魔法学院の階級外魔術師
浅葱 繚
魔法学院入学試験ーポルトエプルーヴー
入学試験ーポルトエプルーヴー① 魔法学院の入学試験
この世界のちょうど中央に位置し、世界最大の国でもあるディナカレア王国は学術や魔法研究に秀でた国であった。
特に首都セントレアにある『国立ディナカレア魔法学院』は、この世界における魔法研究の中心であり、著名人たちを何人も輩出している非常に名高い学校だった。
この学校の入学試験は非常に難しく、ディナカレア魔法学院に入れるだけでも非常に名誉なことであった。
ちなみに『
この学院を卒業した者達は、災害救援などで世界各地で活躍したり、怪我や病気の治療を行ったり、古代の魔法の研究する学者になったり、生活をよりよくするために新しい魔法や魔法具を開発する仕事についたりと、様々な分野で活躍しているのだ。
それに対して男性は、魔法だけでなく、実戦演習を多く学ぶ『
実は『実戦、実技』とは言ったが、この世界は非常に平和である。国同士の戦争や紛争も数百年間起きていない。今、生きている者たちは全員そういった大きな戦闘を話には聞いたことがあっても経験したことがない者たちなのだ。
もちろん人間同士の共同体ゆえの多少の犯罪や事件などはあるため、それらを解決するために『騎士団』や『自警団』が存在している。
しかし、今の世界の『戦闘』と言えば、もっぱら殺し合いではなく、競技化されたルールに則った『決闘』や『魔法競技』のことである。
さて、そんなディナカレア
「はぁ、人がいっぱいだ…やっぱり都会はすごいね…」
そんな中にあって一人だけ浮かない顔をして大きな会場の隅でため息をついている少女がいた。
彼女の名前はルーシッド・リムピッド。発言からして明らかに田舎者だ。
黒髪のショートヘアーに眼鏡。身長は同年代より少し低め。言われないと、そこにいたことに気づかないくらい影の薄い生徒であった。本当は可愛らしい顔をしていそうではあるが、髪でほとんど顔を隠してしまっているので、生来の可愛らしさはその見た目からは全く感じられなかった。
「やっぱりディナカレア
『ディナカレア
彼女のつぶやきを聞いて反応したものがいたが、それは人ではなかった。
彼女が手に持っているものから声がしているように思えた。それはちょうど手のひらに収まるサイズの鉄製の板のようなものだった。
この世界には魔法を発動することができる『
しかし、周りを見渡してもこれと同じような
「もう、エアリー、私のことはルーシィって呼んでっていつも言ってるでしょ。うーん…でもなぁ…そうは言ってもそもそも私魔法使えないからなぁ……サリーに聞いた感じだと、まず
「お集まりの受験生の皆様、大変お待たせいたしました、これより今年度のディナカレア
そのとき、学院の先生の声が会場に響き渡った。使用しているのは、声を反響させ大きくする『
「まずは魔法に関するペーパーテストを受けてもらいます。担当試験官が案内しますので、各自自分の教室に入ってください」
「1番から100番の受験生はこちらでーす!」
会場の左右の扉が開き、試験官が受験番号を呼ぶと、受験生たちは試験会場へと移動していった。自分の番号が呼ばれたので、ルーシッド・リムピッドもおずおずと試験会場に向かおうとしたその時だった。
「ルーシィ!!」
ルーシッドは自分の愛称を呼ばれて、思わずびくっとして、後ろを振り返った。
「よく来たわね、ルーシィ、大丈夫?疲れてない?」
そう言ってその声の主である少女はルーシッドに走りよって強く抱きしめた。
「あー…うん、大丈夫だよ。サリー、久しぶり」
ルーシッドは少し引きつった顔でそう返した。だが、その顔はどこかうれしそうでもあった。
「ねぇ、あれって、サラ・ウィンドギャザーじゃない?」
「え…あの、『
「世界初のSSランクの、あのサラ様っ!?」
「じゃああの子って、知り合い?」
周囲ではみなが二人が抱き合う光景を見て、ざわついていた。
彼女の名はサラ・ウィンドギャザー。サラは、このディナカレア王国において知らないものはいないほどの有名人であった。彼女の噂は国中だけでなく、他国にも知れ渡っていた。
なぜなら、彼女はこの世界で初めて魔力の強さを測る魔力ランクにおいて、これまで最高ランクとされていたSランクの上『SSランク』という評価を得た人物だからである。
