乾裕司と病室で
そうして仲間になった裕司さんと連絡先を交換。そして失った体力を戻すために何はともあれ休憩である。
次の周が始まるのは今日の18時から。世界のリセットに随分と時間がかかるようだ。と琢磨は思う。ワールドの時間を戻すだけならむしろ今回はたった3時間でのゲームオーバーなのだからパパっと戻りそうなものなのだが、どういう基準で世界のリセットとは起きているのだろうか。
もっとも、それは単純に次の周の開幕から参加できるプレイヤーを多くするためではないかとも考えられる程度の、些末な疑問であるのだが。
「でさ、お前あの御影ってのと付き合ってるのか?」
「暇だからって下世話な話をしないでください」
「気になるんだよ悪かったな」
ベッドで寝転がりながらぐだぐだとした雰囲気で話す二人。裕司も健全な高校生であるからして、色恋には多少の興味はあるのだ。
もっとも、琢磨と氷華の関係を単純な恋愛関係として見ることができなかったというのが裕司の中にはあるのだが。
「なんというか、個人的な理由で利用しあっている仲ですよ」
「へぇ、どんなだ?」
「氷華は、現状の医療制度の抜け穴を突くために、俺は自己満足のためにですかね?」
「中坊らしい単語が聞こえねぇ関係だなオイ」
「いいじゃないですか。特に悪さはまだしてないんですから」
「なんでまだって付けたよ」
「いや、氷華ってかなりダーティですから」
「俺としてはお前も大概なんだがな」
そんなとりとめのない会話をしていると、不意に病室のドアがあいた。
やってきたのは琢磨の義父、凪人である。
「……変わりはないようだな、琢磨」
「うん、五体満足だよ。まぁ、疲れてこの様なんだけど」
「そちらの乾さんも、大事無くて何よりです」
「あ、はい。ありがとうございます先生」
「んで親父、何しに来たの?」
「休憩ついでにバカ息子が寝ているかを見に来ただけだ。コーヒーくらいならくれてやる」
「ありがとう、親父」
「礼などいらん。だから早く治れ。病院のベッドは無限ではないのだ」
「わかってるよ。実質ただの疲労みたいなもんだし」
そうして、凪人は琢磨と裕司にペットボトルのコーヒーと、携帯用のウェットティッシュ、そしてARの漫画本セットなどをしれっとした顔で渡して来た。コーヒーくらいとは何だったのかと初めて凪人に会う裕司は思い、安定のツンデレで空回りしてるなと琢磨は思う。
つまりは、凪人はもうある程度落ち着いているのだ。息子たちの無事な姿を見ることができて。扉を開ける前までは想定できる様々な疾患に対してのシミュレートを脳内でしていたのだけれども。
「では、今日は寝てろ琢磨。乾さんもお大事になさってください。何分前例のないものが原因ですので、違和感があるのならお早く報告を」
「あ、はい」
そうして表面上はさっそうと去っていく凪人。しかし足取りは重く、琢磨のことをやはり心配しているのだと初対面の裕司でもわかった。
「いい親父さんだな」
「世界最高の親父ですよ。そこは絶対譲らないですからね」
そうして、二人は渡された漫画を適当に取っていく。琢磨は少年誌に載っていた剣客漫画を、裕司は格闘技漫画の皮を被った漫画をそれぞれ自然に手に取った。
「そういや裕司さんって格ゲータイプのゲームの経験者なんですか?」
「ああ。普通にVRファイターズⅣやってた。早くLinker対応のⅣLinkが出てほしいもんだよ。琢磨は《Echo World》の前は何やってたんだ?」
「ちょっと剣道を」
「おまえ修羅の民かよ」
剣道や教習所、あるいは殺人教習所と呼ばれるVRゲーム、その名をVR剣道。文化を廃れさせないために作り出された教育ソフトのはずであるのだが、そのオンライン対戦モードに究極の技術の無駄遣いともいえる悪ふざけが仕込まれていた。それが、
武器は竹刀からふざけて詰め込まれたあらゆる武器(若干のカスタマイズ可能)へと変わり、防具の有無も選べるようになり、痛みが妙に生々しくなり、そして勝利条件が死んだら負けになる狂気のゲームに変貌するのだ。
尚、それは実際に人を殺せる技術であるために殺人教習所などと呼ばれているが、リリースから10年近く経っている今のところでも犯罪者は出ていない。なにせこのゲームは一方的な虐殺ではなく殺し合いがメインになっているので無抵抗の奴を殺してもそそらないという一周回った理由である。
