夏休み

夏休みの始まり

「じゃあみんな、よろしくね」

夏休み前、学院で過ごす最後の日。

ルーシッドたちは荷造りも終わり、しばしの別れを惜しんでいた。


「もらったこの魔法具を時計台に設置して、このメモ通りの文字を書き込めばいいのね?」

ルビア達は、ルーシッドから渡された手のひらサイズの鉄板のような魔法具の使用法を聞いていた。


「そうそう、術式は全部書き込んであるから、あとは起動式を書き込むだけで、時計台全体を魔法具にする魔術が発動するよ」

「これを設置すれば、魔法のタブレットルーレットで違う国にいても話したりできるようになるの?すごいねー!」

「普通なら他国との連絡なんて、往復で1~2週間くらいかかるのにねー」

「ほんと…一体どういう仕組みなのかしら…」

「簡単な仕組みだよ。いつも使ってる魔法具から出る魔力波をこれで拾って、増幅して強度を上げて、離れた場所とも情報をやり取りできるようにするための魔法具だよ。私の実家、というかサリーの領地の時計台と、この魔法学院の時計台にはもう設置してあるよ。サリーがこの学院に入学する時に付けたからね」

「簡単…かどうかはさておいて、この道具が実用化されれば、現代の情報伝達の手段が全て根底から変わってしまうわね…」



 この世界においては、遠く離れた場所とやり取りする手段は手紙のみである。離れたところにいる人同士が、リアルタイムで声や動画をやり取りできるような確立された魔法は存在していない。

 交通手段に関しても、もっとも一般的な方法は徒歩である。また、魔法の力で動く二輪車も一般的である。最も一般的な二輪車は石できた車輪を操作魔法で動かして自動で駆動するようにしたものであり、同じ原理で作動する四輪車も存在している。魔法石と演奏装置メロディカによって作動するタイプのものと、運転手が自身の魔法によって作動させるタイプのものがある。前者の方はかなり高価な魔法具なので、個人で所有している人はほとんどいない。

 それゆえ、大型の四輪車で目的地まで荷物や人を輸送する業種が存在しており、遠くまで行きたい庶民はそれらを利用することがほとんどである。

 陸路では、鉄道も一般的な乗り物だ。私たちの世界にあるものと同じで、鉄でできた線路の上を車両が走るものだ。しかし、動力に関してはやはり魔法であり、鉄の操作魔法を用いる。鉄の魔法はまだ演奏装置メロディカに使用するメロディーが発見されていないため、運転手は実際に鉄の操作魔法を使用できるものに限られる。ただし、鉄の魔法は生成魔法や造形魔法には赤と黄の2色の魔力が必要であるが、操作だけであれば石の魔法の上位魔法であるため、黄の魔力だけでよい。それで、そこまで扱える人が限られているというわけではない。

 また、水の操作魔法や風の魔法で動く船が存在している。大小様々な船があるが、大勢の人を乗せて輸送する大型客船は建造が難しく、魔法自体は基本的な魔法であるが規模が大きいため、一人の魔力で動かすことは難しい。かといって、魔法石で動かそうとするとそれはそれでかなりのものになるため費用がかかる。それゆえ、所有しているのは多くの船員を雇えるか、魔法石を大量に調達することができる国家や大会社レベルに限られてくる。

 ちなみに、魔法の力で動く飛行機は、技術的には一応実現しているが、魔力の消費量と飛行時間の割が合わないため、一般的に普及するレベルには至っていない。一人乗り用の飛行機を使用するなら、普通に魔法で飛んだ方が楽であり、何人も乗せて飛ばすためには、魔法石を使用した魔法具の力では足りない、というのが現状であった。


