言う事に疑問を持ったが、その疑問は一人の女性が来た事で消え去った。
「何やってんの?あんた」
顔を上げた先には、紅いドレスを着ているアリスがいた。
ーーー
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