5ー2





 【アスタロトグループ本社・会長室】





 俺は荒木達と別れた後、アスタロトグループ社に俺に用件があると言ってきたお客さんがいるらしく、会長室に呼んだ。


 いつも通りに会長室の執務椅子に座り、会長としての威厳を保ちつつ、お客さんを待っていると、コンコンとノックされる音が聞こえた。



「どうぞ、開いてますよ」


「失礼します」


「立ち話もなんですから、そこのソファーに座って用件とやらをお聞きしましょうか」


「…はい」



 緊張しながら入ってきたのは二十代ぐらいの女性。手持ちには書類が入っているだろう封筒と手提げ鞄を持っていた。


 この女性とは、面識が無く。うちの会社と取引している社員かと思ったが全然違うかった。



「私の名前は橘 優子と申します。新日新聞社のジャーナリストです」



 そう言われ、名刺を渡された俺はどうしてジャーナリストがここに来るんだ?と思った。


 取材ならうちの会社を通して貰うのが当たり前だと思うが、それとも取材させて欲しい!と直談判でもして来たのかと思った。



「その新日新聞社のジャーナリストさんがどうしてここに?取材なら下の者を通してからーー」


「取材の為にここに来たわけではなりません」


「……では、何故ここに?」


「私から言う前にこれを見て頂けたら分かります」


「拝見します……」



 ジャーナリストの橘から持っていた封筒を渡された。テープで貼られていたのでハサミで切って中身の書類を拝見した。


 その書類を見た瞬間、俺は驚きで言葉が発せなかった。無言でパラパラとゆっくり見てテーブルの上に置き、ジャーナリストの方へ向いた。



「この書類に記載されているのは、貴方個人で調べたのですか?」


「はい、ここ半年の間で調べた結果の書類です」


「なるほど……ちなみにこれを知っているのは貴方だけですか?」


「……私だと知ってどうするんですか」


「………」



 俺の雰囲気が変わった事に気づいたジャーナリストの橘は、両手で拳にして力を入れていた。表情を見ればよく分かる。怖がっている事を。


 ジャーナリストの橘に渡された書類には、大型スーパーを建設中に邪魔をしていた岩倉組の写真、俺が瀧川邸に急襲した時の時間と日にちの他にもアスタロトグループ社は極道の黒龍組と繋がっていると言う証拠などが事細かく書かれていた。


 実際、岩倉組が大型スーパーを邪魔した事は無かった事にしてあった。作業員やその関係者には箝口令を命じ、他言拒否とした筈。


 それは誰かが喋ればすぐに分かるが、俺が黒龍組組長として瀧川邸を急襲した真実は、報道で『政治家の家に強盗が入った』として放送されていた筈、何故彼女が知っているのか?



「何故、この事を貴方は知っているんですか?」


「私はこのアスタロトグループ社と黒龍組が繋がっていると思い、独自に調べました」


「それで……このような根も葉も無いような結果になったんですね」


「それに記載されているのは真実です」


「………貴方は今、この場から帰れると思いで?」



 この場には俺と海堂、ジャーナリストの橘しかいないが、裏には諜報部の者達や組の者もこの社にいる。


 そう簡単には逃げれない。そんな事は彼女も俺も分かっている。なのに直接俺にこの真実を言いに来ると言う事は、何かしら理由があるのか頼み事があるのかと思った。



「帰れる……とは、思いません。しかし、この会社の外には私の知り合いが待っています。今の時間は11時30分……後、30分後に帰って来なかったら、この書類に記載されている事をネット上にばら撒いてくれと頼んであります」


「なるほど……それで、貴方がここに来た理由を教えてくれませんか?お金なのか権力なのか」


「私がここに来たのは貴方に頼みたい事があるからです」


「ふっ、頼みたい事って……よく脅している分際で言えますね」


「なんと言われても構いません。しかし、頼み事を聞いてくれないとこの会社の闇を世間に暴露します」



 この状況は非常にまずい。


 この女だけなら気を失わせて書類を奪い、自宅に残っているデータを消去されるようにするんだが、この女の仲間がおり、時間内に帰って来ないと暴露すると言う脅しは中々覆せるものでは無い。


 後ろにいる海堂も、自分の勝手な判断でこの女を取り押さえるとアスタロトグループ社や黒龍組に過大な悪影響を及ぼすと考えているのだろう。




「私が頼みたい事はーーこの子が訪日した時に護衛、警護をして欲しいのです」



 