人間が持つ魔力には特定の『色』があり、その色によって使役できる妖精、使える魔法が決まってくるのだが、なんとサラは『
その魔力のお陰で、彼女は全ての妖精を使役でき、全ての魔法を使うことができるのだ。
それに加えてサラは、このディナカレア王国の貴族・伯爵家であり、この国でも十本の指に入るくらいのお金持ちで、数々の有名な学者や賢者を輩出している名家ウィンドギャザー家の次女でもあった。
ちなみにこの国立ディナカレア
サラがこの
そんなサラは、ルーシッドの1年先輩で、外見はウェーブがかかった綺麗なブロンドのロングヘアーで、ルーシッドよりも頭1つ分くらい身長が高い。
なので、抱きしめられたルーシッドは、ちょうど胸に顔をうずめるような形になっていた。
「私のわがままを聞いて来てくれてありがとうルーシィ。どうしてもルーシィと同じ学校に通いたかったのよ。この1年間ずっと待ってたのよ?」
「うん、それは私もそうだよ…」
「試験頑張ってね。ルーシィならきっと大丈夫」
「あー…うん、まぁ全力を尽くすよ、一応ね、やるだけのことはやるよ…でも…」
「でも?」
「ううん、何でもない…頑張るよ」
ルーシッドの言いたいことを聞かなくても理解したサラは無言で抱きしめて、頭をなでた。
サラに抱きしめられ、少し元気になったルーシッドは小さく手を振りながら急ぎ足で試験会場に向かった。サラはルーシッドの後ろ姿が見えなくなるまで手を振り続けていた。
自分にとってこの世でたった一人と言ってもいい親友のサラが学校で自分が入学するのを待っている、そう思うとルーシッドの心には灯がともった。先ほどの憂鬱さは嘘のように消えていた。
「あれがサリーの幼馴染だっていう、ルーシッドなの?」
「うん、そうよ。可愛いでしょ?」
サラの後ろで待っていた女生徒に対してサラが笑顔で答える。
「なんか…思ってたより普通というか何というか…」
「そうね。ずっと田舎の私の領地で暮らしてたから、人混みでちょっと緊張してるのかも…」
「大丈夫なの?だってあの子って、その…」
その女生徒は何かを言おうとして言いよどんだ。
「そうねぇ…ねぇ、私が決闘で負けるところって想像できる?」
「サリーが?いいえ、できないわ。サリーに勝てる人なんているの?」
サラの強さを身をもって知っているその女生徒は首を横に振った。
「…私ね、ルーシィに決闘で勝てたことが一度もないのよ」
「えっ…サリーが?一度も?」
「そうよ?ルーシィに魔法攻撃を当てれたことが一度もない。いえ、違うわね。魔法を発動させることができている時点でルーシィは手加減してくれてるわね。ルーシィがその気になれば、私は魔法を発動することすらできずに、ルーシィに攻撃されて勝負は一瞬で終わるでしょうね。それはもはや勝負にすらならない、ルーシィの一方的な蹂躙になるでしょうね」
そんなルーシィの圧倒的な強さを想像するだけで、サラは身震いして、顔が熱くなるのを感じた。
それは勝てない『悔しさ』とは違う。自分が絶対かなわない圧倒的な強者を前にした時の崇敬の念にも似た『興奮』だった。
「私は絶対にルーシィには勝てない、今後どんなに努力しても絶対に、もうそれはわかっている。だから私は決めたの。私は、世界で二番目でいい、せめてルーシィの次に強い人になろうって」
そう言ったサラは笑顔だった。そんなサラの言葉を聞いてサラに話しかけた女生徒は絶句するのだった。
「はぁ…」
自分が陰でそんなことを言われているとも知らずにルーシッドは机に向かい、ひたすらペンを走らせていた。
ディナカレア
魔法実技に特化している受験生たちの多くは頭を悩ませているようだった。実技に特化した生徒たちの中には、魔法を感覚だけで使ってしまい、知識や理論をあまり考えていない生徒たちも多いのだ。
ルーシッドは小さい頃に自分の魔力が他の人と違うということに気づいた。いや、気づかされたと言った方が正確だろう。ルーシッドはその特殊な魔力のせいで、他の人が普通にできる魔法が、ルーシッドは何一つ使えない。
それは彼女が他の人にできることができないというだけで、彼女が無能であるというわけではないのだが、そのせいでルーシッドは小さい頃からずっと「落ちこぼれ」のレッテルを貼られてきた。
