入学試験④ 模擬戦① 予選

実技試験は「模擬戦」へと移っていた。「個人実技」の評価に関わらず、全ての受験生は「模擬戦」へと参加することができる。

「模擬戦」は予選と本戦で行われ、予選は、くじ引きによって決められた10人で行うバトルロイヤル形式で、予選を勝ち抜いた受験生たちによって、本戦がトーナメント形式で行われることになっていた。基本的には本戦に進むことができた生徒は合格確実とされたが、仮に予選で負けたとしても、ペーパーテストや魔力測定の結果、個人実技の評価などの総合点で判断されるので、必ずしも不合格になるというわけではない。


簡単なルールとしては


魔法の詠唱は試合開始後に始めなければならない。

勝利条件は、相手を戦闘続行不能状態にするか、相手に負けを認めさせること。

魔法を用いない物理攻撃や、相手を即死させるような攻撃、相手の体を著しく損傷するような攻撃は禁止。

魔法によって生成した武器による攻撃は認められているが、殺傷性を抑え、負わせるケガは打ち身や骨折程度までと規定されている。


これは、この摸擬戦に限らず、『決闘』のルールとして一般的なものである。


その他の攻撃で怪我を負ってしまった場合は、回復魔法で評価を望む受験生や、待機している先生たちにより治療が行われる。


闘技場内には、試験官たちの土の魔法により形成された、体を覆い隠せるほどの大岩が何か所かに設置されていた。

闘技場ではルビア・スカーレットが参加する予選Dブロックの試合が始まろうとしていた。

試合開始の合図と共に、全員が一斉に動き出した。

魔法の発動には必ず詠唱が必要となる。詠唱中はどうしても無防備になってしまうのが、魔法使い最大の弱点となる。そのため、盾役の援護が期待できない今回のような戦いでは、まずは、一箇所にとどまらないことにより、相手の狙いを定めさせないようにすること。岩陰などの安全に詠唱を行うことができる場所を確保すること。人よりも早く詠唱を行うことなどが大事となる。


“oPen the fiAry GATE.

(開け、妖精界の門)


in-g,rE,DIeNT = SCAR-LeT.

(食材は緋色の魔力)


re:ciPE= LauNGe de ChAT.

(調理法は猫の舌)


FirE + smiTHy GOD, VUL-CAN.

(火と鍛冶の神ヴァルカンよ)


pLEAse L-END Me UR SW-or-D.

(我に汝が鍛えた剣を貸し与えたまえ)


InCaR-NATioN, MODELING MAGIC, MAGIC NAME = MIDHLETHAN/IMITATION!”

(顕現せよ、武器造形・模造刀『マルミアドワーズ』!)


その点で言えば、ルビアの戦略は非常にシンプルだった。逃げも隠れもしない、強攻策である。試合開始の合図と同時に、詠唱を行いながら、近くにいる対戦相手に猛然とダッシュ。走りながら息切れせず正しく詠唱を行うには、かなりの訓練が必要である。

ルビアが対戦相手に接近した時には詠唱は完了しており、具現化した火の剣で相手を切り伏せる。相手はあまりの速さにあっけに取られ、何もできずにその場に倒れた。本来の『マルミアドワーズ』は、鉄の造形魔法を用いて剣を作るが、今回は模擬戦ということもあり、相手を死に至らしめないように、土の造形魔法を用いているようだ。そうだとしても、打撲と軽い火傷は免れないだろう。

ちなみにこのマルミアドワーズという魔法は超高位魔法である。火だけで武器を作ったり、もともとある武器に火属性を付与するのとは違い、武器の生成と属性の付与の両方を同時に行うという超高等魔法である。それをこの短時間でしかも走りながら行えるということに、ルビアの卓越した魔法力が伺える。

ルビアはそして立ち止まることなく、次の詠唱に入りながら、次の獲物を探して走り出した。


“oPen the fiAry GATE.

(開け、妖精界の門)


in-g,rE,DIeNT = Re:D.

(食材は赤き魔力)


re:ciPE = FInanCieR.

(調理法は貝殻型の焼き菓子)


IM-mortAL fiRE BirD, PHOE-NIX.

(不死なる火鳥フェニックスよ)


pLEAse L-END Me UR W-ingS.

(我に汝の翼を貸し与えたまえ)


MAGIC NAME = FLARE WINGS!”

(炎の翼フレアウィング!)


