5ー12






「この度は、大変申し訳ございませんでした」



 俺は今、目の前にいるアリスに謝罪している所だ。いきなり頭を下げ、謝罪された事に驚いたが、表情には出さずに少し、眉をひそめた。



「当社は貴女の護衛を受けたのにも関わらず、

貴女を含め、マネージャーの方には申し訳ないのない事をしたと痛感しております」


『…そう、分かれば良いわ』



 自分には非が無いような態度をしているアリスに対して少し、怒りを覚えたがなんとか抑える事が出来た。周りにいる橘は俺が急に謝罪した事で驚き、海堂はいつも通りに俺の後ろにいた。



「少し、お尋ねしたい事があるのですが、宜しいでしょうか?お時間は掛かりませんので」


『…えぇ、良いわよ。でも、この後ディナーがあるから早くしてよね』


「勿論、ご協力してくれれば…の話ですけどね」



 アリス本人からの承諾を得た俺は後ろにいた海堂からノートパソコンを受け取った。少し弄った後、画面をアリスの方に向けた。



「こちらに映っている映像をご覧下さい。これって……貴女ですよね?」


『………そうね。このホテルに泊まる私が映っても問題ないと思うんだけど?』


「どうして、貴女の部屋から清掃員の服を着た人が3人、出てきたのでしょうか?」



 俺が彼女に見せたのは監視カメラの映像で、二日前の夜、アリスとマネージャーのマーリ、橘が清掃員の服に着替え、出て行くところが映っていた。


 映像を見ていたアリスは表情は変えなかったものの、動揺はしているのは分かった。



「ここのホテルには貴女とマネージャーのマーリしか泊まっておらず、清掃は既に前日で終わらしたのにどうして清掃員が3人もいるのでしょうね?」


『…さぁ、私には分からないわ。まだ、清掃したりないから居たんだじゃないかしら?』


「……そうですか」



 この女は、まだ、白を切るつもりかよ。素直に認めたら許してやろうかと思ったのによ。


 少しだけ目を細め、アリスを睨みつけたが、アリスは知らんぷりを頑なに通りしていた。この手は使いたく無かったが……仕方がない。



「其方さんの事務所に事の説明をしても宜しいですね?」


『…は?なんで私の事務所が出てくるのよ』


「そうすれば、貴女は事務所から帰ってこいと言われるでしょう。その方が、こちら側としては有り難いんですけどねぇ」



 アリスは所属する事務所の名前を聞いて焦っていた。危害を加えられそうになった国にアリスの事務所が居させるわけがない。アリスは向こうでも有名な歌手だ。有益のある人材を事務所がそう簡単に扱う訳がない。


 しかし、責任はどうするのか?それが問題だ。勿論、大半の責任は当社にあるが、それだけでは無い。アリスのマネージャーであるマーリにも責任があるのだ。



の貴女なら分かりますよね?」


『……そう……ね』



 皮肉にも言ってやったが、そこまで愚か者では無いアリスは分かっていた、いや、分からせてやった。アリスのマネージャーであるマーリは彼女のお世話役でもあり、お目付役でもあるのだ。


 なのにも関わらず、アリスに危害が加わろうとしたのだ、それなりの責任はマーリにあるはずだ。それを理解したアリスの頭の中はどうにかしたいでいっぱいだろう。少しだけ煽ってもバチは当たらない筈だ。


 ソファーにもたれ、金の龍が刺繍されたネクタイを緩め、ニヤリと笑いながら話しかけた。



『自業自得だよなぁ?アリス』


『…っ!貴方、英語を……』


『あぁ、勿論喋れるぜ。流暢とはいかないが、会話程度ならいける。それより、あんたのせいでマネージャーさんがヤバいんじゃないか?』


『…くっ、そんな事はー』


『無い、とは言わせない。あんたの軽率で身勝手な考えと行動で危険な目に遭い、その結果、この様だ』


『………』



 不遜な考えで自分のマネージャーが責任を負わなくてはいけない状況になった事に対して焦っても遅い。仏の顔も三度までと言うが、その3回分をこの女は使ったのだ。


 かと言って、俺も鬼では無い。人ではあるがそれなりは許してやろう。反省したらだが。



『一つだけーーこれまでの事がサッパリと無かった事になる案がある。聞きたい?』


『……えぇ。聞きたいわ』


『あんたが素直に俺の言う事を聞いてくれたら良いんだよ。簡単だろ?』


『………』


『あんたは縛られるのが嫌いらしいが、これで護衛が必要なのは分かっただろ?観光も認めるし、外食も認める。しかし、護衛は付ける。二人だけ、二人だけで良いから護衛として連れて行け、それが条件だ』


