風の刃と炎の拳

「こんにちは、死ね!」


 そんな言葉がとても似合う討伐チームの6名。それぞれが他のアクションゲーム上がりの玄人であり、生命転換ライフフォースを扱え出していることがその抜擢理由だ。そんな6人は2人組の3チームに分かれて、出てくる狼を一匹一匹殺しながら先の廃砦への道を進んでいた。


「ユージさん、籠手の調子はどうですか?」

「かなり良いな。馴染むし、力が籠めやすい」


 そういったユージは、炎を纏った拳を狼へと叩き込む。その一撃は確実に狼を仕留め、その体を焼いていた。


「……だめだ、まだ抑えが効かない。調整は難しいか」

「俺としてはもう掴みかけてるユージさんに嫉妬してるんですけどね」


 などと言いながら最初の予定エリアの探索を終える。

 狼の殲滅作戦の序盤は、ひどく緩やかなものになっていた。


 ■□■


 今回の作戦は、大きく3部隊に役割が分けられた。

 タクマと、新しくアカウントを作って参戦した乾裕司、HNユージの二人は現在6名である討伐部隊。

 ヒョウカの参加している、自身の生命転換ライフフォースの扱いを正確なものにするための訓練、連絡部隊。

 そして、ネトゲ慣れしていた9人のグループを中心にした情報収集部隊の3つだ。

 また、武器に関してはどのプレイヤーも参加していない周での最低ポイントである200ポイントは持っているため、上質な剣などの上質シリーズをロビーで物質化することができるので問題にはならなかった。新参のユージも200貰えていたのはうれしい誤算である。


 このポイントとは、毎回のゲームオーバーまでにどれほど世界に貢献したかを数値化したものという設定のモノで、アバターの追加カスタマイズや装備の物質化など様々な恩恵とポイントを交換できる。タクマが手に入れた念話発生能力はこのアバターカスタマイズによるものだ。


 今回ユージは200ポイントすべて使い、武器でなく100ポイントの上質な籠手と上質な具足の防具を物質化した。それはユージがインファイターであることが理由だ。VRの格ゲーで殴り合ってた身としては、剣や槍などはモーションアシストなしで扱えるほど達者ではないとのことだった。


 逆説的に言えば、それは格闘なら達人の動作のトレースであるモーションアシストを十全に扱えるとのことなのである。それにはタクマも驚いて、思わずVR剣道を勧めたほどだ。教習所では格闘をメインにしている人物は少ない故の衝動的勧誘である。当然断られたが。


 そんな訓練と戦闘で進んでいく初日ではあるが、当然イベントはある。


 それが、群狼による南門への襲撃だ。というか、それしか未来のイベント情報はないのだとも言えるのだが、それでも貴重な情報だ。南門の近くで訓練をしてるヒョウカがそれをうまく戦士団、騎士団に伝えて防衛線を作るとのことだ。


 だが、そのためには戦闘したという事を目撃する必要がある。だからこそ討伐部隊は廃砦周辺の探索をしているのだった。


 そうしていると、どこかの組が群れの発見の合図を送って来た。あいにくと外部の通話ツールなどは使用できないのでアナログな、大声という合図で。


「群れ発見! 3番組! 数はいっぱいですわ!」


 いっぱいというのは、前回の周で南門を襲った本隊と思わしき群れを見つけたという簡単な暗号だ。


 そこの数をあらかじめ潰しておけばかなり有利に立ち回れるし、遠くから見てる訓練組はこの声を聴いて報告をヒョウカに渡せる。騎士団が来れるかは不明だが、戦士団は間違いなく来るだろうというのが、作戦を立てた頭脳労働組の結論だった。


 それを基本方針に、討伐部隊初期組は3方向からの特攻を始めるのだった。


「1番組! 到着!」

「2番組、到着だ」

「待っていましたわ! それでは今のうちにこの狼たちをぶっ飛ばして差し上げましょう!」


 1番組はタクマとユージ、2番組はポイントで真っ先に眼鏡を買ったメガネストの短剣使いと、雰囲気がふわふわしている曲剣使いの少女。そして3番組は見事な縦ドリルのランス使いと、顔に傷のあるハルバード使いの男性だ。