 そういう状況なので、離れた場所にいる人と連絡を取る手段としては、手紙を書いて何かしらの手段で実際に届けてもらうのが、もっとも一般的な方法なのである。


「でもなんで魔法で離れてる場所にいる人と連絡取ったりできないんだろうね?」

「なんでって言ったって…そういうことをできる妖精がいなかったら、そりゃ無理に決まってるじゃない」

キリエがそんなことをふと口にすると、ルビアは何を当たり前のことを、とでも言いたげにそう答えた。

「んー、まぁそれはそうなんだけどさ、でも確か、魔眼サードアイにはそういう能力の目があったような…だから妖精達の力ならできるんじゃないかなーって」

念視の魔眼ソートグラフィーとか遠視の魔眼クレアボヤンスとかかしら。まぁでもあの魔眼サードアイはできないわよ。一方的に違う場所の状況を見れるだけ。あぁ、でもキリィの俯瞰の魔眼ホートスコピーとかだと、離れた場所の人ともやり取りできるのか。いや、でもまぁ、どっちにしろ同じ魔眼サードアイは存在しないんだし、世界に魔眼保有者サードアイホルダーは数十人しかいないんでしょ。一般的な方法にはなり得ないじゃない。ねぇ、ルーシィもそう思うでしょ?」

ルビアはそう言ってルーシッドに話を振った。

「まぁ手紙のやり取りを直接魔法でできる手段はあることはあるよ。若干癖もあるし、現状誰にでも使える手段ではないけど、使えないことはないかな」

「ほら、やっぱりルーシィもって……え?あるの?うそでしょ?」

予想外の答えに思わず乗り突っ込みのような形の返答をしてしまうルビア。


「グリーク神族にカリオペっていう叙事詩を司る妖精がいるんだよ。カリオペを使役すると、文章を記憶してくれて、後で自分が書いていた文章を復元することができるんだよね。で、この魔法の詠唱文の一部を書き換えて、『鍵付き詠唱文パスワードスクリプト』にして、そのパスワードを文章のやり取りをしたい人と共有することで、文章を書いた人じゃない人が同じ文章を読めるようにしたんだ。これで、手紙自体は送れないけど、内容だけは離れた場所にいても読めるようになるでしょ?」

「はぁ、そんな方法、よく思いついたわね」

「えー、すごい!でも、さっき癖があるって言ったけど?」

ルビアは呆れたとでも言うようにため息をついたが、キリエは小さい体を弾ませて興味津々にそう尋ねた。

「まず最大の欠点は、カリオペが妖刻文字ハイエイシェント、正確には妖刻文字ハイエイシェントの中の1つ『アルカイック』しか読めないっていうことだね。アルカイックはグリーク神族を中心に使われている妖刻文字ハイエイシェントで、資料として現存している中では最も数も多くて、研究も進んでいる妖刻文字ハイエイシェントだね」

「あ、妖刻文字ハイエイシェントって1つの文字のことじゃ無かったんだね?」

キリエが驚いたようにそう言った。

妖刻文字ハイエイシェントって言うのは、古代において魔法を詠唱じゃなくて記述によって発動させるときに使った特別な言語群全体を指す言葉だね。そのほとんどは、妖精たち自身によって人間に伝えられたと言われているよ。ルーン文字もその1つだね」

ヒルダ(厳密にはヒルダの依り代の人形)はその説明に、うんうんと頷いた。

「なるほどなるほど…じゃあ現状はそのアルカイックっていう言葉を読み書きできる人しか使えないってことか。って、それってルーシィだけじゃーん!」

「あとはリズ先生ね。他にも何か問題が?」

フェリカがテンション高めでそう言うと、ルビアは冷静にそう尋ねた。

「うん、1つは相手が文章を書いたかどうかを判断する手段がないってことだね。でもまぁ定時連絡には使えるかな。これに関しては、書く時間を決めておけば特に問題はないよ。

それともう1つは、カリオペに勝手に文章を添削されちゃう点だね。カリオペは文章にうるさいからね、文法とか単語か間違ってたりすると、勝手に修正されちゃうんだよ。でもまぁ別に内容が変わってしまうほどの変更はされないから、情報を伝えるだけだったら、これも大きな問題にはならないけど」

