第11話 復学

「・・・・・・どうやら、まだ生きてるらしいな」


 もう見慣れた天井を見上げながら、シャーロットはポツリと呟いた。


 長く激痛に耐え続けた体は、酷く消耗しており、叫び続けた喉からは微かな血の香りがするのだった。


 どうやら痛みは引いてくれたようで、まずはその事実にホッと胸をなで下ろす。


 恐ろしいほどの痛みだった。まだ銃弾で胸を撃ち抜かれた時のほうが数倍マシだと思えるほどの激痛。気が狂わなかったのは、”早撃ちのビル”としての精神の痛みへの耐性故か、もしくはシャーロットの肉体が、思ったよりも強靱なのか・・・。


 そっと視線を横に向けると、ベッドの側に水差しが置いてあるのが見えた。


 喉がカラカラに乾いていたシャーロットは、重い腕を上げてそろりそろりと水差しに手を伸ばす。


「あっ・・・」


 疲労故か、力加減を間違えたシャーロット。陶器で出来た乳白色の水差しを机から誤って落としてしまう。


 ガシャンと、陶器の割れる鋭い音が部屋に鳴り響いた。


 高そうな陶器を割ってしまったという罪悪感よりも、これで水を飲めなくなってしまったという事実に顔をしかめてしまう。


 そんな時、部屋の外から慌ただしい足音が聞こえ、勢いよく部屋のドアが開かれた。


「大丈夫ですかお嬢さま!?」


 息を乱してやってきたのはメイドのリノ。普段のクールな装いはどこへやら、血相を変えてシャーロットのベッドまで駆け寄ってきた。


 シャーロットは、その様子に思わずクスリと笑うと弱々しい口調で返答した。


「やあ・・・リノちゃん、すまねえけど水持ってきてくんないかな? 喉がカラカラなんだ」


「・・・はい! すぐに!」


 慌てて部屋から飛びだしたリノの後ろ姿を見送りながら、シャーロットはまた静かに瞳を閉じるのだった。







 どうやら自分に掛かっている呪いは、自覚している以上にかなりヤバいものであったようで、シャーロットはベッドで横になりながら、自身の右腕を目線の位置まで持ち上げる。


 腕に薄らと浮かび上がった幾何学的な文様が、彼女の境遇を物語っているかのようだった。


「・・・リノちゃんが言うには、この呪いは俺の生命力を吸い続けてるって事だが・・・」


 日々の剣の鍛錬で多少は体力がついたと思っていたのだが・・・先日の発作の後、どうにも力が出ないのだった。


 これが呪いによって生命力を吸われた結果なのだろうか・・・ふざけた話だ。この呪いをかけたヤツは確実にシャーロットを殺すつもりなのだろう。


(発作が起きるタイミングがわからないってのもやっかいだ・・・本格的に呪いを解かないとヤバいな)


 そんなことを考えていると、静かに部屋のドアがノックされた。


「失礼しますお嬢さま、お食事をお持ちしました」


 リノが食事を乗せたワゴンを押して入室する。その所作のひとつひとつが洗練されていて美しく、毎日見ている筈のシャーロットが思わず見とれる程だった。


 普段ならすぐに食事の用意をしてくれるリノだが、その日はワゴンをベッドの側で止めると、手を離してベッドに寝ているシャーロットに向き直った。


「・・・・・・」


 しばし沈黙の時が流れる。


 何かを躊躇っているかのような表情で、少し口を開き駆けては閉じるという動作を数度繰り替えすリノ。何時も毅然としているリノのそんな様子を、シャーロットは初めてみた。


 やがて何かを決心したかのような表情をして口を開く。


「お嬢さま、体力が回復したら復学してみませんか?」


「・・・・・・復学?」


 そして物語は動き出す。


 登場人物の、望む望まざるに関わらずに・・・。





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