騎士アルフォンスの《ゲート》

 道中ことあるごとに寄り道をしたがるダイナに、タクマが「なんでついてきたんですか」とまで辛辣にツッコみ始めたころ、タクマ達はようやくこの町の南門へとだどりついた。まっすぐで進んだときに比べて倍近くの時間がかかりながら。


「じゃあ、日常での気の抜き方はこんなもんだ。慣れたろ?」

「はい。まさかこんなやり方で教えられるとは思いませんでしたけど」


 ただし、その間のボケはすべてタクマの張りつめた気を適度に抜かせるためのものだったのだそうだ。おかげでタクマは多少の意識をすれば無理のない程度の魂で第一アバターの維持を可能にしていた。


「じゃ、俺はここまでだ。あと、戦いの中での配分は勝手が違うだろうからお前自身の勘に任せるといいぜ」

「内容には文句ありますけれど、的確なものでした。押しかけ弟子にここまでのご指導、ありがとうございました」

「構わねぇよ。俺は好きでやってるんだからな」


 そう語るダイナの口には、さしたる嘘もなかった。好きでやっているというのは本当なのだろう。タクマにとってはそれが本当にありがたく、良き師に巡り合えたことを感謝した。


「ところでダイナ師匠、のってなにか理由があるんですか?」


 しかし、疑問はあるにはあるのだ。顔がそこにあることはタクマは認識できる。しかしそれがどんな顔なのか全く認識できないのだ。

 たったの一合だが剣を合わせその心に触れたタクマはこの中年が高潔なものを胸に秘めていることは理解しているのだが、だからこそ何かの問題に巻き込まれているのなら助けになりたいと思っているのだ。

 仮面の作った善人の価値観からの心のない心の動きだったが。


「何、大した理由じゃねえよ。顔を合わせ辛い奴がいるってだけさ」


 そんな心配を無視して、ダイナは嘘とも本当ともつかない言葉を紡ぐ。


 そうしてダイナと別れたタクマは門番たちに挨拶をして外に出ようとして、

 ダイナと同じように顔の見えにくい青年に「待ってくれ!」と止められた。


「すいません、何かしたでしょうか?」


 そう疑問に思うタクマは、しかし騎士のあんまりな真剣さに足を止めていた。


「今南側は危ない、君のような少年は前に出ないでくれ」

「すみません、約束があるので」

「……約束とは?」

「南にある廃砦の様子を見てくるように頼まれたんです。これでも腕は立つ方ですから」

「なら、少し待っていてくれ。副団長に話をしてくる。それで問題がなければ、私も同行しよう」

「……随分な厚遇ですね」

「当然だ、騎士とは人々を守るためにあるのだ。新人とはいえ私がそれを体現しないわけにはいかないだろう」


 その言葉には、義務感以上に憧れがあった。そして憧れを実現させようと立つ熱さが彼にはあった。なら、とりあえず信じて良いだろう。


 そう思い許可を出したタクマだったが、その予想は裏切られた。当然である。子供を危険なところに進んで送りたがる大人など普通はいないのだ。一見ただの子供にしか見えないタクマは、そこで躓いた。


 だが、まぁやらないわけにはいかない。この剣の恩はそれほど大きいとタクマは認識しているのだから。彼は破綻者ではあるが、外道ではないのだ。


 だから、騎士を歩法すり抜けて全速力で走り出した。


 当然タクマは追いかけられるが、自分は軽装で騎士たちは軽鎧を装備している。ウェイトが違うのだから抜き切れるとタクマは思っていた。


 しかし、タクマは逃げきれはしなかった。

 先ほどの新人騎士の根性を見誤っていたという、ひどく単純な理由と


 狼が森の道にて待ち構えていたという外的な理由からだ。


「騎士さん!」

「背中は任せろ!」


 即座に共闘体制に入る2人、なにせ狼は10匹以上、しかも森林を利用してこちらを包囲している。このことにタクマも騎士も今まで気づかなかったのは、ひとえにどちらも全力で走っていたからだ。もっとも、その知覚距離は普通の戦士からしてみれば十分なものだったが。


 気づかれた狼たちはタクマ達への奇襲が不可能だと悟り、大きく遠吠えを上げた。

 そして、二人に襲い掛かってきた。


 通常の騎士ならば、ここで逃げるための戦いを行うだろう。なにせ命を懸ける理由がない。調子にのった子供が森で狼に殺されただけだ。

 通常のプレイヤーならば、ここでは逃げるための行動を起こすだろう。何せ命を懸ける理由がない。自分より強いだろうNPCの命を守るために戦う理由はどこにもないからだ。


 しかし、この二人は全く普通じゃなかった。新人騎士は、ここまで統率された狼の群れの裏を直感で感じ取り、国を、大切な人たちを守るためにはこの群れをここで殺す義務があると確信した。タクマは、これがゲームオーバーに繋がるものだと体感しているから、これがあるかもしれない次の現実の戦いへの訓練になるかもしれないから、そういった理由で包んだ、ただ殺しに来た奴は殺し返すという鬼子の流儀で動いた。


