帰路
「……改めてサリー先輩ってやっぱりお嬢様なんですね」
「そしてルーシィもね…」
「そ、そんなこと無いわよ」
「うん、サリーはともかく、少なくとも私は違うよ」
ルビア達にそう言われて、ルーシッドとサラは否定した。
「いや……運転手とメイド付きの車で迎えに来た人に否定されても何の説得力も無いよ」
ディナカレア魔法学院の玄関を出た所には中央に大きな噴水があり、その周りはロータリーになっているが、そこに迎えの車がずらりと停まっていた。魔法学院には名家の令嬢や令息も数多く在籍しているので、学期末に合わせて迎えを寄こしているのだ。
その中でもひと際目を引く車が、サラとルーシッドを迎えに来ていた車だった。黒塗りの特注とおぼしき高級車で、メイド服を着た使用人がドアを開けて待っていた。車内は普通の座席ではなく、ソファやテーブルが並んだリムジンタイプのものだった。
「私は迎えは要らないって言ってるんだけど、お父様が絶対に許してくれないのよ」
「そりゃそうでしょ。伯爵令嬢だもの」
ルーシッドが呆れたように言った。
「なんかさ…この車他の車とちょっと違くない?」
「そうね…どんなにお金持ちで特注品だとしても、明らかにこれはおかしいわね」
フェリカとルビアがそう言うと、サラは苦笑いしながら答えた。
「これは、ルーシィがちょっと改造した車なのよ。まぁ改造…というか、ルーシィがほぼ自分で造った車なんだけど」
「……まぁ、もう驚かないわ」
「いや、だってほら、売ってる車は乗り心地が悪くない?
なんかすごいガタガタ揺れるし。だから車輪をゴムで覆って、車輪の軸のところに緩衝装置を付けたんだよ。あとはまぁちょっと内装とか外装いじったり、冷暖房付けたり、構造式をいじったり、魔法回路をいじって魔力の消費を抑えたりとか、まぁ色々したけど」
「うん、それはもう別物だよ……」
この世界は1つの巨大な大陸と複数の大小様々な島から構成されている。大陸は1つしかないので、単に『大陸』と呼ばれていて、その中に4つの国が存在している。中央に位置するのがディナカレア王国、ディナカレア王国の東がミルギニア帝国、西がフィダラリア共和国、そして北がウェストニア公国だ。クシダラ国は、大陸の南に位置するこの世界最大の島国だ。
ディナカレア王国の首都セントレアは国のほぼ中央、やや北東部よりの場所に位置し、ウェストニア公国とディナカレア王国の国境沿いには大森林が広がっている。国内でも首都セントレアから一番遠い町までは、鉄道で移動しても1週間(この世界の1週間は6日)、車なら10日ほどかかり、国境を越えて違う国に行くとなると、そこからさらに1~2週間ほどかかり、大陸横断となると2か月ほどかかる。
そういった事情もあり、ディナカレア魔法学院の長期休みは2か月間と長めに設定されているが、それでもやはり遠くて往復できなかったり、旅費がなくて帰れなかったりする生徒たちもいる。そういった生徒たちは休み期間中も学院の寮で過ごすことになる。また、自主的に魔法学院に残って個人の活動やギルド活動などをする生徒たちもいる。例えば、
ルーシッドとサラが学院に入る前に暮らしていた場所は首都セントレアの南東に位置するウィンドギャザー領であり、領内にあるウィンドギャザー邸はセントレアから3日ほどかかる。ウィンドギャザー領は自然豊かな非常にのどかな場所であり、一言で言えば田舎である。ルーシッドの生家もこのウィンドギャザー領内の農村だ。
ディナカレア王国は、国王が国を治め、そのもとに爵位を与えられた領主たちがいて、それぞれの領地を治めるという封建国家だ。爵位は、基本的にその土地の発展に多大の貢献をした者たちに与えられるもので、もともとその土地の領主だった者たちだ。そして、そのほとんどが世界大戦に続いて起こった『魔法消失事変』後の復興期において、その土地をまとめ上げた者たちである。そういった者たちに国から爵位が与えられるようになったのは、魔法消失事変後のことであった。
ウィンドギャザー家のこの土地での歴史は古く、かつては緑の純色の一族であった。かつてこの土地を大きな嵐が襲った時に、風の操作魔法によって嵐を沈め、住民たちの命を守ったことから尊敬を集め、その地一帯をまとめるリーダーとなったことが知られている。その後、青の純色が混ざり、今は
