入学試験② 魔力検査
「次、受験番号156、ルビア・スカーレット、前へ!」
「はい!」
「では、この『鑑定の水晶』の上に利き手を乗せてください。あ、『集約の指輪』は外してくださいね。ゆっくりで大丈夫ですよ」
魔法使いは基本的に指輪を2つ身に着けている。
1つは『盟約の指輪』と呼ばれる指輪で、妖精との絆の証のようなものだ。いわば魔法使いの証である。この指輪は魔法使いの『指輪の儀式』の時に自治体の長から受け取ることができる。また、魔法使いの名家であれば、先祖代々受け継いできたものを身に着けている者もいる。
もう1つは『集約の指輪』と呼ばれる指輪で、こちらは特別な魔法具である。こちらも魔法使いなら基本的には誰もがつけているものである。これは、体内から魔力を生み出す際に、魔力を一点に集約するのを補助するためのもので、昔で言うところの『魔法の杖』のような役割を果たすものだ。
この指輪が発明されるまでは、ほとんどの魔法使いは、魔法を唱える時に杖を使用していたが、現代では杖を使用する者はほとんどいない。
集約の指輪は、鑑定の水晶と効果が被ってしまうため、上手く水晶が機能しないことがあるので、魔力の正確な数値を鑑定する場合には外す必要があるのだ。
ルビアは少し恥ずかしそうに指輪を外し、少し緊張した面持ちでルビアは水晶に手を乗せた。
魔法使いは、魔法の練習を本格的に始めるにあたって一度は自分の魔力を測定している。そのように魔力を測定して、盟約の指輪を新たな魔法使いに渡すのが『指輪の儀式』である。そのようにして、魔法使いとしての第一歩を踏み出すのだ。
しかし、地方などでは、水晶の色や光の強さで、だいたいの魔力の性質がわかる簡易的な水晶しかない場所も多い。そうした簡易的な判定の結果、魔法学院入学を目指せそうな強い魔力を持った魔法使いは、より正確な測定をしてもらうために、都会まで足を運ぶということもあるが、魔法使いの中には自分たちの正確な魔力測定結果を知らないまま一生を終える者も少なくない。
『魔力』は、この世界に住む人間であれば誰もが持っている『妖精を使役する力』である。太古の昔に人間族と妖精族の間で交わされた盟約によって、人間はこの妖精を使役する力『魔力』を得た。
その『妖精を使役する法 (ルール)』こそが、『魔法』である。
魔力の基本色は四大色とも言われる赤・青・黄・緑に白・黒を加えた計六色である。これら六色を『純色』と言い、それぞれが火・水・地・風・光・闇の基本属性に対応している。もちろんこれは基本属性であって、これが全てではない。
自分がどの色の魔力を持つかは、ほぼ遺伝によって決まる。例えば、父親が赤で母親が青ならば、子どもは紫系統となる。赤と青の比率によって、赤紫や青紫になるので、決まった色とは限らない。
このように2色以上が混じり合った色のことを『混色』と呼ぶ。紫系統の魔力を持つものは赤と青両方の特性を持っているので、火と水両方の適性があるが、それぞれの色の純度は純色の赤や青に比べると下がるので、それぞれの魔法の行使力は劣ってしまう。
魔力の評価は、まずこの魔力の『
サラ・ウインドギャザーが『全色の魔法使い』と言われているのは、この魔力検査の数値が『
それはつまり、全ての魔法を使うことができるということである。
普通であればこんなことはありえるはずがないのだが、サラは生まれついたときからこの『全ての属性を使える』という規格外の魔力を有していたのだった。
この2つの要素に加えて、重要になってくるのが以下の3項目である。
『
『
『
この5つの項目が総合的に評価されて、S~Eの値で評価される。
その人が使える魔法の強さや規模、範囲などは、この数値によって決まってくる。魔法使いにとってはこの魔力ランクこそが全てなのである。
ルビアが魔力を込めると、水晶は茶色に近いような色へと変化した。この色はすなわちその魔法使いが持つ魔力の色を表している。そして眩いばかりの強烈な光を放った。
「おぉ…!」
思わず試験官の口から感嘆の声が漏れる。光が強ければ強いほど、魔力の数値は高くなる可能性が強いからだ。
そして、魔力が数値化されたものが水晶に現れたので、試験官は紙に書き写し読み上げる。
「ルビア・スカーレット評価S!!」
会場が大きくどよめいた。ここまでの魔力測定の中では最高の値であり、魔法使い全体で見てもA以上の評価の者ですら全体の数パーセント、その中でもSは、現在この魔法界にも20名弱しか存在していない。まさに一握りの天才である。
ルビアは総代になるに相応しい才能を持った魔法使いであった。
「魔力の色、
会場がどよめく。
「な…何ていう数値…」
「桁違いだ…」
「本当に同じ人間なのか?」
それもそのはずである。ルビアの数値はまさに桁違い。どの数値も常人とは文字通り桁が1つ違っていた。
魔力は『マナ』という単位で計られる。発令する魔法が強ければ強いほど、それだけ要求される魔力は多くなる。そして、魔法はその強さや範囲、規模によっておおまかに低位・中位・高位・超高位に階位分けされている。
低位魔法は日常魔法とも呼ばれ、日常生活で用いられるような魔法のことであるが、この魔法しか使うことができない魔法使いがDランク、この魔法すら使うのに苦労するレベルがEランクという評価になる。実に全魔法使いの約60%がDランクである。
そして、このDランクの魔法使いの平均的な数値は
つまり、
魔法の中で最も要求される魔力が多い超高位魔法に至っては、30000程度のマナが必要であるが、それすらもルビアにとっては容易く行えてしまうのだ。それが魔法界に20数名しかいないとされるSランク魔法使いの実力であった。
ちなみにサラの評価は最高ランクSランクの上、『SSランク』という値であり、魔法使いでこの評価を受けたのは今まで彼女ただ一人である。サラは天才というよりは異常であった。
だが、サラのその評価の要因は『
その他の値をルビアと比べてみると
と、もちろんこれでも十分規格外ではあるが、
「次、受験番号157、ルーシッド・リムピッド、前へ!」
「…はい」
「え、ちょっと、あなた?