 そう言って一枚の写真をテーブルの上に置かれた。取ってよく見ると、ステージの上で真っ赤なドレスを着た美人が歌っている姿だった。


 この美人は俺も知っており、確か『アリス』と言って海外で女性歌手として活動しており、会場にいる観客達を見惚れさせる程の歌声を持つ事から『歌姫』として有名だ。


 しかし、そんな有名な女性歌手とジャーナリストの関係はなんなのか?どうして来日した時に警護、護衛しないといけないのかが気になった。



「どうしてジャーナリストの貴方がこの歌手の護衛を頼むのですか?」


「彼女は私の古くからの友達で小学六年生の頃に海外に行く事になったんです。何度か文通や電話などをしているんですが、彼女が日本に来ると知って嬉しかったんです」


「それにどうして警護や護衛がいるんですか?歌手と言え、余計な心配では?」


「それなら良いんですが、彼女の歌声の才能に喜ぶ人もいれば喜ばない人もいるんです」



 彼女が言っている事は全部では無いが分かる。才能がある人は無い人に恨まれ、妬まられる事がある。


 それだけなら、良いがその思いが心の中で大爆発を起こし、暴力や嫌がらせに発展する事がある。



「アリスは同僚や先輩、後輩からも慕わられるようにもなりましたが、妬む人もいます。それに、彼女は一度、殺されかけた事があるんです」


「殺された事が……?」


「はい、同僚から少量ですがアリスが飲んでいたペットボトルに毒を入れるところを見つかり、未然に終わりましたが、殺されかけた事には変わりません」


「それならわざわざ俺を脅さず、警察に言えば良いと思うが?」


「警察は民事に干渉しません。起こってないのに彼女を警護してくれと頼んでも聞いてくれません。なら、非合法でも我が身と行動する貴方に頼みに来ました」


「………俺に拒否権は?」


「別に断っても構いません。その代わりこれに書かれている書類の情報を全て、ネットに晒します!」



 俺は睨みつけるようにジャーナリストの橘を見た。後ろにいる海堂も同じく睨みつけるように見たが、橘は怖そうにしていたが睨み返していた。


 正直に言ってこの情報さえ隠蔽すればどうにもでもなる。しかし、この女のお仲間が外でいるとなると、どうしても後手に回る。



「私がこの真実をネットに晒されるとこのアスタロトグループ社は膨大な損害を受ける事になります!それは貴方に取って困るはずです!」


「黙って聞いていたが……あまり調子に乗るなよ、小娘っ!」


「っ!」



 どうしようかと考えている内に後ろで黙っていた海堂がとうとうキレた。この女の話を聞いている間、静かだなぁと思っていたが我慢してたんだな。


 それでも、厳つい体格の海堂に対して面と向かって睨みつける程の覚悟をこの女は持っていた。それほど、この写真に写っている歌手との絆は硬いと言う事だ。



「海堂、俺はこの女と喋ってんだ。一々、後ろから大声で叫ぶな。近所迷惑だ」


「すみません…」


「あんたもあんただ。脅しに来たのか交渉をしに来たのかは知らんが、ここは俺の部屋だ。叫ぶな」


「……分かりました。それで、返答の方をお聞きしたいんですけど」


「そうだな……俺としてはアスタロトグループ社に損害を出すような事はしたくない。なら、あんたの言う事に従うーー」


「それでは…」


「でも、お前を無理矢理拘束して無かった事にも出来るんだが……どうだ?」


「っ!それではー!」


「それだと、お前のお仲間がこの書類の情報を流す……と言っていたが、こいつの事か?」


「え……?あ!?」



 会長室の扉に指を差した瞬間、バタンと開いた。橘のなんの事か分からず、その先を見てみるとお仲間が捕まっているのを見て驚愕していた。



「橘さん、すみません……捕まっちゃいました」


「由美ちゃん……」



 ジャーナリストの橘が俺と話していた会話に『外に仲間がいる』と言った時、裏にいた諜報部が会社にいる黒龍組の『龍ノ衆』に告げ口をし、向かわせたと言う事だ。


 龍ノ衆の一人がジャーナリストの仲間が持っていたノートパソコンを海堂に渡し、カタカタとキーボードを押す音が聞こえ、俺にパソコンの画面を見せてきた。



「会長、この情報です……」


「うわぁ、こんなに調べてたのか……よくこんなに事細かく調べたな?半年だけで」


「くっ!」


「そう睨むなよ、お前が先に脅してきたんだろ?なら、こんな状況になってしょうがない」



 目の前で悔しそうに見てくる橘に対して俺は軽い感じで対応した。先に脅してきたのはあの女からだ。これからどうなるかは彼女自身もそれに加担していた彼女も怪我も無く終わると思っているとは無いだろう。