彼女は少しでもその差を埋めようと一生懸命に勉学に励んだ。そのかいもあって、彼女は魔法に関係する知識や理論なら誰にも負けないという自信があった。
結局のところ、どんなに頭が良くなっても、魔法は使えないということに変わりはなく、一般的な点で「落ちこぼれ」であるという事実は変えられなかったのだが。
だから彼女のため息は難しくてお手上げだというため息ではなかった。
こんな簡単でつまらない問題を解かなければいけないのかという失望のため息だった。
かの有名なディナカレア
―まぁ、最後の問題だけはちょっとした時間潰しにはなったかな。後でサラで試してみよっと
テスト時間を大幅にあまらせてペンを置いたルーシッドは窓の外を見た。サラは今頃どうしてるかな、と思いをはせた。
そう、サラだけは自分を認めてくれた。最初こそ他の人と同様自分を見下し、ずいぶんと酷いことを言ってきたが、私が陰で積み重ねてきた努力について知った時、酷い態度をとってしまったことを許してほしいと、泣いて何度も何度も謝ってくれたのだ。その時のことは今でも覚えている。
それまでは、実の両親からも魔法が使えないせいで、同じ人間ではないような酷い扱いを受け、家に入ることも許されず物置小屋のようなところに追いやられて生活していたが、それ以降は、ウィンドギャザー家にお世話になることができた。
ウィンドギャザー家の人たちも本当に良い人たちで、実の子供、実の妹のように優しくしてくれている。それもこれも全て、サラがウィンドギャザー家に私の事を説明してくれたお陰だ。
なので、サラとは世界でたった一人のかけがえのない親友であり、命の恩人だ。だからサラを悲しませるようなことだけはしたくない、二度とサラを泣かせるようなことはしたくない、そう思うのだった。
ペーパーテストが終わり、受験生たちは次の試験に備えて控室で待機していた。ペーパーテストが思うように解けず、少し落ち込んでいる受験生や、次の実技で挽回してやると自分を奮い立たせている受験生など、みなそれぞれの心情で待っていた。
そんな中で一人隅の席で、うつむいてなるべく目立たないように座っているルーシッドがいた。先ほどサラとのやり取りを目撃されたこともあり、少し悪目立ちしてしまったので、なるべく静かにしていようと思ったのだ。
ルーシッドは昔から友達もいなく、家にこもって勉強していることが多かったので、あまり目立つのが好きではなかった。
「あなた…確かルーシッドと言ったかしら?」
突然声をかけられて、びくっとして見上げると、そこには一人の女生徒が腕組みをし立っていた。
10人に聞いたら10人が美人と答えるであろう整った顔立ちにほっそりとしたモデル体型。そしてなにより、綺麗な赤毛のツインテールが印象的であった。
しかし、目つきはきつく、自分の魔法力に対して絶対の自信を持っている、そんな印象を与えた。
「えっと…そうですが…何か?」
「あなた、サラ・ウィンドギャザーとはどういう関係?」
「あー…まぁ、古い友人…ですかね?」
「ふぅん…じゃああなたもかなりの実力者ってわけ?」
「いやぁ…どうでしょう…そういうわけでも…」
「はっきりしないわね…まぁいいわ、私はルビア・スカーレット、今回の入学者で総代になるのは私よ、あなたには負けないわ」
「あー…いや私は総代とかそんなの全然無理なので、どうぞ頑張ってください」
「何よ、張り合いがないわね!」
ルーシッドが気のない返事をしたので、ルビアは踵を返して自分の席に戻っていった。
ルビアが突っかかってきてくれたおかげで、その後には誰も話しかけてこなかった。
なので、ルーシッドはルビアに心の中で少しだけ感謝したのだった。
「受験生のみなさん、お待たせしました。それでは次は
いよいよである。自分の魔力の秘密についてみなが知ることとなる。この検査結果の判断次第では、自分はその時点でこの学院に入ることすらできないかも知れない。
さて、どう乗り切ったものか……。自分を期待して待ってくれているサラのことを考えると息苦しくなった。
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