第7話 鍛錬

 屋敷の中にある訓練用のスペースで、動きやすい衣服に身を包んだメイド長のリノとシャーロット。リノがどこか嬉しそうな顔をしてシャーロットに問いかける。


「お嬢様から鍛錬がしたいと申し出るだなんて、何か思うことでもあったのですか?」


 シャーロットはせっせと準備運動をしながら答えた。


「はぁ・・・何、・・・ちょいとばかし運動がしたくてね・・・・ハァ。食っちゃ寝してばっかだと、せっかくの美人が台無しになっちまうだろう?」


 軽口を叩きながらも、以外にも真面目に体を動かしているシャーロット。本人が思っている以上に体力が落ちているらしく、準備運動の段階でかなり息が上がっている。


 そんな様子のシャーロットを、どこか暖かい目で見守るリノ。彼女の体が十分に暖まった頃合いを見計らって、リノはシャーロットに声を掛けた。


「そろそろ大丈夫でしょう・・・ではお嬢様、こちらをお持ち下さい」


 リノが差し出したのは訓練用の木剣。女性用なのか、体力の無いシャーロットを気遣ったのか、壁に立てかけられている無骨な木剣よりは軽そうな一振りだった。


 差し出された木剣を受け取るシャーロット。


 ”早撃ちのビル” として、毎日のように銃をにぎっていた前世の記憶・・・・・・剣なんて握った事も無く、初めての体験な筈なのに、握り締めた木剣はよく手に馴染んだ。


 剣を振るう。


 流れるような剣線。初めて振る筈の剣は、しかし彼女の細腕にしっかりと馴染んでいるようだった。


 パチパチと手を鳴らす音が聞こえた。


「見事な素振りですお嬢様。流石、剣の腕は落ちていないようですね」


 にこやかにリノに言われ、シャーロットは戸惑いながら木剣を見つめた。


 物心ついた時から銃と供に生きてきた。


 一歩間違えば死んでしまうような極限状態で、鉄と硝煙の香りに包まれながら、引き金を引けば人が死ぬという物騒なブツを片手に生き延びて来たのだ。


 剣なんて金持ちの道楽だ。


 銃が楽でいい。


 そう、思っていたのに・・・・・・。


「・・・・・・意外と、悪くねえモンだな」


 そう呟いた彼女は、ニヤリとニヒルに笑っているのだった。










「準備運動はこれくらいにして、打ち込みをしましょうか。私が受けますので、お嬢様は自由に打ち込んでください」


 そう言うと、スラリと木剣を構えるリノ。その立ち姿には一部の隙も無く、剣の素人であるシャーロットから見ても、かなりの実力者であることがうかがえた。


「んー、そうは言っても。練習とはいえ、レディーに剣を打ち込むのは気が引けるな」


 シャーロットの軽口に、ニコリと微笑んだリノ。スッとシャーロットの元へ近寄ってくる。


「お気遣いありがとうございますお嬢様・・・・・・ですが」


 次の瞬間世界が反転する。


 痺れる右足から、気づかぬ速度で足を払われたのだと悟った時には地面に転倒していた。


「ご安心下さい。お嬢様程度の実力では、私に一太刀すら入れることは出来ませんので」


 涼しげな顔でそう言い放ったリノに、シャーロットはゴクリとツバを飲み込んだ。


 転倒したというのにダメージが無い・・・・・・つまりは、あれだけの速度で転倒させながら、相手にダメージが無いように配慮して転ばせたということ・・・・・・。


 予想外のリノの実力に、シャーロットは思わず頭を押さえたのだった。









「では、殺す気で打ち込んできて下さい」


 仕切り直し、互いに木剣を構える。


 木剣とはいえ、当たり所が悪ければ死に至ることもあるだろう。「殺す気で来い」などと物騒なことこの上ないが、先ほどの足払いを見るにいらぬ心配だろうか。


 シャーロットは一つ深呼吸をし、一気に踏み込んだ。


 運動不足の筋肉がミシミシと悲鳴を上げる。呼吸は乱れ、一瞬立ちくらみがしたが、この体に染みついた動きなのか、剣術など知らない筈のシャーロットは流れるような動きで剣を突き出した。


 体重を乗せたシャーロットの突きは、剣の腹で半円を描くようにして払われる。

 大きく体勢を崩すシャーロット。その喉元に木剣の切っ先がスッと突きつけられた。


「相手の体勢を崩さない内から、その大ぶりはナンセンスです・・・・・・どうやら、また基本からたたき直さないとならないようですね」


 そう言ってニッコリと微笑むリノに、シャーロットは額から一筋の冷や汗を流した。


「・・・・・・お手柔らかに頼むぜベイビー・・・」






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