魔法が発動すると、背中から炎の翼が生える。その炎の翼を巧みに操り、闘技場内を縦横無尽に駆け巡り、相手の攻撃を交わし、炎の剣で切り伏せ、時に応じて他の中距離攻撃魔法や防御魔法も使いつつ、一人、また一人と相手を倒していく。もはやルビアの圧倒的勝利は誰の目にも明らかだった。


「あの子の魔法力はかなり卓越しているわね」

その戦いぶりをみて、サラは賛辞を送った。

「個人実技では遠距離攻撃魔法を使っていたから、てっきりその火力を武器に間合いを取りつつ正攻法で攻めるのかと思ったけど、実はゴリゴリのパワーファイターだったのね…」

「『マルミアドワーズ』と『フレアウィング』を同時に10分以上使用してるわ。すごい…よほど魔力量が多いのね…」

「近接戦闘、中距離戦、遠距離戦、いずれもこなせる…世の中にはまだまだすごい子がいるものだわ」


ひとくくりに魔法使いと言っても、そのファイティングスタイルによって様々である。攻撃系の魔法使いは大きく3つに分類される。


1つは近接戦闘を得意とする『魔法剣士マジックセイバー』である。

ルビアが使用した『炎の翼フレアウィング』のような自身の肉体に何らかの魔法効果を付与する魔法、あるいは身体を直接強化する魔法。『マルミアドワーズ』のように武器を生成する魔法、自分の持っている武器を強化する魔法などを駆使して戦う魔法使いである。もちろん魔法属性の向き不向きもあるが、魔法使いの中でもとりわけ腕っぷしに自信があるものがよく選ぶタイプである。魔法騎士学校の生徒はほぼ全員がこのタイプである。肉体強化魔法や武器生成魔法は、発動した後も常時魔力を消費し続けなければいけないため、とりわけ『最大魔力量マキシマムマナ』が求められると言える。


もう1つは中距離戦を得意とする『魔法射手マジックアーチャー』である。

相手と距離を取りつつ中距離魔法を主に使用して戦い、戦況によって近接攻撃魔法や遠距離魔法も使う、手数の多い魔法使いのことである。戦況を的確に判断し、味方の援護に回るか相手を霍乱するかなどを考えて戦う遊撃兵であり、敏捷性も要求される。また、味方や敵が入り混じる中で、的確に敵に魔法を命中させる集中力や正確性も要求される。魔法力もさることながら、技術面がかなり要求されるタイプと言える。


そして3つ目が遠距離戦を得意とする『大魔法師マジックキャスター』である。

魔法の中でもとりわけ遠距離攻撃が可能で、広範囲かつ高威力の魔法を得意とする魔法使いである。高位魔法になればなるほど魔法の発動には時間がかかるため、一人で戦うことは基本的に不可能であり、ほとんどの場合が味方による援護を受けて戦うこととなる。戦いにおいてはマジックキャスターの有無、マジックキャスターへの対処が戦況を大きく左右することになる。全体的に非常に高い魔法力が求められるが、とりわけ『最大魔力量マキシマムマナ』が高くないと、高位魔法以上は一発すら撃つことはできないということもある。


攻撃系魔法使い以外の支援系魔法使いでは

回復魔法を専門とする『回復魔法師マジックヒーラー

防御魔法を得意とする『防御魔法師マジックディフェンダー

付与魔法を得意とする『付与魔法師マジックエンチャンター』などがいる。


今の魔法界は非常に平和である。昔のように国同士の戦闘や、国家間の内紛なども起こっていない。あるとしても小規模な犯罪程度である。

実際の戦闘に使われるような攻撃系魔法などはルールに基づいた『決闘』や、私たちの世界で言うところのスポーツのような娯楽としての『魔法競技』などで使われるのみである。

なので、先の魔法使いの分け方も古い時代の名残が残っていると言えなくもない。



Dブロックはルビアが他9人を戦闘不能にし、ルビアの圧勝で幕を閉じた。




「ナイスバトル」

ルビアが闘技場から控え室に戻ってくると、ルーシッドが声をかけた。

「ありがと、本戦で待ってるわよ」

「私が本戦に進めるとでも?Fランクですよ?」

「しらばっくれないでくれる?私にはわかる…あなたはこの受験生の中の誰よりも強い。恐らく私よりも…ランクがその人の全てではないわ」

「…そんな風に言ってくれたのは二人目ですかね…わかりました、もし戦うことになったら正々堂々、全力で相手をすることを約束します」

「望むところよ。私だってただ黙って負けたりしないわ。とっておきの隠しだまがあるんだから」

ルーシッドは、ルビアとは友達になれたらな、と思った。


予選は進み、次はいよいよルーシッドの出場するHブロック。

ルーシッドは静かに控え室をあとにした。


ルーシッドが闘技場に姿を表すと、会場はざわめき出した。

「おい、あのFランクの登場だぜ?」

「さっきの魔法はすごかったわねー」

「いや、でもおかしくない?だってFランクよ?何かのトリックじゃない?」

「確かに…まぁ、どんなトリックか知らんが、個人実技ならともかく、対人戦だとそうもいかないだろ」

ルーシッドの実力を疑う意見が大半を占めていた。魔法が絶対のこの世界において、『Fランク』『魔力ゼロ』の者が魔法を使えるわけがない、そう考えるのは至極当然のことと言えるだろう。


