入学試験③ 個人実技
「……いよいよ実技試験だね、エアリー」
『はい、あの無知で無能な試験官共に目にもの見せてやりましょう』
「あれ、怒ってる?エアリー?」
『怒り…ですか。私に感情があるのかはわかりませんが、私はルーシッド様をあんな風に馬鹿にした試験官共の顔を完全に記憶しました。たとえこの魔法石から無色の魔力が消えようとも絶対に忘れないでしょう。ルーシッド様の本当の実力も測れないあいつらこそ無能以外の何者でもないと、私はそう断言します』
「ははは、ありがと、エアリー。
……うん、まぁせっかくもらったチャンスだからね。私たちの『魔術』見てもらおうか」
『エアリー』と呼びかけられたものの正体は、ルーシッドによって作り出された『人工知能』だった。エアリーはルーシッドが持つ魔法具の中に存在していた(ルーシッドは魔法は使えないので、厳密には『魔法具』ではないのだが)。正確にはルーシッドが意図して作り出した存在というよりは、記憶媒体を作っている過程で偶然に誕生した存在だった。当初はただ単に事前に与えらた情報を、ルーシッドの指示によって読み出すだけの存在だったのだが、ある日突然その存在の方からルーシッドに話しかけてきたのだ。何がきっかけになったのかはルーシッドもわからない。しかしそれ以降も、エアリーは学習により着実に成長し続け、自分で考え行動し、まるで意思や感情を持っているかのように振舞っているのだ。
サラという友達ができるまでは、ルーシッドには友達と呼べる人は一人もいなかった。家族すらも魔法が使えないルーシッドに落胆し、見限り、冷淡に接していた。そんなルーシッドにとって、エアリーは血を分けた家族同然の存在だった。エアリーの動力源や記憶媒体としては無色の魔力が使われている。つまり、人間でいうところの脳も心臓も全てルーシッドが作り出した無色の魔力によって動いているのだから、本当にそう考えても良いのかも知れない。
さて、ここから先は実技試験となる。受験生は自分の魔力を用いて魔法を発動し、魔法詠唱技術や詠唱速度、魔法の完成度や威力などを試される。
魔法使いはそれぞれ固有の魔力を持っていて、自分の魔力に適する妖精に呼びかけて魔法を行使することができる。それはつまり自分の魔力に適する属性の魔法以外は使えないということである。例えば、青の魔力を持たない魔法使いは、どんなに頑張っても水の魔法を使うことはできない。
古くから、自分の持っていない魔力の魔法を使用する方法については知られている。それは『魔法石』を使用する方法である。魔法石は魔力が蓄えられた不思議な石のことで、かつては天然のものしか確認されておらず大変貴重な物だったが、現代においては人工の魔法石を作ることが可能となり、広く使われている。詠唱をする際、自分の魔力に注意を集中するのではなく魔法石に集中することで、その魔力によって魔法を使うことができる。これは魔法具にも利用されている。
この実技試験においては、当然その魔法石や魔法具の使用は禁止されていた。実技試験はあくまで自分の魔力を用いなければならない。
ちなみに魔法具の中には、魔法石の魔力を使用するタイプと自分の魔力を使用するタイプが存在する。後者の方に関しては使用が認められている。
実技試験は2つの試験から構成される。すなわち、自分の得意な魔法を発動し、それぞれに決められた目標を達成する「個人実技」。および、受験生同士の「模擬戦」である。
摸擬戦はルールに基づいたいわゆる『決闘』形式で行われるもので、安全には十分配慮されている。『決闘』はこの魔法界において、一つの競技化された正式な魔法競技である。
個人実技と模擬戦の評価は総合的に判断され、決闘を行わない魔法使いにも不利にならないように工夫がなされていた。模擬戦は出場するかしないか自体を選ぶことができ、出場しない受験生に関しても、それだけで評価が下がることはなく、他の試験を行うことで評価してもらえるようになっていた。例えば、治癒魔法などを得意とする魔法使いたちは、模擬戦でけがをしてしまった受験生に回復魔法を施してもらい、それによって評価してもらうことができるようになっていた。
だが、実際の所、ほとんどの受験生は模擬戦に参加し、良い成績をおさめることを目指して、この試験に臨んでいた。
そしてこの実技試験からは在校生たちが観戦する大きな闘技場で行われる。これが、ディナカレア魔法学院の一大イベントともなっていた。受験生の中に将来有望なものがいれば、今のうちに目をつけておいて、入学後に自分たちのスクールギルド(魔法学院における部活動のようなもの)にスカウトしようとみんなが目を光らせているのだ。当然観客の中にはサラ・ウィンドギャザーの姿もあった。
いよいよね。ルーシィ。
さぁ、あなたの本当の実力をみんなに見せつけてやりなさい!
私のルーシィは誰よりも強いんだから…
世界最強なんだから!
