5ー4




 アリス訪日。



 朝のニュース通り、日の丸空港にはファンの人々が押し寄せていた。海外で皆を虜にする程の美声に見惚れてしまうほどの美貌を持っている女性歌手、アリスを待っていた。



「流石は、有名歌手だな。老若男女関係なくファンとして来てると言え……この人数とはな」


「傘下の警備会社じゃ足りなかったので、うちの組の何人か紛れ込ませておきました」


「ナイス、判断」



 俺はいつも通り仕事姿のワイシャツの上に黒のスーツを着ている。学校の帰りに着替え、直接空港に来たのだ。


 本当なら空港内でアリスを待ち、合流した後から車に乗って予定してあるホテルへと向かうはずだったが、この大勢なファンの中に入る気は無く、外で待つ事に決めたのだ。



「あの……どうして、ホテルまで手配してくれたんですか」


「あ?ジャーナリストの橘さんか……。いるならいるで言ってくださいよ」


「会長、約5分前からいました」


「あ、そうなの。それはすまないねぇ。ちょっと学校で疲れてボケーっとしてた」


「あはは……私は蚊帳の外ですか」



 どうやら、ボケーっと外から空港内を見ていた俺は今回、依頼して来たジャーナリストの橘さんに気づかなかった。



「えーと、どうしてホテルまで手配したかって事か?」


「はい、私はアリスの護衛を依頼しましたけど、ホテルまで手配するとは思ってませんでした」


「備えあれば憂いなし。俺が手配したホテルはうちの会社が保有する物で、その方が何かと守りやすいんだよ。ホテルの警備員は勿論、従業員まで護衛として手配するつもりだ」


「それだと、他の客が……」


「珍しい事に泊まるホテルには今日から1週間、泊まらないんだよ。不思議だろ?」


「簡単に説明すれば、本来泊まる予定だったお客様は別の保有するホテルへと泊めてもらうように手配した」


「そこまでして……」


「あんたが友人のアリスを守ってほしいって言ったんだろ?不安要素が一つでも消えるんだったら良い」



 俺は不安な事があると落ち着かないタイプなんでね、と言うとジャーナリストの橘さんは疑うように見てきた。


 確かにそうだろう。依頼したとは言え、最初は脅して言う事を聞かそうとしたんだから、消されるか売られる覚悟はしていたのに素直に依頼として受けてくれるとは思っても見なかっただろう。



「俺があんたの依頼を受けたのも俺があんたを部下として欲しいからだ。あんたは自分の身を売って友人の護衛を頼んだんだ、それに見合うような行動をしないといけない」


「私は貴方が思っている程優秀でも何でもないですけど……」


「まぁ、確かにそうだろうな。あんたみたいな奴はいくらでもいる。しかし、あんたみたいな折れない心を持っている奴は極端にいない。だから、あんたみたいな人は貴重で必要なんだよ」


「……分かりました。アリスの護衛が終われば、私は貴方の会社で精一杯働きます」


「おう、最初は業務作業を覚えてもらって最終的には俺の秘書としてやって貰うからな」



 それを聞いた海堂は少し眉を挟めたが、すぐに戻した。海堂は秘書兼護衛として俺の側にいてくれているが、もし急用や面倒事が来た場合は負担が二つに分散するように考えたのだ。



「お、ご本人の登場だ」



 俺が言った言葉と同時に空港内から叫んでいる声が聞こえた。有名歌手アリスのご登場で出待ちをしていたアリスファン達がキャーキャーと言いながらアリスの名を叫んでいた。


 アリスの側にはマネージャーが後ろで歩いており、アリス自身も周りにいるファン達に手を振ったり、サインを書いていた。流石は有名人、その手のものは慣れているのだろう。



「ファンの他にも報道関係者達が多数いるな……」


「アリスは米国で誇る女性歌手ですから、その分有名って事ですよ」



 俺は日本で有名になったタレント、芸能人、歌手、女優、男優などを俺は知っている。麻薬、不倫、闇営業、暴力団関係で小耳に聞いたからだ。


 この世には良い奴が居れば悪い奴もいる。テレビでは表の面を被って裏では悪い顔をしている人だっている。そんな中でも一番たちが荒い悪いのは、悪い事をしているのに悪いと思っていない奴だ。


 そんな奴は大抵精神に障害を持っている人かサイコパスな人だ。



 そんな事を考えていると、アリスとマネージャーが手配した警備員(黒龍組員)と共に、空港から出てくるところだった。



「お、空港から出てくるか……海堂、車を出せ」


「はい」


「あんたは一緒に乗れ。ホテルに着くまでのアリスの話し相手にもなってやったら良い」


「分かりました」



 俺は海堂に指示し、アリスの友人の橘さんを車に乗せて空港の出入り口に向かわせた。遠くで見ていると久しぶりに会ったアリスと橘さんは楽しそうに会話しながら、車へと入っていった。