ルーシッドもそう考えていた。

自分が無能ではないということを示すためには、否定しようのない絶対的な力で相手を圧倒しなければならない。だからルーシッドは試合開始の合図と同時にこう言い放った。


空間掌握エリア アンダー コントロール

規則ルール詠唱禁止キャスト プロヒビティッド




闘技場内に重苦しい空気が充満している気がした。しかし、ルーシッドが何もしてこないのを見て、警戒していた出場選手たちは、それぞれ魔法の詠唱に入ろうとした。そしてその時になって初めて自分たちの身に起こっている異常現象に気づく。言葉が出てこない、正確には口が動かせないのだ。完全な静寂が会場内に訪れる。


「いったい何が起こってるというの…?誰も魔法の詠唱をしないわ…」

フランチェスカはその戦況を見てサラに説明を求めた。

少しずつ観客席もその異常な現象に気づき始め、ざわめきだす。

「あれは…詠唱をしないんじゃなくて、詠唱したくてもできないのよ。ルーシィがそれを禁じているのよ」


ルーシィ…あの魔術を使ったのね…


何度見ても恐ろしいわ…


サラはごくりと唾を飲んだ。


「禁じる?どういうこと?これもルーシッドのなの?」

「えぇ、今あの闘技場内には目には見えないけど無色の魔力が充満しているはずよ。『空間掌握エリア アンダー コントロール』…それが今ルーシィが使っている魔術名。特定の空間を丸ごと無色の魔力で充満させ、その空間を自分の制御下に置く魔術よ。

その魔力に追加の指令を与え自在に操作することによって、その空間の現象全てを自分の思いのままに操る魔術…今あの空間は『詠唱禁止』状態。あそこにいる人たち全員の口を無色の魔力でふさいで、詠唱をできなくしているのよ。魔法の発動に詠唱を必要とする魔法使いにとってはルーシィのこの魔術は致命的ね。

空間掌握エリア アンダー コントロール』が発動された範囲内でルーシッドに勝つことは不可能と言っていいわ」

フランチェスカはごくりと唾を飲んだ。

「あれに対抗することはできるのかしら?」

「そうね…『空間掌握エリア アンダー コントロール』範囲内に入らないことが一番じゃないかしら。あれはそんなに範囲が広い術ではないわ。一瞬で『空間掌握エリア アンダー コントロール』範囲できるのは、ルーシィの魔力生成速度ジェネレイトスピードからして半径50メートルくらいだから」

「半径50メートル!?

そ、それは十分広いと思うけど…もし範囲内に入ってしまったら?」

「あきらめた方がいいと思うわ、魔獣の類ならあるいは?」

「さらっとすごい事を言うわね…」


ルーシッドはしばしその状況を観察していたが、次の言葉を発する。




状態コンディション拘束バンディッジ




ルーシッド以外の出場選手全員がその場に棒立ちになる。体の自由を奪われて、動きたくても動けないのだ。顔色からは血の気がひいていくのがわかる。



命令オーダーひざまづけニール



全員がその場にひざまづく。


術式コード感電スタン

照準固定フィックス


ひざまずいた選手たちの頭上に魔方陣が展開される。さながら断頭台である。

そしてルーシッドはこう言った。

「降参するなら、今から右手の拘束だけ解くので、手を挙げてください。降参しなかった人は、戦う意志があるとみなし、上から雷を落とします。まぁ、死なない程度なので、安心してください」

何をどう安心すればいいのか…そこにいる全員がそう思ったことだろう。



一部開放パーティカル リベレイション



ルーシッドがそう言った瞬間、全員が勢いよく手を挙げる。これ以上挙げられないというくらい真っ直ぐに9本の右手が挙がった。



空間掌握解除エリア アウトオブ コントロール



闘技場に張り詰めいていた重たい空気は晴れ、試合終了の合図が鳴り響く。ルーシッドは静かにその場を後にする。

残された出場選手たちは、拘束が解かれたにも関わらず、その場から動こうとしなかった。いや、動けなかったのだ。全員が右手を挙げたまま、その場に固まっていた。

のちにこの予選でルーシッドと対戦した生徒たちはこのことがトラウマになったという。

その異様な光景を前にして、観客もただ静まり返っていた。

ルーシッドは、ちょっとやりすぎたかな、と少しだけ反省した。


だが、その光景を見て、一人だけ戦う意志を捨てていない者がいた。


大丈夫…あれならまだ勝機はある…


ルビアは鼓動が速くなる胸に手を当てて、ゆっくりと深呼吸した。


予選のバトルロイヤルが全て終了し、勝ち残った40名で決勝トーナメントが行われる。くじ引きが行われた結果、ルビアはAブロック、ルーシッドはBブロックへと振り分けられた。つまり、二人が戦うためには決勝まで勝ち進まなければならない、ということである。だが、ルビアもルーシッドも共に、お互いが誰かに負けるということなど考えてもいなかった。

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