「さてと、これで対等な話し合いが出来るな」


「……」


「後手に回った気分はどうだ……?とは、嫌味を持って言う気は無いが、先にやったのはお前からなのは自分でも分かってるだろ?」


「……はい」


「これから、話す事でお前の部下がどうなるかは……お前次第だからな?そこら辺は気を付けろよ」


「……」



 悔しそうにしながらも睨みつけてくる度胸を持っているジャーナリストの橘に俺は少しこいつの事が欲しくなった。諦めない気持ちと堂々とする覚悟、それを持っている大人は少数だ。


 だからこそ、俺の部下に欲しい。例え、女でも男でも関係ない。俺の部下に相応しい心の力を持っているかどうかの違いだ。



「お前からの脅しの頼みの件だが……喜んで受けようとは言わないが、『依頼』として受けよう」


「それは、どうして……」


「聞こえたか?俺は『依頼』として受けるんだ。それ相当の対価ってもんがある筈だろ?安心しろ、体や臓器を売れとかじゃない」


「それだと、私が貴方に払える物は無いと思いますが……」


「簡単だ……お前自身だよ」


「………」


「お前を新聞社のジャーナリストで終わらすのは勿体ない。是非、俺の部下になって欲しい」


「ちなみに私に拒否権は……」


「別に断ってくれても構わない。護衛の依頼も受けないし、お仲間の人の命も保証は出来ない。俺がやめろと言っても、人間誰しも自身の意思を元に動いている。だから、部下の者が勝手に何かしようとしても俺は責任を持たん」


「………」


「さっさと決めろ。俺に依頼するかしないか。俺に依頼するなら、お前のご友人の護衛と警護は完璧にやる。それにお前が脅してきた事も無かった事にしてやるぜ、お得だろ?」


「……分かりました。依頼します」



 ニヤリと俺は笑った。


 

「OK、お客様のご依頼は『歌姫の護衛、警備』ですね?日時は後日決めましょう。今日はもう日にちが変わる時間帯ですから……お帰りはそちらになります」



 ジャーナリストの橘さんのご依頼を受けた。勿論、瀧川の件や知られては困る書類、情報はこちら側に渡され、橘さんとお仲間は帰った。


 俺は良い取引をしたなと思いながら嬉しそうに鼻歌を歌いながら残りの仕事をしていると、見送りをして行った不満げな海堂が入ってきた。



「会長、あの女の依頼を受けた理由をお聞きしても構いませんか……?」


「さっき話した通りあの女はジャーナリストで終わらすのは勿体無いからだ。ヤクザでもお前を見たら素足で逃げる程の威圧があるのに、あの女はそれに対して面と向かって堂々としてたんだぜ?有望だろ?」


「確かにそうですが……あの女は会長をこの会社を脅すような事をしたんですよ、許される事ではーー」


「許される事では無い、それは俺も一緒だ」


「会長……」


「俺の最優先事項は『アスタロトグループ』『黒龍組』だ。親父の残した遺産をそう簡単に他人に壊されるのは絶対に許さない。その為に非合法な事だってやってる」


「……」


「そんな会社や組を守る為にはあの女みたいな優秀な人材が必要なんだよ。それに海外から来る歌手を警護すれば良いんだ。それをクリアすれば過程はどうあれ結果オーライだ」


「はぁ…分かりました。自分は不服ですが会長の意思がそう決めたのなら俺は従います」


「アッハハ、もしかして自分のポジションが取られそうだと思ったのか?」


「……」


「図星か?安心しろ。お前を含めてあの人を俺の秘書にするから」


「何も安心出来ないんですけど……」



 秘書としてのポジションが危うくなっているのに焦っている海堂をからかうのは少し楽しかった。









【第五章・歌姫の護衛】







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