2ー8





 目の前に足を組んで座っているのは、俺の元婚約者でもある。何故、彼女がここに居るかと言うと知らん。ほんまに知らん。



「で?なんでお前がここに居るんだ?俺、校長先生に呼ばれたんだけど?」


「あぁ、私が校長先生だ」



 ワァーオ、いきなりでビックリ……は?



「はい?どう言う事?」


「今期から、私が校長先生になる事になったんだ」


「絶対、なんか企んでんだろ……」


「それは大丈夫だ。君と昼から一緒に居たいなんて言う邪心は無いからな。安心してれ」


「言ってるやん……ガッツリ言ってるやん。しかも、安心なんて出来ねーし」


「私と言う私を知って欲しくて、つい…」


「知りたくもない」



 俺は学校で何を話してるんだ?なんか、もう……訳が分からん。頭が痛くなるわ。


 校長椅子に座って堂々と言ってくる香坂さんは何故か輝いて見えた。何故、そんな笑みで堂々と言ってくるのだ?それが分からない。



「香坂さんが校長になる事は分かりましたし、俺はこれにて失礼させてもらいますね」


「まぁ、待ちたまえよ。久々の再会だし、少し雑談をしないか?」


「……襲わない?」


「襲わない……君から見える私は何なんだ…」


「百獣の王の雌バージョン」



 獣みたいな目線を送ってきて、俺は自分でも『あ、俺って食われるのか』って自然に思ったよ。


 それを聞いた彼女は呆れて苦笑をしていた。少しぐらいなら雑談でもしようかと座り、彼女の事を見ると、いつも通りの自信ある笑みを浮かべていた。



「なんすか、そんなに見て」


「いや、本当に変わらないなっと思ってね」


「変わりたいとも思ってないし、変われと言われても変わる気はありませんよ」


「あはは、君らしいな」



 本当にこの人は読めない。『狐』のように顔を隠すために仮面をつけているわけでは無く、普通に何を考えているのかが分からないだ。


 人の会話はお互いの波長が交わらないと、会話が成立しない。しかし、彼女の波長と交わってはいるものの、それは上部だけで内部の心意は見えていないのだ。



「それで?本当になんの用ですか?」


「君に会いに来たと言っても信じては貰えないだろう」


「当たり前です」


「あはは、そうだな……君に会い来た理由は、私ともう一度、婚約者になって欲しいんだよ」


「はぁい?意味不明過ぎて倒れますわ」


「そのままだよ。昔のような関係に戻りたいんだ」


「……はぁ、悪いが俺は戻るつもりは無い」


「まだ、君は父と母の事を引きずっているのかい?」


「っ!」



 俺の心にグサッ!とナイフが刺さる痛みを感じた。とっさに立ち上がり出て行こうとしたら香坂さんに呼び止められた。


 終始笑顔で話しかけて来た香坂さんは、真面目な顔をして苦笑しながら話を続けた。



「君が父親と母親を亡くした時の苦しさ、悲しさは流石の私でも全ては分からない」


「………」


「でも……他の誰よりも君の事は分かると自信持って言える」


「……そりゃ、お前は昔から一緒にいたからな」



 俺は扉が目の前にあり、いつでも出れた。しかし、俺は出れなかった。背を向けている香坂に対して申し訳なさと逃げる事が出来ないと分かっていたからである。



「だから私はお前にーー」


「俺は、俺だ」


「……達也」


「親父と母さんが亡くなり、残ったのは親父が築き上げたアスタロトグループ社と黒龍組」


「………」


「俺はもう失いたく無いんだ。いや、失う辛さをもう……感じたく無いんだよ」


「………」


「悪いが、昔のようにお前と向き合えない」



 そう言って達也は校長室の扉を開けて、出て言ってしまった。伸ばした手は、彼には届かなかった。

 







ーーー








「行ってしまった……な」



 彼に向けて伸ばした手を引っ込めて、出て行った扉をじっと見つめた。



「本当に君は変わって無いな。あの時から」



 まだ達也が小さかった頃、事故で父親と母親が亡くなりショックのあまりに引きこもった事があった。



 あの頃の私は何度も達也の家に訪ねては面会拒否をされ続けた。



 それでも私は何度も家に訪ねていたらある日、達也の家に複数の男達がいた。その人達は、達也のお父さんが組長をしていた黒龍組の者達だった。


 それを知った時、何か不安になり達也に会いに行くと、そこには一本の刀を持った達也がいた。


 元気になったんだと思った私は達也に話しかけた時こう言われた。



『澪姉……俺は親父の跡を継ぐよ』



 達也のお父さんがやって来た事を達也がそれを継ぐと聞いた時の達也の目は、私が知っている目じゃなかった。


 心から笑った時の目は優しく好きだった。しかし、その時の真っ暗な双眸は、私をじっと見て、心の底まで見られているような気持ちになった。



 達也が達也で無くなってしまうと言う恐怖心と達也が向けている目に怯え、達也を拒絶してしまった。


 その日から達也に会わず、婚約も私のお父さんと達也が話し合って破棄になった。



 


 悔しかった






 あの頃の私が達也を拒絶をしてしまった事を、今の私はまだ悔やんでいる。



 






ーーー

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