闘技場ではルビアの個人実技が行われていた。『遠距離魔法の精度を測る個人実技』を選択した受験生は、闘技場の様々な場所に設置された的に魔法をどれだけ当てられるかで評価されることとなる。
“oPen the fiAry GATE.
(開け、妖精界の門)
in-g,rE,DIeNT = Re:D.
(食材は赤き魔力)
re:ciPE = Co-o-KiE.
(調理法は小さな焼き菓子)
1 OF the ele:MenTs, SALA-MANDER.
(四大の一つ、火の精サラマンダーよ)
InCaR-NATioN, tRAnS-FORM → BirD, IgnITE + buRN ouT.
(顕現せよ、形を鳥となせ、燃やせ、焼き尽くせ)
maGIC NamE = FIRE BIRD!!”
(ファイアバード!!)
ルビアがそう唱えると、炎が空中に現れ、渦を巻き燃え上り、鳥の形に変わり飛んで行く。そして一番遠くにあった的に見事に当たった。魔法の火の鳥が直撃した的は赤々と燃え上がった。
ルビアは「火の
魔法はその属性をつかさどる妖精に働きかけることにより行使する。その時に魔力を『食材』とし、『調理法の詠唱』によって妖精が好む『お菓子』を作り、それを妖精に与えることによって代行して力を使ってもらい超常現象を引き起こす。これが魔法使いたちと妖精の間で太古に結ばれた盟約によって発動する『魔法』の仕組みであった。
魔力にはその色にあった味と匂いがあり、その味や匂いを好む妖精を使役できるというわけである。
無色の魔力で魔法が発動できないのは、魔力に味や匂いが無いゆえに、お菓子を作ったとしても、どの妖精からも好かれないからであった。
「おぉ、火の
「難易度も高いし、見た目にも派手で試験向きね!」
「ルビアはやはり今回の受験生の中では断トツの実力か?」
「ぜひうちのギルドに欲しい!」
みなが口々にルビアを評価する。
闘技場の客席の左右に設置された大きな石板には、石の操作魔法によって彫り込まれた文字で、現在実技試験を行っている受験生の名前と魔力評価が映し出されていた。
ランクSのルビアは、やはり在校生の間でも一番の注目の的となっていた。
「では次、ルーシッド・リムピッド」
「はい」
「あなたは何の魔法を使う…と言ってもあなたは魔法が使えないんだったわね。全く…一体あなたは何をするつもりなの?」
「まぁ、見ててください、私だけの、私のとっておきの魔術を」
そう言うと、ルーシッドはゆっくりと深呼吸をし、静かに闘技場へと出て行った。
闘技場の石板には大きく
ルーシッド・リムピッド
魔力評価F
と映し出された。
闘技場には先ほどの試験会場で起きたのと同じようなどよめきが起こった。
そしてその後に起きたのは、やはり失笑、罵倒、ヤジだった。
「おいおい!魔力ランクFの魔法使いなんて見たことないぞ!?」
「落ちこぼれー!あきらめろー!」
「おとなしく家に帰って家業でも継ぎなさいよー!」
そんな声をかき消すようにひときわ大きな声が客席から上がった。
「ルーシィィーーー!!!この馬鹿どもに見せつけてやりなさーいっ!!!」
ルーシッドが声がした方に目をやると、そこではサラが手を大きく振っていた。そちらの方に小さく手を挙げて、ルーシッドはつぶやいた。
「うん、そこで見てて。サリー」
そう言うと不思議に力が湧いてきた。
「エアリー、OK?」
『はい、いつでもOKです』
ルーシッドは手に持った魔術具に話しかける。
「じゃあ、まずはあの一番遠い的にしよう」
『了解』
「
ルーシッドがそう言いながら左手を前方にかざすと、ルーシッドの目の前に赤い
通常、魔法陣は紙や壁、地面などに描いて用いる。空中に魔法陣を投射できるのは、そこに無色の魔力による壁が存在しているからである。
「
今度はルーシッドから的までをつなぐ形でさらにもう3つの魔法陣が展開する。
『完了、誤差1%以下』
「よし、まずは挨拶がてら、ド派手にいこう!」
「
ルーシッドが
あまりにも突然のことで、何が起きたのがわからなかった場内はしばし静まりかえり、その後徐々にざわめきだした。
「ねぇ…今の…なに?」
「わかんない…あんな魔法見たことないわ」
「ていうかあれって…
「てか、そもそもFランクって魔法使えないんじゃなかったの?」
「じゃああれは一体何?」
「魔法石じゃないか?」
「いや…あんな膨大な量の魔力を蓄えられる魔法石なんて存在しない…」
「ていうか、あの子詠唱してなくない?」
「え、無詠唱?」
「そんなこと可能なのか?」
口々に今見た謎の光景に関して意見を出し合う。
「いい感じだね、エアリー、連続で行こうか」
『了解』
「
ルーシッドがそう言うと、今度は3つの的に向けて同時に
「
