ウィンドギャザー家
「おかえりなさいませ」
家の扉が開くと、玄関ホールの両脇にメイド達が並び、頭を下げて2人を出迎えた。サラは慣れた感じで特に気にする様子もないが、ルーシッドは申し訳なさそうに頭をペコペコと下げていた。
そして、メイド達の列の奥の方には3人の人が並んで2人を待っていた。服装からして、使用人ではなくこの家の主たち、つまりサラの家族であろう。その中の1人、向かって右に立っている女性が手を振ってるのに気づいてサラは嬉しそうに声を上げた。
「あら!姉さま!帰って来てらしたのね?」
「2人の休みに合わせて帰ってきたのよ。元気そうね。ルーシィも。色々聞いてるわよ。ごめんね、この子のわがままに付き合ってもらって」
「ミリーさん、お久しぶりです。いえ、そんな全然。私もサリーと一緒の学校に行きたかったので」
『ミリー』とルーシッドが呼んだその女性は、ミラ・ウィンドギャザー。サラの実姉だ。サラと同じ綺麗なブロンドヘアーだが、髪は耳のあたりまで短く切り揃えていた。顔はサラとよく似ており、元々美人であることに間違いないが、年を重ね、人生経験を積んだことによって、人としての魅力がさらに増した感じだった。
ミラもディナカレア魔法学院の元学生であったが、ミラとサラは少し歳が離れており、すでに卒業していた。ミラは現在、
「ありがとう。うん、ルーシィいい顔してる。良かった。少し心配してたけど。学院は楽しめてる?」
「はい、とっても楽しいです。私も最初は不安でしたけど。友達もできましたし、楽しくやれてます」
「それは良かったわ」
ミラは優しく微笑んだ。サラは嬉しそうに言った。
「聞いて、姉さま。ルーシィは球技戦で
「わぁ、すごいじゃない。あの学院にも少しはルーシィの才能がわかる人がいたのね。良かったわ。学院でいじめられてるようなら連れ出して、すぐにでも私のギルドの手伝いをしてもらおうと思ったんだけど」
「ダメよ、姉さま!ずるいわ!」
サラはそう言ってルーシッドに抱きついた。
「冗談よ」
それを見て困ったように笑いながらミラはそう言った。
「ルーシィ、疲れてるところ悪いんだが、ちょっと厨房の魔法具を見てくれないか。今日急に動かなくなってしまってね。2人にお菓子を出してあげることもできないんだよ」
申し訳なさそうにそう話したのは真ん中に立っていた男性だった。男性の名前はハロルド・ウィンドギャザー。このウィンドギャザー領の領主であり、サラとミラの父親である。ハロルドはいかにも紳士といった出で立ちの気品あふれる男性だった。
「あ、はい。もちろん。すみません。私がいじってしまったので、普通の
ウィンドギャザー家にある魔法具は全てルーシッドの手によって、魔改造されていた。ルーシッドが改造した魔法具は構造から何から、市販のものとはまるで違うので、普通の
「あなた。嘘はよくありませんよ。正直に仰らないと。自分で壊したって。ルーシィ、ごめんなさいね。ルーシィの魔法具が勝手に壊れることなんてあるわけないわ」
そう言ったのは、エレノア・ウィンドギャザー。サラとミラの母親であり、ハロルドの妻にあたる人物だ。サラによく似たウェーブがかかったブロンドヘアーで、確かにこの人から生まれたのだということを納得できるほどの美人だった。
そう言われて、観念したようにハロルドは頭を下げて言った。
「……すまん。いや、実はそうなんだ。サプライズでちょっと2人に焼き菓子でも作ってあげようと思ってこっそり厨房を借りたんだが、見たこともない魔法具でね。適当にいじったら壊してしまったようで。本当に申し訳ない」