盟約の指輪はどうしたの?」
ルーシッドが指から外した指輪は、他の人が着けているものとは少し形状が違っていたが集約の指輪のように思えた。集中の指輪に関しては魔法具なので、作る
だが、集約の指輪は特別なものであり自由に製造できるものではないし、形もだいたい統一されている。
ルーシッドの指には元々指輪は1つしか着けられておらず、それが集約の指輪だということは、ルーシッドは魔法使いの証である盟約の指輪を着けていないということになるのだ。
「あ……えっと……」
ルーシッドはしまったと思った。盟約の指輪のことをすっかり忘れていたのだ。
だが、どうすることもできないので、ルーシッドは本当のことを言うことにした。
「持ってないです」
そう言ったルーシッドの顔は、全てを見限ったような、逆に全てに見放されたような、どこか冷めていて、それでいてどこか寂しそうな顔だった。
ルーシッドの言葉の意味がわからず、首を傾げている試験官をよそにルーシッドはゆっくりと水晶に手を置いた。
水晶は何の反応も示さない。その時点で試験官たちは違和感を感じていた。どんなに魔力が弱くても、何の反応も示さないというのはおかしい。たとえEランクでも薄っすらとでも何色かに光るはずなのだ。
そして、水晶がその測定結果を示した時、あまりの異常事態に試験官たちは声を上げた。
「……えっ……何これ?」
会場がざわつく。
「ル、ルーシッド・リムピッド……評価F?」
「え…聞き間違い…?」
「いや、確かにFと言ったわ」
「ねぇ…Fってつまり…?」
「本当に存在する評価だったのか…てっきり『無能』に対するけなし文句だと思ってた」
「最低評価のE以下のランク外、つまり、魔力ゼロ」
「ルーシッド…あなた…
そう、ルーシッドの魔力の色は『無色』であった。ゆえに一切魔法が使えない。
ルーシッドが「魔力ゼロ」「ランク外」「無能」「落ちこぼれ」という評価を受けてきたのは他でもないこの『無色の魔力』が原因であった。
試験官の間に動揺が走り、ひそひそと耳打ちをしている。
こんな評価が出た受験生は見たことがない。というか、こんな評価が出た『魔法使い』を見たことがない、という方が正しいだろう。
『
そもそもこれは魔法使いと呼べるのだろうか?
ある意味Sランクよりも規格外の、あまりのイレギュラーな案件にどう処理すればいいのかわからないのだろう。
ルーシッドは、このままではまずいと感じていた。このままでは、この場で入学の資格がないと判断されて落とされてしまいかねない。
それだけは避けなければ。
何としても次の実技試験に進まなければ。
そう、自分の能力は実践でしか証明できないのである。
「あ…あの…!」
ルーシッドは声を振り絞った。
試験官はルーシッドの方を同情とも蔑みともとれない目で見た。
大丈夫。
この視線なら今まで何度も浴びてきた。
頑張れ、自分。
負けるな。
言うんだ。
ここで言わなければ全てが終わる。
言え、言うんだ!
「…わ…私にも、じっ、実技試験を……実技試験を、その、うっ、受けさせてもらえないで…しょうか?」
しばらくその場に沈黙が走ったが、次に起こったのは失笑だった。
「ルーシッドさん…無色の魔力では魔法は使えないわ、魔法が使えない人がどうやって実技試験をするのというの?殴りかかるつもり?」
その試験官の言葉を聞いて会場はどっと沸いた。
ルーシッドの心臓は飛び出そうなほどに脈打っていた。
冷汗がすごい。
息ができない。
でも……言うんだ!
「せ…先生たちは、その…むっ、『無色の魔力』というものについて研究したことはありますか…?」
「そんな無駄なことに時間を使ってどうするんだ……そもそも研究するもなにも、
無いものをどうやって研究するんだ。無いものは無いんだ」
「ちっ、違います!違うんです!魔力が無いんじゃないんです。色が無色なだけでなんです!」
「それは同じことではな…」
「あの、わっ、私が証明します!」
ルーシッドは先生の言葉にかぶせるようにそう言った。
「無色の魔力が『無能』ではないことを証明します…だからお願いします。実技試験を受けさせてください。実技試験の結果を見ても私が無能だと判断するならそれで潔く諦めます。ですが……研究もせずに、事象を見もせずに、先入観だけで判断するのはやめてください!」
ルーシッドの必死の訴えに試験官たちはしばらく黙り、そして何やらひそひそと話し合っているようだった。
そして、そのうちの一人がこう告げた。
「…いいでしょう…ただし、大観衆の前で、何もできずに恥をかくのはあなたですからね」
ルーシッドは大きくため息をついた。
良かった。
何とか実技試験に進めた。
サリー、私頑張ったよ。
見てて、私の全力。
あなただけがこの世界で唯一認めてくれた、私の『魔術』の力。
試験官は『
その数値はいずれもサラ・ウインドギャザーも、ルビア・スカーレットをもはるかに上回っていた。
そう、ルーシッドには魔力がないわけではない。『無色の魔力』というものを確かに持っているのだ。ルーシッドもまたサラと同様に、いや、サラ以上に
そう、ルビア・スカーレットだけは、ルーシッドと試験官とのやり取りを静かに見つめていた。
そして、ふっと笑ったのだった。
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