第6話 筋力はすべての基本

「おぉー!! 愛しのシャロちゃん!! 会いたかったよぉおお!!」


 涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにした中年男が猛突進してくる。シャーロットは底知れぬ恐怖を覚え、思わずカウンターの要領で男の顔に鮮やかな前蹴りを叩き込んだ。


 鼻血を拭いて転倒する中年男の姿を見て、シャーロットは静かに冷や汗を流す。


(・・・・・・やべえ、やっちまった)


 事前に聞いていた情報によると、目の前で鼻血を流して這いつくばっている男の名は ”ドラゴ・アノーヴァー”。王国に並ぶ者のいない大貴族の当主であり・・・・・・そして、シャーロットの父親である。


(やべえよオレ・・・あまりにも生理的に受け付けなかったとはいえ、思わず貴族の当主を蹴り飛ばすなんて・・・・・・勘当どころじゃ済まねえカモ)


 そんな事を考えている間に、蹴り飛ばしたドラゴがゆっくりと立ちあがった。


「いやー、相変わらずシャロちゃんは容赦ないね。元気になってくれてお父さん嬉しい!」


 ポカンとするシャーロットの背後で、メイド長のリノが、やれやれと首を横に振った。


「なんども言うようですが旦那様。年頃の女の子に対して、旦那様の行動は完全にアウトです。適切な距離感というものを学んでください」


「適切な距離感だと!? 愛する娘とのスキンシップにそんな距離感など存在しない!!」


 踏ん反り返るドラゴに、リノは絶対零度の視線を向けた。


「・・・だからお嬢様に避けられるのですよ?」


「なん・・・だと!?」


 がっくりと項垂れるドラゴ。


 どうやら昏睡状態になる前のシャーロットも、父親に対しては同じような行動をしていたらしく、ドラゴがシャーロットに対して不審がる様子は無かった。


 安心して胸をなで下ろすシャーロット。しかし、落ちついて考えてみると、腑に落ちない事がある。


(あの蹴りはカウンター気味に入っていた・・・ダメージが少なすぎやしないか?)


 当たり所が悪ければ命を落としている可能性もある、危険な攻撃だ。当たり所が良かったのだとしても、こんなにすぐに回復するものだろうか?


 少し考えて、シャーロットはとある可能性に思い当たる。


(・・・そうか、筋力)


 長らく寝たきりの生活を送っていたシャーロットは、数日前まで、まともに立ちあがる事すらできなかった。そんな非力な少女の攻撃に、ダメージにすらならないだろう。


(魔法とやらが使えないのは良い・・・だが、この筋力は色々と不便だな)


 リノとドラゴが漫才のようなやりとりを行う中、シャーロットは静かに決意を固めるのであった。









「・・・・・・シャロちゃんは寝たのか?」


 草木も寝静まった深夜、アノーヴァー家当主、ドラゴ・アノーヴァーは、紅茶を運んできたメイド長のリノに問いかける。


「ええ、お嬢様でしたら先ほど就寝なさいました・・・まだ体力は本調子ではないようですね」


 その言葉を聞いて、ドラゴは深く息を吐いて椅子に腰掛ける。脱力したように両手で顔を覆うと、聞き取りづらい小さく掠れた声で呟いた。


「話には聞いていたが・・・アレは呪いの影響なのか?」


「呪いというよりは、呪いにより記憶を失った影響ですね」


「・・・・・・そうか」


 ドラゴの声は、今にも消えていきそうな程小さく、そして彼はゆっくりと両手を顔から外した。


「シャロちゃんが私を見る目・・・あれは初対面の人物を見るかのような余所余所しさがあった・・・・・・愛する娘から、他人を見るかのように見られるのは辛いものだな」


 気落ちした様子のドラゴに、リノは運んできた紅茶のカップをソッと差し出す。


「旦那様が落ち込んでどうするのですか? 一番辛いのはお嬢様です・・・私たち大人がしっかりしなくては」


 厳しくもやさしいその激励に、ドラゴは薄らと微笑むと、カップに口をつけた。柔らかな茶葉の豊潤な香りがフワリと鼻孔をくすぐる。


「ありがとうリノ。そうだな、シャロちゃんの為にも私が頑張らなくては」


 少し心を落ち着けたドラゴが、それから虚空を見つめてポツリと呟いた。


「シャロちゃんは今も呪いの影響に苦しんでいる・・・早く、呪術者を見つけなくては・・・・・・な」


 真剣な様子のドラゴに、リノは無言で一礼をするのだった。





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