「慣れないことをしようとするからですよ…」
「いえいえ、全然です」
そう言ってルーシッドは厨房に向かった。
「ルーシィ、待ってたよ。来て早々悪いね、ほんと。何個か音が出なくなっちゃって、魔法が発動しないんだ」
「お久しぶりです、ポバさん。今見ますね。エアリー、手伝ってくれる?」
「はい、もちろんです」
ハリーはハロルドの愛称で、ポバと呼ばれた男性は、このウィンドギャザー家の料理長だ。貴族の家では、来賓を招いての食事会やパーティーなどが多くあるため、住み込みの料理人やメイドを雇っていることが普通である。
「うーん、シリンダーを逆に回転させたせいで、鍵盤が曲がっちゃったのかな」
「その可能性が高いかと」
「あぁ、やっぱりそうだね。回す方向をわかりやすくしておけば良かったね。これ直せそうかな」
「一度変形してしまった鉄はもろくなってしまうので、交換した方がいいかと」
「そうだね。じゃあエアリー、このサイズの鍵盤の式を出してくれる?」
ものの数分で部品交換を終え、魔法具は再び魔法を発動できるようになった。
「ほんと助かったよ。これで夕食には間に合うよ」
「久しぶりのポバさんのご飯、楽しみにしてますね」
「いやぁ、ディナカレア魔法学院の料理は美味しいだろ?それと比べられちゃうとなぁ」
そう言ってポバは困ったように頭を掻いた。
「んー、まぁ確かに美味しかったですけど。でも、私はポバさんの料理の方が好きですよ。なんかあったかいです」
「ありがとう。腕によりをかけて作るよ」
そう言うとポバは嬉しそうに夕食の支度にとりかかるのだった。
久しぶりの家族全員で囲む食卓を取り終え、食後のくつろいだ雰囲気の中でデザートを食べていると、ハロルドがおもむろに口を開いた。
「そういえば、ルーシィ。君が不在の間に、君のご両親がいらしたよ」
「……えっ」
明らかに動揺した様子のルーシィ。そしてルーシィは言葉を続けた。
「その…なんの用で?」
「君がディナカレア魔法学院に入学したことを聞きつけたようだね。君に利用価値があると考えたんだろう。まぁ要するに、『自分たちの子供だから返して欲しい』ってことだったよ。どうするかね?」
「ちょっ、ちょっと、今さらそんな勝手なこと許されるとでも!?
あの人たちがルーシィにどれだけの苦痛を味合わせたと思ってるの!?
お父様、それに何とお答えになったのですか!?」
サラは立ち上がり、ものすごい剣幕でそう言った。
「サリー、落ち着きなさい、まずはルーシィの意見を聞かなければ。過去がどうであれ、実の両親なのだか……」
ハロルドは言い終える前に口をつぐんだ。それはルーシッドがぼろぼろと大粒の涙を流しているのが目に入ったからだった。
「おっ、お願いします。あの家にだけは帰りたくないんです。なっ、なんでもしますから、この家にいさせてください」
その様子を見て、隣にいたサラは思わず抱きしめて涙を流した。
「当たり前じゃない、ルーシィ!誰が何と言おうが、それが例えお父様であろうが、あなたを手放しはしないわ!」
その様子を見て、優しい口調でゆっくりとハロルドは言葉を発した。
「わかっているよ。その場で丁重にお断りしてお引き取り願ったよ。もちろんあちらもそう簡単には引き下がらなかったがね。手切れ金を渡したら潔く帰っていったよ。いや、むしろ嬉しそうでもあったな。最初から金をせびるのが目的だったのかも知れん。いずれにしろ、これでもう君に関わることもないだろう」
「うぇ、あぁ、ありがとうございます。でも、あの、おっ、お金って?
