第8話 発作
リハビリという名のシャーロットの新たな生活。それは、彼女が ”早撃ちのビル” だった頃には送ったことがない、規則正しい貴族の生活だった。
早朝にメイドのリノに起こされ、起床したシャーロットは身支度を終えると、父親と二人で朝食を取る。
どうやらシャーロットの母親は、彼女が幼少の頃に亡くなったらしく、それも父親がシャーロットを溺愛する理由の一つなのだろう。
身支度を整え、席に着いたシャーロットを見て、父親であるドラゴ・アノーヴァーは、その厳つい顔に似合わぬ表情で破顔する。
「おやようシャロちゃん!! 今日もキュートだね!」
親バカ全開で、精神が成人男性であるシャーロットから見ても少々引いてしまうほどであった。
「・・・おはようパパさん。相変わらず朝からテンション高えな」
シャーロットがそう言うと、隣で控えていたメイドのリノがコホンと咳払いをした。
「お嬢様、言葉遣いにはお気を付け下さいませ」
厳しく言葉遣いをたしなめるリノに、ドラゴが苦笑いをして反論する。
「いいじゃないかリノ、言葉遣いくらい。シャロちゃんが元気なだけで私は嬉しいよ」
アノーヴァー家の当主たるドラゴの言葉に、しかしリノは毅然とした態度でそれを否定した。
「なりません。せめて言葉遣いだけでも復学前に直していただかなくては、アノーヴァー家の名に傷がついてしまいます」
まるでそれが自分の使命だとばかりに燃えているリノに、当のシャーロットは、力ない乾いた笑いを上げるのだった。
朝食の後は鍛錬の時間。最初は病み上がりという事で易しかったリノも、シャーロットが慣れてくるにつれて徐々に厳しい鍛錬をするようになってきた。
「だからっ! 動きが単純なのです!」
鋭い言葉と供に打ち払われる木剣。その衝撃でシャーロットの細腕はビリビリとしびれを覚える。
「クソッ! 相変わらず容赦ねえ!」
悪態をついて一歩下がるシャーロットに、ニコリと笑ったリノが下がった分の距離を詰めてくる。
「言葉遣いが汚いですよ? お嬢様」
素早い動きで上段に叩き込まれた木剣を、シャーロットはギリギリでガードする。ガードして、その打ち込みが異様に軽い事に気がつき、それが罠だと言うことを悟った。
(やべっ、投げられる)
木剣を捨ててタックルの姿勢になったリノの姿を見て、数秒先の自身の未来を予知したシャーロット。リノの戦士としてのプレッシャーが、数多の死線をくぐり抜けてきた ”早撃ちのビル” としての記憶を呼び起こさせた。
無意識のうちに体が反応する。
シャーロットは爪先で地面を浅く抉り、土を巻き上げながらリノに向けて蹴りを放つ。もちろん実力に開きがあるこの状況で、シャーロットの蹴りなんて当たるはずもないのだが、一緒に巻き上げられた土がリノの視界を奪う。
咄嗟に周囲にあるモノを利用して生き延びる。これは貴族の戦い方ではなく、勝たなければ死ぬしか無かった死線の中で育まれた技だ。
予想外のシャーロットの行動に、リノは巻き上げられた土を回避しそこね、一時的に視界を奪われる。
願っても無いチャンス。シャーロットは反撃に出ようと木剣を構えるが、次の瞬間、強烈な足の痛みと供に、自身が空を見上げている事に気がついた。
(・・・足払い? 嘘だろ!? 早いとかそんなレベルじゃねえぞ)
リノが強者なのは疑いようがない事だ。しかし今の攻撃は強いとかそんなレベルでは無かった。
攻撃されたことすら気がつかなかった・・・しかも視界が塞がれた相手の攻撃がだ。
シャーロットが驚愕しているなか、視界が回復したリノは少し困ったような表情をして、地に倒れたシャーロットに問いかけた。
「・・・・・・お嬢様、今の目つぶしはどこで・・・」
しかしリノの問いは途中で途切れる事となる。地に転がったシャーロットが突然苦悶の声を上げたのだ。
「お嬢様!? どうされました・・・・・・」
シャーロットの元へ駆け寄ったリノは、短く息を呑んだ。
苦悶の声を上げるシャーロットの全身に、強く呪いの印が浮き出ていたのだった。
◇
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