第4話 目を覚ましたら美少女でした、ってか?

「目を覚ましたら美少女でした・・・ってか? ったく、笑えねえ冗談だぜ」


 かつて ”早撃ちのビル”と呼ばれた凄腕のガンマンは、身長ほどもある大きな鏡に自身の姿を写して、ため息をついた。


 そこに写っていたのは息を呑むほど美しい、ブロンド髪の美少女。少し疲れたような表情をしているが、それでもビルが今までに見たどんな女性よりも美しかった。


 死んだと思ったら別人に生まれ変わっていた・・・なんてたちの悪いジョークのような話だが、どうやらこれは現実らしい。その事実を受け入れるまでに数日の時を要してしまったのだが。


 ビルが生まれ変わった少女の名は ”シャーロット・アノーヴァー” 。大貴族アノーヴァー家の一人娘で、つい先日までとある理由で昏睡状態におちいっていたらしい。


 もっとも、その昏睡状態におちいった ”理由” というのも、彼が生まれ変わりの現実を受け入れられなかった要因の一つでもあるのだが。


「失礼致しますお嬢様」


 控えめなノックの後、部屋に入ってきたのは長身のメイド、アノーヴァー家のメイド長、リノだった。


「ああ、リノちゃんか。どうしたんだい? 飯の時間にはまだ早いようだが・・・オレと会いたくなっちゃった?」


「・・・お戯れを。それに、何度も申し上げましたが、お言葉にはお気をつけ下さいませ。アナタは誇り高きアノーヴァー家の跡取りなのですから」


 口癖のようにそう言うメイド長の姿に、ビルは少し苦笑いをした。


 向こう側からしたら、今のビルはシャーロット・アノーヴァーというらしい、貴族の一人娘だ。突然豹変した ”お嬢様” の性格に戸惑いもあるだろう。


 分かっている。


 もう自分は ”早撃ちのビル” では無く、一人の少女なのだと。恐らく ”早撃ちのビル” は一度死を迎えた。 何の手違いか、地獄に墜ちる筈だった彼の魂は、昏睡状態だったこの少女の体に収まってしまったようなのだが。


 小さくため息をつく。


 本当に申し訳ない気持ちで一杯だった。シャーロットという少女にも・・・そして、目の前のメイドにも。


 ビルは悪党だった。まともな死を迎えられない事などわかっていたし、いつか地獄に落ちることも覚悟をしていた。


 だから、こんな風に一人の少女の意識を奪ってまで生き延びるなんて、無様なマネはごめんだったのだ。


「お嬢様、今日はお医者様をおよびしています・・・・・・目を覚ましたとはいえ、まだお体は万全では無いでしょうから」


 リノの背後から、一人の老人が姿を現した。時代錯誤な黒いローブを身に纏った、鷲鼻の老人。彼はジロリとビルを・・・否、もうシャーロットと呼んだ方が良いだろうか? 老人はシャーロットを見下ろすと懐から何かを取りだした。


「・・・シャーロットお嬢様、コレをお飲み下さい」


 しゃがれた聞きづらい声。


 シャーロットが老人から受け取ったのは、薄茶色の小瓶に詰められた透明な液体だった。


(なんだ? 薬か?)


 瓶のコルクを抜き、恐る恐る口をつけるシャーロット。口に液体を流し込むと、全身を駆け抜けるような苦みが一瞬で口内に広がった。


「ぐひぃっ!? まっずぅ!!」


 吐き出すようなマネは流石にしなかったが(貴族の飲む薬である。恐ろしく高価なものの可能性があるからだ)、飲んだ後に苦悶の声をあげてしまうのは避けられなかった。


 そんなシャーロットの様子を見ていた老人が、眉にシワを寄せる。


「ふむ、話には聞いていたが、本当に人格が変わっているみたいじゃないか・・・記憶喪失とは言っても、ここまで劇的に人格が変わる例は珍しい・・・」


 そして老人はシャーロットに近寄ると、グイッと彼女の細い右手を掴んだ。柔らかな部屋着の袖をまくり上げると、シャーロットの白い腕が顕わになる。


 その瞬間、側で見ていたリノは短く息を呑んだ。なぜならば、顕わになったシャーロットの白い腕には、ビッシリと紫色の幾何学的な文様が浮かび上がっていたからだ。


「・・・・・・呪いはまだ解けていないようですね。何故目を覚ます事ができたのかは知りませんが、呪いの効力はまだ続いています」


 ”呪い”


 それがシャーロット・アノーヴァが昏睡状態におちいっていた理由。


(・・・ったく、呪いなんていつの自体の迷信かと馬鹿にしていたが、こうして腕に変な文様が浮かび上がっているのを見ると、流石にゾッとするな)


 シャーロットは自身の腕に浮かび上がった文様を見て、ゴクリとツバを飲み込んだ。


「先生・・・呪いの効果が続いているという事はつまり・・・・・・」


 リノの言葉に、老人は重々しく頷く。


「ええ・・・今のシャーロットお嬢様に魔力はありません。呪いを解かない限り、魔法を使うことも出来ないでしょう」


「そんな!?」


 リノと老人がそんなやりとりをしている中、シャーロットは一人、ポカンと口をあけていた。


「・・・・・・魔法だって?」





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