 それぞれがそれぞれで癖のある、強者たちであった。


 それに対して、森から少し離れた平原で軍団のように集まっていた群狼は、一瞬固まったものの、どこか機械的に自分たちの命を使い始めた。


「一周目も二週目もいいところは明太子くんに取られてしまいましたからね! 、ここはこのプリンセス・ドリルが華々しくやって見せましょうか!」

「あまり叫ぶな! 長物2人でこれ以上の対処は面倒だぞ!」


 3組目のコンビが中央で会話しながらとは思えない安全で堅実な連携で数を引き受けているうちに、残りがなるべく力を出さず、狼の群れを静かに殺していく。


 そしてその4人はどれも一流の使い手であり、狼の群れに狙われても即座に退避する判断力を持っている。そして、その一人狙いで空いた隙に3番組の2人が攻めに転じる。


 特に決めたわけでもないチームワークが、そこにはあった。


 だが、敵を侮ってはいない。

 戦っている6人だからこそよくわかる。徐々に体が頑丈になっていくことを。徐々にスピードが速くなっていくことを、徐々に力が強くなっていくことを。


 これは、最初に勝たせることで甘い蜜を吸わせ、全力を出させない非情の特性であるのだと心で理解させられた。


「……これ以上は無理ですわ! 撤退戦に切り替えます!」

「了解です! 予定通り殿は俺たち1番組が! 皆さんはロビーに!」


 そう言って、今まで本当に日常レベルでしか使っていなかった生命転換ライフフォースを戦闘用の出力へと変えるタクマとユージ。といっても熟練の騎士たちと比べるとお粗末なもので、100の力のうち50刻みで調整をしているようなものだったが、狼たちの脅威として二人が映ることには成功したようだった。


 そして、2組が逃げるために戦いを始める。ユージとタクマは付かず離れずの距離で1人と1人で戦いを始めた。それもそうである。なぜなら。


 この二人は現実での人狼との決死の戦いの結果、生命転換ライフフォースのステージを無意識に次へと進めてしまったのだから。


「風よ!」

「炎よ!」


 そんな、イメージを補強するような叫びと共に、タクマの剣には風が、その切れ味を高めるための見えない刃として形成され、ユージの籠手と具足には、命を輝かせるような炎が現れていた。


「らぁ!」


 ユージが、狼3匹の同時攻撃をその籠手で払う。その接触は十分な火傷を狼に与えて戦闘不能にし、続いてはなった蹴りにより一匹の狼の胴が焼き切れる。


 そのあっけなさに隙を晒したユージは、しかしその隙をつく狼が皆殺しにされていることで一息ついた。


 その原因は、タクマの風の刃。これまでは体格の関係上魔獣を殺す剣技には全力の力を籠めなければならなかった。そうしなければ十分な打撃力が得られなかったからだ。しかし、風の刃により切れ味を手に入れたことで、人間を相手にするときのように小技で命を絶つことができるようになったのだ。


 それがどういう事なのかは、タクマの周りに残っている狼を見ればわかる。


 最速の跳びつきに酔ってタクマを殺そうとした狼は、最小限の動きで回避されながら撫でるように首を落とされた。

 集団での同時包囲攻撃を行った狼は、その一匹の頭を踏みつけた跳躍により上を取られ、体の合った位置に天地逆転で振るわれた剣によってまとめて体を切り落とされ、一匹ずつ丁寧に首を落とされた。


 そして、周囲の遺体を自らのものに変えた個体はその分身でタクマを殺そうとしたが、剣に大した力を込めていないタクマは悠々と回避行動に出られた。


 そして、その横っ腹を炎の拳が貫いた。まさしく高火力の一撃だ。


 だが、ここまでだ。全開の半分とはいえ、命の放出には当然疲労が付きまとう。これまでチームワークや生命転換ライフフォースにて大きく数を減らせはしたが、それは敵を強化することに繋がり、その強化された狼がまだ見える範囲に200、遠吠えの数を考えるとそれ以上のバカみたいな数の狼が控えていることになる。


 なので、現状の最上位戦力である討伐部隊には、可能ならばデスペナルティを回避することという命令が出されている。


 そしてそれは、これから果たされる。


「タクマ! 風!」

「細切れで死なないでくださいね! 風よ、荒れ狂え!」

「わかってるよ! 辛いのをありったけくらえ!」


 タクマとユージが中に放ったのは、香辛料の袋。微妙に安価なポイントで物質化することができたそれはタクマの放った、コントロールを放棄した風に乗って周囲に散らばり、タクマ達ごとその視覚、嗅覚、味覚へダメージを与えた。


「「転送:ロビー!」」


 そしてその戦場のど真ん中の安全地帯(ある意味危険地帯)の中心にて、二人はメニューウィンドウを思考操作で開き、音声認証でコマンドを送った。


 それから30秒、二人の体は完全に静止するが、その隙を突ける狼は現状いなかった。警戒と、単純に近づくと無駄なダメージを負うからである。


 そして、転送準備時間が終了したことで二人の姿は光に消えた。


 討伐部隊の殿2人は、限りなく死に近い状況からまんまと逃げ延びたのであった。



 そして、ロビーにて10分ほど痛みにのたうち回る二人がロビーに新たにログインしてきたプレイヤーたちに目撃されるのであった。

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