リーダーになりたくない人々
辛さで悶絶していたタクマとユージの二人は、唯一の転移可能ポイントである噴水前へと赴いた。
転移時の本当に世界を超えているかのようなエフェクトはプレイヤー間では賛否両論である。美しいし、気分もあるからだ。しかし、微妙に酔いそうになる人もいるのだ。
そうしてワールドに来ると、やはり騒々しい。
防衛線ができているのかきちんと市民の避難はできているようだが、遠くから聞こえる声から押し込まれていることがわかる。
「そこまで回復はしてないですけど、行きますね」
「俺もだ。一撃で殺せはしなくても、騎士たちのカバーくらいはできるだろう。
そう話して南門に走り出した二人は、次第に信じがたいものを見るようになった。
一人の騎士は、中に浮かべた多くの剣を自在に操って狼を貫いていた。
一人の騎士は、自身の周囲から全てを焼き尽くすような雷を放って狼を仕留めていた。
そして多くの騎士は、背中に目があるかのように完璧な連携をとって危なげなく狼を殺していた。
これが、騎士団。数はそう多くないために現在は押し込まれているが、一人一人がすさまじく強く、そして連携に長け、なによりその身の異能を違うスケールで使いこなしている。
戦士団と
まさしく、戦場の華であった。
そして旗色が悪いと判断した狼たちは最後の攻撃隊を残して撤退、《群狼シリウス》と名乗りを上げる前に初日の防衛線は終了した。
「出るとこなかったですね」
「仕方がなかったとはいえ、あれだけのたうち回っていればか」
「あら、デスペナルティもう明けたんですの?」
「いや、死んでいないだけだ」
「めっちゃ頑張りましたから」
「おのれ明太子くん! またしても良い絵を私から奪いましたわね! うらやましいですわ!」
そんなことをタクマに話しかけてくるのは3番組のプリンセス・ドリルだった。奪ったなどと人聞きの悪いことを言っているが、その言葉の中に悪意はかけらもない。
金髪縦ロールの美少女という古典的お嬢様スタイルを纏うだけの風格が、そこにはあった。服装はまだ初期装備のままの貧相なものだったが。
「ところで良い絵とは?」
「私趣味で動画投稿をやっていますの。こんなに奇妙なゲーム広めないのはもったいないですから」
「あ、それなら今から面白いものが見れると思うんで撮ってて下さいな」
「タクマ?」
そう言ってすぐに、曲剣を構えて剣気を飛ばしてくる討伐部隊のふわふわした雰囲気だった少女が一同の前に現れる。水色の短髪に眠そうな顔、タクマと同程度の伸長の曲剣の少女だ。
そこでタクマも同じく前に出て、互いに一礼。そしてどちらともなく剣を抜いた。
「いざ尋常に?」
「勝負」
そんな唐突に始まる野試合。
じりじりとすり足で近づく二人の構えには、明かな隙があった。タクマは右に抱えた脇構え。少女は無手の左手を前に出した自然体の構え。ある程度の実力者ならばその隙を突いた構えをするだろう。しかしお互いは構えを変えることはしなかった。
なぜならその隙は誘いの隙。どんな構えでも必ずできてしまう構えの弱点を前面に出すことで相手を動かし先の先を取る戦術だったからだ。
そして、互いに様子見が終わったところで、互いの一足での間合いに入る。タクマの剣は長剣の分類であるために自身だけの距離に合わせることは不可能ではないが、それをしなかった。
否、できなかった。するりと意識の隙を突くような少女の半歩によって入られたのだ。明らかに達人の技巧。面白くなりそうだと思ったところで
「何をやっているお前ら!」
というひどくまっとうな声に「あ、やべ」とどちらともなく呟いた。
この剣の世界を日常に戻したのは、タクマが前の周で助けられ共に殺された新人騎士のアルフォンスだった。
ついVR剣道での常識で動いた二人は、互いに剣を収めて礼をして、アルフォンスからの説教に応じるのだった。
「どうしてこんな時に殺し合いなど始めた!」
「「誘われたので」」
「それで乗るなお互いに!」
そうして人としての道理を説かれる二人は、説教の後に「いずれまた」と言葉を交わして互いの仲間の元へと戻っていった。
「すいません、止められました」
「いえ、とても見事な立ち合いでしたわ。しかし一本取られたのでは?」
「恥ずかしながら」
「お前ら格ゲーをやったらそこそこ行けるんじゃないか?」
「モーションアシストが邪魔なんですよね、自分の技が邪魔されますし、個人的に気持ち悪いですから」
「そういう悩みもあるのか」
そして、ドリルもコンビである傷の男の元に戻り、訓練部隊へと合流する。
そこには、そこそこの数の使えるようになった者と、多くの未だ第0形態のアバターの者がいた。
「ヒョウカ、順調か?」
「元からそこそこできていた人ははすぐに扱え始めたわ。けれどほとんどプレイヤーの習得が思わしくないの。特に今の周から始めた人達ね」