 手配したホテルに向かう為にアリスを乗せた車は発進した。道路沿いですれ違うように見届けるとその後ろに黒龍組の者が二台ついて行くように動き、俺の目の前で止まった。



「会長!お疲れ様です!」


「あぁ、お疲れさん。手配したホテルに向かってくれ。安全運転で頼むよ」


「わっかりやした!」


「やけに元気だな……」



 俺も車に乗り、アリスを乗せた車の後を追いかけるように発進した。空港では見えなくなるまで見届けるファン達の中に、一人だけただ真顔で見ている人がいた。群集に紛れ、女か男かは分からないが、気にしたところで意味はないと思った。


  俺の中で小さな不安が渦巻き、それをかき消すために車に入ってくる風に当たる事にした。






ーーー








 同時刻、アリスと同じ国から入国してきた女性が日本のホテルの一室でワインを優雅に飲んでいた。


 ガラス張りから見える青い空と高々と聳え立つ高層ビル。ただただ無感情で空になったグラスにワインを入れて飲むを繰り返していた。



「レシーさん、あまり飲み過ぎるとお体に悪いですよ?」


「あら……猫ちゃんがいつの間に入ってきたのね」


は山蘭と名乗っているので、そちらでお呼びください」


「はいはい、ごめんなさいね」



 指摘された事に軽く返事をして、またグラスに入っているワインを飲み干した。彼女の名前は、レシー・ローン。現年齢は29歳。海外で女優、モデルなどをしており、ハリウッド映画などにも主演として活躍していた。


 彼女はアリスを恨んでいる一人でもある。アリスが女性歌手として有名になる前はテレビに引っ張りだこだったのに、今はそれをアリスに取られていると思っているからだ。


 そんな彼女に困っている顔をしているの彼女の偽名は山蘭。本当の名前は不明。暗殺組織【ブルーキャット】のリーダーを務めている。ブルーキャットはアジア圏を主に活動している暗殺組織だ。女性だけで構成された組織は、一人一人暗殺技能を持っており、人数は少ないものの少数精鋭だ。


 そんなブルーキャットのリーダーが大女優でもあるレシーのところにいると言う事はレシーは彼女に暗殺依頼をしていたからだ。



「それで、『アリスの暗殺』を依頼したんだけど……どうなったのかしら?アリス自身は、公演の為に日本に着いたけど、貴方達はなにかしたの?」


「本当ならご依頼通り『公の前で暗殺』でしたが、少々面倒な事が起きまして……」


「面倒な事?まさか、警察が絡んできたの?」


「いやいや、それ以上の相手ですよ。今回暗殺対象のアリスの護衛、公演の警備をしているのは日本企業のアスタロトグループ社の警備会社なんです」


「アスタロトグループ……確か、日本の大企業よね。それが関係してるの?」


「大有りですよ。日本を中心に活動しているアスタロトグループ社は我々の本国でもある国にも手が届く程の影響がある会社。私達、ブルーキャットが護衛対象を暗殺しようと知れば、必ず報復しにくるでしょう」


「でも、所詮会社でしょ?裏の組織の貴方達には関係ないんじゃない?」


「裏の組織でもある我々でも、このアスタロトグループ社の闇をよく知っているですよ」


「闇……ねぇ」



 レシーはアスタロトグループ社の闇と言う事にピンと来なかった。大企業と呼ばれていても所詮会社、裏社会で暗殺を売りにしている彼女達には関係も影響も無いと思っていた。



「それじゃあ、アリスを殺すのは無理なの?」


「いや、私達にもプライドと言うのがあります。ブルーキャットの名にかけて、依頼主様のご希望通りやり遂げます」


「そう、なら良いわ。アリスの公演前に殺してちょうだい。あの子の舞台をめちゃくちゃにするんだから……」


「分かりました。では、吉報をお待ち下さい」



 そう言ってブルーキャットのリーダー、山蘭はその部屋から出て行った。これから敵対するであろうアスタロトグループに対して万全の準備をする為に。


 再び、一人になったレシーは空になったグラスにワインを入れようとしてワインボトルを掴むと中身が空っぽになったのを気づいた。



「空っぽなワインボトル……見た目は紅く綺麗で華やか……でも、中身はなにも無い空っぽな瓶」



 まるで私みたいと言い残し、新しいワインボトルを取り出してまた酌み直していた。






ーーー

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