ルーシッドがそう言うと、一つの的には上から轟音と共に雷が落ちて燃え上がり、一つの的は突然発生した竜巻によって巻き上げられ跡形もなくなり、一つの的は天まで届く火柱によって一瞬にして消し炭となった。
会場がさらにどよめく。
「ねぇ…いったいあの子何種類の属性魔法を使えるの!?」
「しかも魔法の名称は全くわからないけど、どれも威力からして明らかに超高位魔法…?」
「あの子一体何なの…?」
「Fランクは魔法が使えない落ちこぼれ、役立たずのはずじゃなかったの!?」
「よーし、最後は評価とは関係ないけど、綺麗に終わろうか」
「
ルーシッドがそう言うと、上空で大きな爆発がたくさん起きた。そして、その一つ一つが色鮮やかな光となり、綺麗にまたたいた。
「……うん、キレイ!いい感じ!」
自分が打ち上げた花火を眺めながらルーシッドは静かに言った。
『相変わらず、素晴らしい魔術でした。ルーシッド様の魔術に比べれば、魔法など足元にも及びません』
「ありがと。エアリーも、ナイスアシスト」
『ありがとうございます』
エアリーは誇らしげに答えた。
ルーシッドの個人実技が終わり、ルーシッドが競技場から退場したあとでも、会場はまだどよめきに包まれていた。
サラの横には、先ほどからサラと共に行動しているフランチェスカ・ルテイシャスが座っていた。フランチェスカはこのディナカレア王国ではなく、隣国のフィダラリア共和国出身の魔法使いであった。フランチェスカ自身も魔力ランクAAAのかなりの実力者であり、入学試験の結果もサラに次いで二位だった。サラという怪物さえいなければ間違いなく総代だっただろう。しかし、フランチェスカは入学試験の時にサラの強さと対峙して、すっかり傾倒してしまい、それ以来ずっと行動を共にしているのだった。その点ではサラとルーシッドの関係に似ているとも言える。
「サリー…あ…あの魔法は一体…?」
「ふふ、あれはね魔法じゃないの。あれは魔術よ。妖精が引き起こす現象を、強引に魔力で作り出しているのよ。過程を無視してその結果だけを引き起こす。これこそが無色の魔力が持つ力。無色の魔力とルーシィの長年の血の滲むような研究と努力の結晶、ルーシィにしか使えない最強の術よ」
「無色の魔力にそんな力が…?」
「えぇ、無色の魔力は味が無いからどの妖精にも好まれず、それゆえに魔法は使えない。これは事実よ。でも、その代わり無色の魔力にはある特徴がある。それはこの世界に存在する、ありとあらゆる物質に直接働きかける物理干渉力よ」
「物理干渉力?」
「えぇ、ルーシィは、研究の結果、無色の魔力は特定の命令を与えると、形を変えたり、ある物質を引きつけたり、逆に引き離したりするということに気づいた。そして、その物質にどんな特徴があるかを把握し、その物質を使って望んだ現象を起こしているのよ」
「物質を引き付ける…と言っても、さっきは何も見えなかったけど…?」
「ふふ…フラニーは私たちの周りにあるこの空気が何でできてるか知ってる?」
「く、空気?いえ、そんなこと考えたこともないわ。そもそも何もないじゃない?私たちの周りには。透明なんだから何もないんじゃない?」
「そうよね、普通はそう考えるわよね。私もルーシィに教えられるまでそう思ってた。でも本当は違うのよ。見えないだけでそこには物質が存在している。ルーシィは無色の魔力が存在しているなら、この透明の空気も何かの物質に違いないと考えたわ。無色の魔力を持っていたからこその着眼点かも知れないわね」
「あ、確かに…」
「そして、この空気の中から、様々な現象を引き起こす物質を無色の魔力で引きつけて集めて、それを爆発させたり、それを使って雷を起こしたり、風を起こしたり、燃やしたりしているんだわ。私も色々聞いたけど難しすぎて全部は理解できなかったけど」
「そんな…じゃあ無色の魔力は……」
「えぇ、無色の魔力を使えば自ら超常現象を引き起こせる、もはや妖精、いえ、神の領域かも知れない」
サラは自分のことのように嬉しそうにルーシッドのすごさについて話した。
そうだ、私のルーシィは、世界の誰よりも強いんだ。
誰よりもすごいんだ。
そう、今まで無色は無能とされてきたが事実はそうではなかったのだ。誰も研究もせず、その真価に気づかなかっただけだったのだ。ルーシッドだけが、無色の魔力の特性に気づき、研究を重ね、努力をし、その真価を引き出したのだ。
でもルーシィのすごさはまだまだこんなものじゃない。
次はいよいよ対人戦だ。
ルーシィの本当のすごさは対人戦でこそ発揮される。
さぁみんな知るがいい
味わうがいい
ルーシィと対峙した時の絶望を!
サラは興奮してにやにやしていた。それを横目で見たフランチェスカはちょっとだけ引いていたのだった。
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