ウィンドギャザー領の主要産業は、農業と魔石鉱業。領内の山岳地帯からは魔法石の原石が多く出土するので、鉱業と魔石の加工業が盛んなのである。魔法石は魔法具の要であり、良質な魔法石ほど多くの魔力を蓄えることができるので、その需要は極めて高い。また、ウィンドギャザー領は保養地としても有名であり、都会を離れて自然豊かな場所で休みを過ごしたいという人たちのための別荘地や旅館などがある。
ちなみにこの世界にも『温泉』があり、ウィンドギャザー領の保養地は温泉地としても有名だ。温泉はこの世界の古語で『温かい泉』を意味する言葉にちなみ『
この世界では水は魔法によって作ることができるが、当然のことながら自然界にも水は存在している。かつて、『魔法消失事変』が発生し、魔法によって水を得ることができなくなった時、人々はそうした自然界から水を調達するしかなくなった。そして、なんとかして近場で水を手に入れようと苦心している時に偶然発見されたのが、自然に湧きあがる温かい水、
それまでは体を洗う手段としては水浴が主流だったが、この
「お嬢様、そしてルーシィ様。3か月間お疲れさまでした。特に、ルーシィ様は色々と慣れないこともあってお疲れでしょう。しばしゆっくりしてくださいませ。今、お飲み物をお出しいたします」
車が出発して少し落ち着いてから、メイド服を着た女性が話しかけてきた。
「ありがとう、ドゥーシル」
ドゥーシル・トランクゥイルはウィンドギャザー家に仕えるメイドの1人だ。黒髪のボブカット、細身で美しい顔立ち、それに透き通るような白い肌の女性だった。
車の座席は後部と左側にソファ型の座席があり、中央には机、右側には簡単な食事を準備したりするための給仕スペースがあった。ドゥーシルは、給仕スペースのところに用意された丸椅子に座っていた。
「あの、差し支えなければ一つだけお聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「ん?何かしら?」
「このお綺麗な方は一体どなたでしょうか?」
「あ、すみません。言ってませんでしたね。えっと…」
ルーシッドがそう言ってエアリーの方を見ると、エアリーはうなずき返して話し始めた。
「申し遅れました。この体をまとってからはお初にお目にかかりますが、私はエアリーです」
「なるほど、エアリーさんでしたか。どことなく雰囲気でそうかなとは思っていましたが。エアリーさんは紅茶でよろしいですか?」
「お心遣い感謝いたします。ですが、残念ながらこの体は魔法人形の体ゆえ、飲食はできない仕様になっているのです」
「そうでしたか、それは失礼をいたしました」
「さすがね。ドゥーシルは動じないのね」
サラはドゥーシルがあまりにも普通の態度で接しているので、驚いてそう言った。
「いえ、最初は驚きましたが、まぁルーシィ様であれば何でもありですから。そう思い返して冷静になりました」
「ルーシィ、せっかくだし色々寄り道しながら帰りましょうよ?」
ドゥーシルが淹れてくれた
「えー、でも帰るの遅れちゃうよ」
ルーシッドが飲んでいるのはいつも通りコフェアだった。
「いいじゃない、どうせ食事とか魔力補給で途中の町々に寄らないと行けないんだから。ドゥーシル、今日の予定は?」
「はい、お嬢様は昨年と同じ旅程になりますが、あと2時間ほどで少し大きな町ベンネルがありますので、そこでお昼を取る予定です。ベンネル豆が名産で、豆を使った料理やスイーツを味わうことができます。夜はそこからさらに行ったところの服飾業で有名なクテュリエ市に宿をとってありますので、今日の旅程はそこまでです」
「来るときは寄らなかった町ですね。豆を使ったスイーツか。へぇ、楽しみだなぁ」
「その辺りはゲリンゼル侯爵領だったわよね。ちょうどベンネルから少し行ったあたりに侯爵邸があるわ。あいさつついでに寄ってきましょうよ、ね?」
「領内でお世話になるので、顔を出して挨拶しておくのが良いかと」
「んー、まぁ、サリーがそう言うなら…貴族にも色々と付き合いがあるんだろうし…」
そんなこんなで、ルーシッドとサラは途中の町や村で魔法石の魔力を補給したり、食事を取ったり、その日の宿で休息を取ったりしながら3日かけて里帰りをすることになるのだった。
決して短くはない旅路ながら、サラは久しぶりにルーシッドとゆっくり過ごせるこの時間を退屈することなく、とても楽しんでいるようだった。そして、それはルーシッドも同じであった。
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