『案とは言えないわね……』



 後ろに控えている海堂から一枚の紙を貰い受けた。胸ポケットにしまっていた黒のボールペンを取り出し、テーブルの上に置いた。



『これは……』


『契約書ーーま、簡単に言えば、と約束される紙だ』


『……』


『冗談だ、じょ〜だん。そんなものを貴女に書かせたって知られたらそれこそ問題だ』


『貴方ねぇ……』



 少しビビらす為に言っただけだが、予想以上にビビった表情が見れた。本当の紙の内容は俺がアリスに約束して欲しい項目が書かれてある紙だ。


 先に話していた通り、《観光は認めるが、護衛を二人付ける事》を含め、細かい事が書いてある項目をアリスは無言で見ていた。数分後、何やら諦めたかのように小さくため息をつき、ボールペンを手に取った。



『それで、貴女の決断はいかに?』


『認めるわ……流石にマーリの名まで出されたら……ね』


『貴女の良き英断に感謝を』


『ふっ、貴方から感謝されても嬉しくないわ。……なんだか疲れちゃった』


『美味しいディナーがお待ちしておりますので、食べたら元気が出ますよ』



 アリスは俺が提示した契約書に自分の名前を記載し、同意した。


 俺も腐っても商売をする者の上に立つ者だ。確かな証拠と確証が無ければ決断は左右されるが、ご本人の実筆となれば変わる。


  但し、これが本当に守られるのかと聞かれたら断言は出来ないだろう。人間の感情と言うものは中々面倒さい。理性が感情に負け、考えより行動が先に出れば、誰も考えない事を起こすのだから。


 アリス自身には、と言うのを再確認させたかった。守られる者としての自覚、自分を慕っていてくれる者の為にも《契約書》と言うものを取ったのだ。



(己の過ちのせいで、自分の大切な人を失うーーと考えるだけで恐ろしい。そうしない為にもうちがどうにして守らないといけない)




 これは、アリスを狙う者達と護る者である俺の戦いだ。


 その為には、手段は問わない。合法でも非合法でも、善の意思や悪の意思も関係なく、そうしたからだ。






ーーー



 アリスとの話が終わった俺は自分の自室に戻り、寛いでいた。外の景色を見ていた俺の部屋にノックをし、入ってきた女性がいた。



「か、会長ぉ」


「あぁ?なんだ、橘か。もう飯は良いのか?今夜のディナーは黒毛和牛のステーキだと聞いたが……もしかして、もう食べたのか」


「そんな事より!さっきの説明して下さい!てか、あのステーキで高級肉だったんですか?!15分で食べちゃいましたよ!」


「15分って……ゆっくり食べてから来いよ。ほれで、俺がアリスに出した書類の事か?」


「そうです!しかも、途中から英語を喋り始めて……私、驚きましたよ」



 まぁね、会長の座に居座る者ならそれなりに喋れるようにしとかないとね。


 ロビーのソファーでもたれながら外の景色を見ていた俺は、その景色に飽き始めてきたので橘に事の説明をする事にした。



「お前も分かっていると思うが……アリスの起こした軽薄な行動によって、危険な目に合う事になったのは知ってるよな?」


「はい、その場にいた私は分かります。急に現れて、アリスのファンかと思ったら……あんな事に…」


「アリスが我が儘で自分勝手の発言はすると分かってはいたが、抜け出すとは思わなかった。だから、アリスにはと言うものを教えてやったのさ」


「責任…?」



 責任とは、心の重みと言うか、リアルよりも自分の精神的にくるものだ。今、俺がアスタロトグループ社の会長や黒龍組組長をしているのも、責任が勿論付いてくる。


 それはアリスも同様、あいつは歌手としての責任や守られていると言う意識がないのだ。



「じゃあ……アリスにわざわざ書類を書かせた理由は?」


「口約束でも責任と言うものは生じるが、その責任は微々たるもの。確かな証拠があってこそ、責任は重く感じるんだ」



 所詮、書類は書類。



 八割ぐらいが口約束並みに裏切る事が出来るが、アリスは自分がやってしまった事を自覚している上、簡単には裏切らないだろう。


 今度、裏切らば、こちら側もそれなりの対応と接し方をするつもりだ。責任は俺だけで無く、マネージャーであるマーリにも付くのだから。



「ま、かと言って、アリスの護衛に手を抜くつもりは無いし、そこら辺は安心しろ」


「い、いえ、最初っから安心はしているんですが……やっぱり、命を狙われたと思うと、これからが不安で……」



 ま、そりゃ〜そうだろうな。普通に暮らしてたら命を狙われる事なんざ微塵も無いんだから。比較的、安心の出来る日本だとしても、犯罪が無いとは言えないのだ。



「あっちが非合法かつ外道で行くなら、こっちはにでも助けを求めようかな」


「専門家…?」


「あぁ、テロリストや犯罪組織を取り締まる事を国から任され、必要と有れば"非"合法を行う専門家……」



 


 俺は立ち上がり、外の景色を見ながら言った。外は高層ビルなどの光で夜が照らされていた。






「《国家の番犬》にでも頼みましょうかね」









ーーー

誤字、脱字などが有ればコメントしてください。



作者☆


最近、コロナが改めて増え始めたし、九州地方は大雨でヤバいじゃないですか!うちも警報が出たり、消えたり………皆様も!コロナや自然災害にお気をつけてぇ!テスト期間中に雨はあかんよ!




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