 目的に大きな差はあるが、ここで二人の敵は一致した。

 すると不思議なことに互いがどう動くかがよくわかる。騎士が前に出ればその横を狙う狼が来るのでそれをタクマが殺し、その隙を狙った狼が物陰からやってくるのでそれを騎士が切る。その連携の隙の無さに怯んだときには2人はともに攻め、それに慣れて策を練って殺しに来た時には互いに背中を預けて守り、反撃で狼を殺した。


 人格に大きな差はあるが、こと戦闘においてこの二人の潜在的な相性は良好だった。


『嫉妬してしましそうですね』と内心呟くメディ。

『それはない。俺の相棒はお前だけだし、そもそもAIメディに感情はないってことになってるんだろ?』とタクマは内心で言う。

『それもそうでした』とメディはと思い直す。


 そんな無駄話ができる程度には、もう状況は終わっていた。


 時間にしてわずか5分。それだけでこの二人は狼の一つの群れを壊滅させていた。


「……これ、騎士さんは知ってました?」

「狼が居るということまでだな。まさか魔物の類だったとは……」


 そうして頭を悩ませていたその時、城門のほうから狼の遠吠えが響く。木々の間から覗いて確認できる数は無数。最低でも何百という単位でのものだろう。


 そんな大群が城門を襲っていた。


「こんな数、どのようにして隠れていたのだ!」


 そう言って即座に街に戻ろうとする騎士。しかしそこに高速でやってきた影があった。


 それに反応して、しかし「頼りになる子供だ」と呟いて騎士は防御より反撃のために力を込めた。


 そしてその影を、人狼の爪をタクマは剣で弾き、返す刀で胴への斬撃を放った。


 しかし人狼はそれを類まれなる反射神経により回避し、続く騎士の斬撃も軽業のように避けてしまった。


 面倒な類だと、2人の思考は一致した。


「騎士さん、コイツ先に殺しません?」

「同感だ。狼という共通点もある。十中八九敵の親玉に近いモノだろう。行くぞ少年」

「明太子タクマです」

「なら、私はアルフォンスだ!」


 そう叫んでアルフォンスは人狼に切りかかる。その判断に乗じる形でタクマは殺気をゼロにして背後へと回る。アルフォンスの果敢な攻めと、タクマの陰湿な攻めは幾度となく人狼に致命傷を与えかけた。膝を切り裂いてからの一撃、大技を受け止めさせてからの背後からの刺突、どちらを防いでもどちらかかが当たる2刀のコンビネーション。


 そのすべてを、常に想定より上昇していく身体能力にて防ぎきっていた。


 そして、ある程度まで上昇した戦闘力を前にして2人は攻め手を止めるわけにはいかなくなった。

 攻め続けなくては、相手に攻めさせてしまえば殺される。そんな確信が芽生えたからだ。


 しかし、タクマの隠形にも慣れ、アルフォンスの剛撃にも慣れた人狼は、両の爪に生命転換ライフフォースを展開しての一撃を放った。


 瞬間、回避せざるを得なくなる2人。そしてどこかから赤黒いモヤを受け取り体を変質させる人狼。そいつを見ていると自然とこんな名前が浮かんだ《人狼シリウス》と。


「名乗り! 大魔か!」

「なんだそれ!」

「強い奴だと思っておけ!」


 その力の凄まじさに今まで抑えていた生命転換ライフフォースを全開にする2人。ありったけの力でないと抵抗することすらできないのだから当然だった。


 そして、二人は気付く。タクマは、アルフォンスには隠し玉があると。アルフォンスには、タクマにはあの人狼を一時単独で足止めし得る力があると。


 そして一瞬目を合わせ、アルフォンスは己の内側に、タクマはすべてを出し切るつもりでそれぞれの敵と向かい合った。


 タクマと人狼の交錯は一瞬だった。タクマが選んだのは刺突。最も速く鋭く狼に手傷を与える選択。対して人狼は左の爪を同時多連爪撃。その範囲は広く、どこに回避しようとも、どう防御しようともその一撃はタクマを殺すだろう。


 だが、そんなことはそもそも真面目にぶつかる気のなかったタクマには関係のないことであった。


 最後の一歩を“縮地”にて加速し、小柄な体を生かして人狼の股を潜り、背後から人狼の右足に向けて刺突を放った。その一撃は人狼の反射神経によって見切られ、回避され足から生み出した分身の噛みつきによりタクマは傷を負うが……その瞬間、アルフォンスが己の門を開放しできた。


■■■■ゲート、オープン!」


 その叫びとともに展開された半透明の門がアルフォンスの前に現れ、アルフォンスはそれをくぐった。


 すると、門をくぐった先でアルフォンスは変身していた。蒼炎を思わせる全身鎧を纏った騎士に。


 そしてアルフォンスは一歩で人狼までの距離を詰め、光を纏った一太刀でその両の爪を両断し、逃げようとした人狼の体を、切り上げにて両断した。


 輝く命の光がとても幻想的であり、まるで物語の騎士を見ているかのようだとタクマは思った。そして、『これはゲームですよ?』とメディに心の中で突っ込まれた。風情のないAIである。