その、いっ、いくらですか?」
ルーシッドがおずおずと聞いた。
「ん?オウロ金貨100枚(約1億円)だが」
「そっ、そんな大金!」「安すぎるわ、お父様!」
「えぇ…」
ルーシッドはそう横やりを入れてきたサラの方を見て、そう言葉をもらした。
「いや、私もそう思っているさ。もちろん、ルーシィに価値があるからという理由で家に置いているわけじゃない。それは誤解しないで欲しい。だが、仮にルーシィに価値を付けるとすればだが、オウロ金貨100枚で済むはずがない。ルーシィの頭脳に並ぶものなど、わが国に、いやこの世界にいるはずがない。その価値も理解していない人間のもとでルーシィの才能を埋もれさせておくことなど、このウィンドギャザー領を任されている者として、決して許されることではない。オウロ金貨100枚でこれほどの人材を確保できたと思えば、それはあまりにも安すぎる買い物だよ」
「ありがとうございます、本当にありがとうございます。何とお礼を言ったらいいか」
「いやいや、礼には及ばないよ。ルーシィのお陰でサリーもディナカレア魔法学院に入れたようなものだしね。サリーのような特殊な魔法使いを指導するのは、普通の魔法使いにはあまりにも荷が重すぎたからね。ルーシィのように全属性の魔法に精通している魔法使いなど、国中探してもどこにもいないよ。
さて、ルーシィ。これで晴れて君はウィンドギャザー家の人間だ。これからは、ウィンドギャザーの姓を名乗りなさい」
「えっ、あ、あの…そんな……え?」
「ルーシィ!これで私たちは正式な家族、あなたは正式な私の妹よ!」
サラはルーシッドに抱き着いて、頬を摺り寄せながらそう言った。
「あっ、あの、でも、いいんですか?伯爵家の人間がFランクなんて恥なのでは?」
困ったようにサラを引きはがそうとしながら、そう言うルーシッド。
「そんなことを気にする必要はない。
ただまぁ……養女とはいえ、一応は伯爵家の一員になるということ、それにはそれなりの責任が伴う。わかっているね?」
「は、はい!」
「と、言うのは建前で……まぁ今まで通りでいいよ。別に何が変わるわけではない。ただまぁ、ウィンドギャザーの姓を名乗ることで、ルーシィにとっては良い部分もあれば、悪い部分もあると思う。ルーシィが望むなら、旧姓のままでも構わないよ」
「いえ、その…恐れながらウィンドギャザーを名乗らせてください。リムピッドの姓を呼ばれるのは嫌いなんです。嫌な思い出が蘇ってくるので」
「そうか、ならそうしなさい。学院にも伝えておくから」
「はい、ありがとうございます!」
その夜、風呂上がりのルーシッドは久しぶりに自室の鏡台の前に座っていた。ルーシッドの後ろにはエアリーが立ち、ルーシッドの髪をブラシでとかしていた。ルーシッドはめんどくさいからと自分ではやってこなかったのだが、エアリーがこの
「ルーシィ、良かったですね。これで後ろ盾が強固なものになりました。あなたが陽の目を見る日もそう遠くないかも知れません。いずれこの国の、いえ、この世界の全ての人があなたの名を知るでしょう」
「そんな大げさな。まぁ、そんなことより、あの名字じゃなくなって良かったよ。名字で呼ばれるのは好きじゃなかったからね。それもこれも全部エアリーがいてくれたからだよ。エアリーの助けがなかったら、こんなに短期間で魔法の研究は進まなかっただろうからね。そうしたら、サリーにも会ってなかったかも知れない」
「もったいない言葉です。そもそも私を創られたのはあなたなのですから」
「ありがとね。これからもよろしく。頼りにしてるよ」
「一生共におります」
ルーシッドがベッドで気持ちよさそうに眠りにつくのを見ながら、エアリーは過去の記憶を思い出していた。
ルーシッドはこれからどんどん楽しいことを経験していって、昔の辛い記憶など忘れていくだろう。いや、こんな記憶は忘れてよいのだ。
エアリーも記憶を消すこと自体は簡単だ。だが、それに付随する知識や情報が多すぎて、後で必要になった時に困るので、消すことができずに残しておいているのだ。
いや、違う。消すことができないから残しているのではない。エアリーにとってはこれもまた大切な思い出だから消さずに残しているのだ。自分の創造主であるルーシッドとの大切な思い出なのだ。
『……ルーシッド様、ルーシッド様。起きてください。そろそろあの方が来ます』
「………うん」
枕元においてある手のひらサイズの鉄板のようなものから聞こえる声で少女は目を覚まし、のそのそと起き上がった。
彼女が起き上がるやいなや、ドタドタと大きな足音が近づいてきて、壊れるんじゃないかというくらいの強さでドアがノックされた。そして大きくけたたましい女性の声がドアの外から聞こえてきた。
「いつまで寝てるんだい、この役立たずが!とっとと起きて仕事の支度しな!ほんとに使えないんだから!」
そう、これは『無色の魔力』という極めて特殊な魔力を持って生まれたせいで、魔法が一切使えず、『無能』『役立たず』『落ちこぼれ』と言われていた少女ルーシッドの物語であり、それと同時にエアリーという、この世界において極めて異質な存在の物語である。
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