5ー26





 見上げた先にはーーー"アリス"がいた。




 紅色が主になっており、黄金の薔薇が象徴になっているドレスを着ているアリスが冷ややかな目で俺を見ていた。



「なんで……」


「なんで私がここにいるからだって?それは、あんたが見えたから何してんだろなーっと思って来たけど……警察も呼んだ方が良いかしら?」


「すんません」


「……はぁ、人の顔に、それもレディーの顔に」


「………すんません」



 呆れたため息を吐いた後、ソファーの俺の左側に座って来た。


 右で寝ている結衣を起こさないように、少しずらして隣にアリスが背を俺に向け、俺にもたれるように座って来た。



「公演……疲れちゃった」


「お疲れさん。なかなか良かったぞ?」


「当たり前よ。だてに歌姫なんて言われてないんだから」


「あはは……」

(自分で言うんかい……)



 歌姫と言う言葉自体、海外やこっちでも言われており、俺自身もその言葉はアリスに相応しいと思っているが、自分で言うとは思ってもみなかった。


 ま、しかし今回の公演は本当に良かった。


 初めて聞いたが、結衣も楽しんでいたし、俺自身も楽しんでいた。しかし、今回は殺し屋に狙われていると言う事が起きていたんだ。



「……」

(歌う事に慣れていると言っても、己の命を狙われていたら……疲れるわな)



 横目で隣に座っているアリスを見ると、確かに疲れている感じは出ていた。


 歌姫と呼ばれようとも、他の人と同じ一般と変わりはない。これが軍人や傭兵や護衛などの職についていた者なら修羅場の一つや二つを乗り越えてあるはずだ。


 しかし、アリスは歌が好きで、その理由で歌手としての職に付き、大勢の観客達に披露し、喜んでもらう……これは誇らしい事だ。




「……何よ?」


「ん?何が?」


「だって……さっきから見てくるから」


「あぁ、別に理由は……ない事もない」


「あるの?ないの?」


「さぁ?」


「なんなのよ……!一体ッ!」



  

 元気そうな調子だなと思った俺は、少し微笑んだ。微笑んだ事に腹立ったのかアリスを俺から顔を逸らし、不機嫌になった。


 その後もお互いに話と言う話は無く、無言の空間が続いた。アリスは話したそうにしていたが、何も言わないんなら良い。




「……ねぇ」




 言うんかい。




「ん?なんだ」


「明後日には……帰るの」


「おう、そうらしいな」


「それで……ね?向こうでーー」


「無理だ」


「え……?」




 多分だが、向こうでも護衛として来ないかと言うつもりだったのだろうが……却下させてもらう。


 あっちにいても、アスタロトグループの社長としての仕事は熟る事は出来るのだが、俺の祖母のおばさんからは「学業を疎かにする事は許さないよ!」と言われているので無理だ。



「……だ…ら」


「ん?ごめん、聞き取れなかった」


「その女が……!いるから……無理なの?」


「……結衣は……」




 いきなり大声を出して言ってくる意味が分からなかった。それに俺が向こうに行かない理由として結衣の事が関係するかないかと言われたら……関係はする。



「その子、結衣って言うのね……」


「あぁ、俺の自慢の友達だ」


「そう……嫉妬しちゃうわね」


「……」


「ごめんなさい。こんな……事を言って」



 顔や姿を見なくても分かる。さっきまでの不機嫌そうな雰囲気でも無く、どこかしら落ち込んでいる雰囲気だった。



「お前は悪くない。今回は運が悪かったんだ」


「運が……悪かった?」


「あぁ、お互いが生まれた国が違い、習慣や環境も違い、お互いの事情がある。こればっかりは、どうしょうもない事なんだよ」


「……」


「でも、運が悪かった事で良い事もあった」


「良い事……?」



 良い事とはなんの事だろうと思ったアリスは俺の方へ振り向いた。俺もアリスの顔を向き、しっかりと言った。


 少し泣いていたのか、目元には少し雫が溜まっており、今からでも泣きそうになっていた。



「俺は運が悪かったから、お前と出会えた。最初はお前の事で悩んだよ。なんで言う事を聞いてくれないのか、己の命を狙われていると言うのに……ってな」


「それは……ごめんなさい」


「まぁ、誰しも自由になる権利はある。それは俺も共感できる。しかし、初めて会った時は、とんだ奴が来やがったなって思ったよ」


「……」


「でも、お前が歌っている姿を見て、俺はお前の事を見直したよ。すげぇ〜女だなって」


「どうして……?」


「だって……ーー」





 素直に、思っている言葉を口に出した。







「あんなに輝いて、笑顔で……歌っているアリスの姿を、バカにする奴なんていねぇよ」




 何かに気づいたのか、アリスは両目を大きく開き、褒めてくれた事に嬉しかったのか、恥ずかしかったのか頬を紅色に染め、顔を伏せた。


 俺自身も恥ずかしい事言ったなーっと思ったら、少し顔が熱くなり、アリスから目を逸らした。



「ありがと……そんな事、言われたの……初めて」


「……おう」


「そっか……うん、決めた。決めたっ!」


「な、何が?」



 いきなり立ち上がり、大声で勢いよく、元気になったアリスを見て、どうしたんだろう?と思った俺は、聞き返した。



「今回は、諦めておいてあげる」


「何を?」


「達也を護衛として雇う事と、あっちに連れて行くこぉ〜と!」


「……まぁ、諦めてくれて良かったよ」


「でも、これだけは言っとくわ!」



 アリスは俺の方に振り向いた。


 満面な笑顔、希望に満ちた目、そして確信しているような覚悟、今の彼女にはそれが揃っていた。



 そして、嫌ぁ〜な予感が脳裏に過った。





「アンタが自分から来たいって言うぐらいに!私は、もっと歌を歌って!アンタを……こき使ってやるんだから!」




 その言葉は、無茶苦茶で……俺にとっては面倒以外に無いのだが、それ以上に微笑ましくなった。



 そして、俺は告げた。






「こき使われるのは嫌だが……精々、頑張れよ?」




 俺が言った言葉に、アリスが元気よく、うんと頷いた。









 公演館の裏に、一台の車が来た。




「あ……迎えが来たみたいね」


「よっ…こいしょっと」


「……」


「お前が帰る時には、俺も空港に見送りに行くから」


「分かった……バイバイ」


「おう、じゃあな」




 次会えるのは空港だと告げ、俺はそこでアリスと別れた。名残惜しそうにアリスは見ていたが、しょうがないと思ったのか、少し笑い、手を振って見送ってくれた。


 隣で寝ている結衣をまた、お姫様抱っこし、車の後部座席に結衣を寝かせ、俺は助手席に座った。

 



「このまま、自宅に向かいますか?」


「あぁ、後ろにいるのは客人だが……ここで見た事と運転した事は忘れろ。それと、出来るだけ、起こさない為に安全運転で頼む」


「分かりました」


「……」

(俺が女を家に連れ込んだ……なんて言う噂は流したくないからな)




 色々と疲れた俺は、腕を組み、家に着くまで仮眠を取る事にした。










【第五章・歌姫の護衛】完






ーーー

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