「お前はどうなんだよ」
「私はもう完璧にコントロールできているわ。ほら」
そういってヒョウカは、右手の指一本にだけ命を集中させて見せた。すると目の前にいるヒョウカの印象がつかめなくなる。ダイナ師匠やアルフォンスの使っている顔隠しはこういう原理だったのか、とタクマは思い。なんでこんな短期間でそれを身に着けられるんだこの女はと周囲の一同は思った。
しかし、それも当然と言えば当然なのだ。牧野達の理論から言えば、氷華は数多くの命がけの試練を乗り越えた凄まじき生者だ。その魂は元から強く、そしてさらに強化されてきたのだ。生きるという単純明快な一つの目的のために。そんな魂が強く、身近な人間が魂の扱いに苦労するわけはないのである。
「で、これからどうするんだ?」
「ここからはノープランね。情報収集してる人たちが何かいいことを聞いてくれるといいのだけど」
そうして、命の使い過ぎで全力を出せないタクマとユージは訓練部隊に教導役として参加し、タクマの“命の危機を感じさせることで魂を呼び起こす作戦”でかなりの数のプレイヤーは
これで、討伐部隊の戦力は30名を超えた。この国の人口を考えると、一角の戦力部隊としてみなされるだろう。そうタクマは考えており、どうにかしてこの張りぼてを実戦に耐えうる部隊に押し上げるのかを考えているのがヒョウカであった。
そんな時に、情報部隊のプレイヤーと思わしき人物が走ってここまでやってきた。
「皆さん! 勝機が見えたっすよ!」
そう、大声で叫びながら。
■□■
彼、足軽太郎さんのいう事には、群狼、人狼シリウスについて聞いて回っていたところ、かつてそれがこの国を襲ったことがあると言う老人が居たのだとか。そして話を聞くと、その特徴は情報にあるそれと一致した。
そして、その時の対処法も。
だがしかし、それはあからさまに無理だと言えるものであった。
「いや、当時の王様が塵一つ残さないように光の剣で人狼を消し飛ばしたって」
「……細胞一つあればよみがえる人造生物なの?」
『いえ、信憑性は高いかと』
そう言ったのは、タクマの中で体調の変化がないかずっと見張っていたメディだった。それは体調のモニタリングに使っていたタスクが終わったという事であり、タクマに大事がないことにユージとヒョウカはほっとした。
『かつてシリウスと戦った時、どちらも死体が変化したモヤに触れることで強化、いえ進化を果たしました。故にその進化そのものを潰してしまえるのならどうとでもなるかと』
「つっても爆弾もガソリンもないんだぞ? どうやって消し飛ばすなんて真似をするんだよ」
「その話が真実ならば、可能なやつを貸そう。稀人達よ」
そう、声だけが聞こえて。周囲を見渡すが声の主は見えない。
「君たちを完全に信用したわけではないのでな、こうして話させてもらう。伝令の、その老人の居場所を教えてくれ」
「あ、はい。まだ酒場にいると思います。“荒野の西風亭”だったかな?」
「感謝する。真実であったならば報酬は支払おう。君ら稀人のリーダーはそちらの少女でいいのか?」
「「「……あ」」」
こんな時に発生するリーダー問題。当然ながら彼らはネトゲの手探り感でなんとなく協力しているだけなので、リーダーなどは存在しない。そして、そんな面倒な役をやりたがる者もいない。
なにせこの世界はだいたいの人間にとってただのゲームなのだ。そしてこのゲームがただのゲームでないことを知っている3人は誰もリーダー向きの性質をしていない。そのことを個人として理解している。
そうして始まる作戦タイム。という名の責任の押し付け合い。
「私、リーダーはタクマくんがいいと思うの。何せ有名人だからね」
「それを言うならお前もだろ? 訓練部隊リーダーさん。下地は十分にあると思うんだがな」
「せれに同意する。俺やタクマでは皆の信を得られん」
「何言ってるの、私がリーダーになったらこのゲーム崩壊するわよ」
「自虐はやめろ前科者。だけど確かに性格面について考えるのは同意だ。倫理破綻者の剣狂いと論理が跳躍する変態より人格者のユージさんがふさわしいと思うんだけどな!」
「貴様ら謀ったか! それならば!」
「ログアウトなどさせるものかよ!」
「あら、仲良しね二人とも」
「それは貴様もだ! ログアウトなどさせん!」
そうしてわーわー叫びあいながら言い合いをしていると、覇気と思わしき威圧をもって一人の女性が堂々とした足取りでやってくる。
「見苦しいですわ! ならば暫定リーダーをこの“プリンセス・ドリル”が行いましょう!」
と、鶴の一声があったので、3人の争いは終了した。
3人はその時、ドリルが黄金に輝いて見えたという。
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