逆に無双系のゲームのように暴れようとする若者を傘でするりと無力化した一般プレイヤーがいることから、モラルは高いゲームだと一般的に思われている節はある。そんなことは全くないとプレイしたことのある人間なら皆言うのだが。
そんなゲームに今もはまっている者を、修羅の民と呼ぶ裕司は割と普通人の精神構造である。
「まぁ精神汚染されるような話は置いておいて、これから俺も《Echo World》始めるわけなんだが何かした方がいいこととかあるか?」
「まだ全部手探りなんで何も言えないですね。ただ殺すってだけだと前の俺見たくゲームオーバーへのフラグを踏みぬくことになりますから」
「……頭使う系のゲームはそんなに得意じゃないんだけどな」
「大丈夫ですよ。そういうのは氷華が得意なんで」
「それは心強いな。あの子見るからに頭よさそうだし」
「暇なときはずっと脱出ゲームか勉強してたらしいですから」
「……そういや、あの子が御影氷華なんだな」
「そうですね、裕司さんのお姉さんの患者さんです。もう少し先で最後の手術があるんで、それが終わって何もなければ本当に“確率を超えた女”になりますね」
「漫画みたいな話だよな、帝大付属のMrs.ダイハードって」
そう、御影氷華という少女はもうすぐ最後の手術を受ける。彼女の最初に受けた手術は5歳の時。その時から現在の9年間で12回の大手術を受けている。しかもその成功率は軒並み低く、成功率から考えると現在の生存率はとっくの昔に1/30万を下回っている。統計学的にはとっくに確率は0とみなせるものだ。
しかし、それでも御影氷華は生き抜いた。手に入れた最新医療の治験を受ける権利と、その命に対する強い努力によって。
それが、Mrs.ダイハードの由来である。
「まぁ当然にお姉さんをはじめとした皆さんの助けがあってのことですけどね」
「薄っぺらい言葉だなオイ」
「薄っぺらい生き方してますので」
「……いいのか? コレ」
そんな会話をだらだらと続けていると次第にどちらともなく眠くなり、アラームによって時間前に起こされた。
「じゃあ初めての《Echo World》ですけど覚悟はいいですか?」
「とっくにできてるよ。俺は、後悔なんてしてやるか!」
その言葉と共に、2人はゲームへとログインした。
■□■
「あ、明太子だ」
「フラグ踏むだけで巻き込みゲームオーバーとか怖いよなこのゲーム」
「そこがいいんじゃない」
「よかねぇよこれMMOだぞ」
などと周囲の声が聞こえるロビー。そこでは掲示板に作戦の最終確認をしていたヒョウカたち“頭脳労働を率先してやる組”が先にいた。結構頑張って話を詰めているようだ。
とはいえ、琢磨と裕司の役目はもう決まっているので何も問題はない。戦闘役だ。だが、人狼と戦う前に全ての狼を殺さないとならないのはかなり難しいものがある。やはりいかにして効率よく雑魚を殺すかといった戦略的な考えがこのゲームでは重要なのだ。
「そこで、何人かに気合で第一アバターになってもらって街での狼対策を聞いて回って欲しいわ。狼がよく喰いつく毒の餌とかあれば最高なんだけど、そうじゃなくても群狼シリウスについての情報はどこかにあるはずよ。じゃないとタクマ君が地雷を踏めた意味が分からないもの」
「なら僕らが行こう。明太子くんの動画を見て、たぶんできるって思ったから。2度も死ねば感覚はつかめるって事なのかな?」
そういうのは黄色い髪の好青年。明るい印象は陽の者を思わせるが、自分の中の何かが彼を油断ならない人物だと警告している。そう琢磨は思った。
「それじゃあ頼むわねマスタードさん」
「マスターをつけてほしいかな、Mrs.ダイハード」
それが合図となったのか、「ワールド解放完了です! 皆様どうぞ謎解きと冒険を!」と声が響く。運営AIの声だった。だが、ここにいるプレイヤー皆は思う。
「バッドエンドでもうネタは割れてんだよ!」と。それはミステリー系ゲームの周回プレイがなかなか楽しめない原因でもあった。
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