「……ねぇ、ちょっと気になったんだけど、アルカイックの添削をしてくれるってことは、もしかして、カリオペがいれば、自分が作った魔法詠唱文が間違ってれば直してもらえるってこと?それだったら魔法の作成は相当楽になると思うんだけど」

キリエが少し考えて、ふと思いついたようにそう言った。

「あっ、え、いやいや。そんな訳ないわよね?」

「いや、キリィの言う通りだよ。むしろそれが本来のカリオペの使い方な気がするよ。カリオペの本来の役目は恐らく、魔法に関する文献を後世に正しく受け継いでいくことなんじゃないかな。だから今残っている古代の文献は信頼できるものなんだと思う」

「あ、じゃあ、ルーシィがあんなに簡単に新しい魔法を作れるのもカリオペのお陰?」

フェリカがひらめいたという顔でそう質問した。しかし、ルーシッドは首を振った。

「違うよ、私はカリオペは使ってないよ。いちいち新しい魔法を作る度に、魔法石を使うのも面倒だしね。そもそもカリオペについて知ったのはアルカイックを読めるようになってからだしね。それに、文字だけで発動できる魔法陣マジックサークルとか古代言語魔法回路ハイエイシェントマジックサーキットでも、『シジル法』と『カーシヴ法』を知らないと魔法の発動はできないし、詠唱によって魔法を発動させるためには、文章と旋律の組み合わせも考える必要があるし。どっちにしろカリオペだけじゃ魔法は作れないよ」

「……えっと、シジルとかカーシヴってなに?初めて聞いたよ」

「さぁ、私も聞いたことがないわ」

キリエは少し恥ずかしそうに尋ねたが、ルビアも知らないとわかって少しほっとした表情になった。

「シジル法もカーシヴ法も『失われた技術ロストテクニカ』の1つだから知らなくて当然だよ。シジルってのは文字を図形や記号と組み合わせて魔法陣マジックサークルを作る技術のことだよ。そして、カーシヴ法は文字と文字を繋いで書く技術のことだね。妖刻文字ハイエイシェントだけで魔法を発動させるためには、最初から最後まで途切れることなく文章に魔力を流す必要があるからね。特殊な筆記法が必要になるんだよ。」

ルーシッドは実際に文字を紙に書きながら説明した。

「あっ、ねぇ、ヒルダ。ルーン魔法で言うところのガルドゥルみたいな感じ?」

「そこに気づくとはさすがね、リカ。やるじゃない。ルーン魔法も同じカーシヴ法で発動することもできるけど、それをさらに改良したのがガルドゥル法よ。繋げるんじゃなくて、重ねて組み合わせて一つの記号にすることで、さらに効率的に発動できるようにしているのよ」

「こいつは意外に頭がいいからのぉ」

は余計よ」

自分の腕の中でマリーの頬をぐりぐりしながらヒルダがそう言う様子を見て、フェリカが笑った。


「そういえば、前にリズ先生の地下施設に潜入する時も地下迷宮探索の時も、入口の仕掛けをルーシィは簡単に解いていたわね。あれもこの法則がわかっていたからなのね?」

「そうだよ。まぁコツさえわかればそんなに難しいものじゃないよ。表記の上手い下手による魔法発動の善し悪しはあっても、ようは文と文を繋げればいいだけだから」

「まぁアルカイックを完全に理解してることが前提だけどね…」

何のことはないという感じでそう言うルーシッドの、相変わらず常識外れぶりにルビアがため息をついた。


その時だった。

ドアをノックする音が部屋に響き、ルーシッドが返事をすると外からサラの声がした。

「ルーシィ、迎えが来たわよー。準備できてるー?」

「あ、うん。ちょうど良かった。今行くー」


ルーシッド達は荷物を持って足早に部屋を後にしたのだった。

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