 飛んでいく血霧は木々に隠れたどこかに消え、復活する気配はもう存在しない。戦いは終わったように2人には思えた。


 そして、鎧がほどけるように光に消えた先でアルフォンスは膝をついた。あの命を燃やす鎧は、それほどのものだったのだろうとタクマは確信し、「お互いボロボロですね」と地面に寝転がりながら声をかけた。


「なんというか、私一人でなくてよかったよ。一人ならゲートを開く前に食い殺されていただろうからね」


 そういっているアルフォンスも体力が尽き果てたのか、地面に寝転がっていた。


 そうして互いに互いの生存報告をたまにしながら休んでいると、不意に狼の声が響いた。


 そして二人が無理をして体を起こし城門のほうを見ると。


 そこには、狼に食い散らかされた騎士団と戦士団の姿があった。


 そして、こちらに人狼以上のスピードで走ってくる一匹の狼の存在もまた見えた。


 その狼を見ると、その体からは人狼だったものの頭が生えていた。


「殺す!」と叫んでいるような声の人狼が、まともに動けないタクマたちを食い殺した。抵抗はしたが、無意味に嬲られるだけだった。そしてタクマは《Echo World》での2度目の死を迎えたのだった。





 そしてリザルト会場での話し合いの結果、シリウスは仲間が死ねば死ぬほど強くなる群体であり、先に人狼を殺してしまったが故にあの周の騎士団は1度目の襲撃にて壊滅し、そのままなだれ込んだ奴らに街や人々を破壊され、城に攻め込まれてゲームオーバーに至ったのだという結論に至った。

 初見殺しがすぎないかこのゲームと呆れたのがワールド内にいた連中で、「ざけんな明太子手前!」となったのがこのワールドの再プレイをしようとしていた、またはまだロビーにいた人々だった。


 ごめんなさいとタクマが素直に謝ったことと、リプレイ見たら別に悪いことはしてないじゃんという声が多少(ヒョウカによって)生まれたのでこの話は収まった。が、しばらくは目の敵にされるだろうなとタクマは思っている。


 それが、2周目での結果だった。


 ■□■


 そう、病室にて裕司と刑事2人に語った琢磨。その言葉に栗本は呆れ、足柄は何故か笑いを堪え、そして裕司は「シリウス……」という言葉にしきりに引っかかっていた。


 そして裕司は思い出す。自分の助けようとしたあの人が、残していた言葉について。



「刑事さん、俺と一緒にいた人、《Echo World》のプレイヤーかもしれません。あの人狼を見て、確かに“人狼シリウス”と言ってました!」


 裕司のそんな言葉がきっかけとなり、作られたモンタージュと推定被害者リストの人物を比較することになった。そして、2度も巻き込まれたタクマの端末には通信障害が発生する直前の位置情報を警察に送るアプリが、あくまで同意のうえで与えられた。


「まぁ、信じがたいことだがそのゲームがこの件にかかわってるのは間違いなさそうだ。だが、そっちの方面を警察でも調べてはみるがあまり期待するな。捜査を始めた仲間がまだ製作者の足取りすら掴めちゃいねぇ。だから、自分の安全を最大限に確保したうえでなら、ゲームに関わって調べるのを黙認する。どうにも手段を選んでると人死にがもっと出そうなもんでな」

「けど、許されるのはゲームをすることまでだからね! 危ないことは絶対にしないこと!」


 その言葉を残して二人は去っていった。ほかの入院している目撃者たちの話を聞くことになっているようだった。





 それから数分裕司は迷って、それでも決めて琢磨に話を持ち掛けた。


「なぁ、風見。頼みがある」

「……なんですか? 裕司さん」

「俺は、あの人が光になる様が忘れられない。あんな風に人が消えるのをもう見たくない。だから、《Echo World》を調べたいと思ってる。協力してくれないか?」


 そんな、自ら非日常に飛び込んでいくような話を。


「それは「もう答えは決まってるわよ乾さん」……氷華?」


 そしてそれを、散歩がてらの見舞いに来た氷華と、付き添っていた茜さんが認めた。


「姉貴……」

「裕司、あんた、またバカやったわね」

「けど、俺は!」

「わかってるから、ちゃんと最後までバカをやりなさい。それがウチのあんたへの教育方針なんだから」


 そんな姉弟の心温まる会話を横目に、氷華はやってくる。


「つまり、仲間肉壁が一人増えたってことね」

「言い方やめような、マジで」


 なにはともあれ、この《Echo World》について調べる仲間が一人増えた。それは喜ぶべきなのだろう。けれどやはり裕司のそういう気持ちはうらやましいとも思う。


 そう、自分の中に確固たる覚悟がないことを自覚している琢磨は思った。




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