第3話 変容
「何故父親であるこの私が、愛しのシャロちゃんと会ってはならんのだ!?」
涙を流しながらそう訴える、髭面の中年男性を見て、メイド長のリノは小さくため息をついた。
いい年をした大男が、鼻水を垂らしながら人前で大泣きをするという醜態・・・しかし、この人こそが、王国の大貴族アノーヴァー家の当主、ドラゴ・アノーヴァーその人なのだ。
「・・・アノーヴァー家の当主たるアナタが、無様に泣きわめかないで下さい。正直うっとうしいです」
自分の主君に対して毒を吐くリノ。しかしドラゴは気にした様子も無く会話を続ける。
「しかしリノ・・・もう目覚めないと言われていたシャロちゃんが眼を覚ましたのだぞ? 一刻でも早く会いたいのが、親の心というものじゃあないか」
真っ当な意見だ。しかし、メイドのリノは静かに首を横に振った。
「駄目です・・・・・・聞き分けて下さい旦那様。先ほどご自身でおっしゃられていた通り、お嬢さんが眼を覚ましたのは奇跡に近しい・・・・・・まだ体調も万全ではありません。お嬢さまの性格上、ご自身の弱った姿を旦那様に見せたくはないでしょう?」
リノの言葉に、ドラゴはがっくりと項垂れる。
「・・・・・・確かにシャロちゃんは嫌がるな。わかったよリノ、君の言うとおり、今は会うべき時ではないのだろう」
力なくそう呟いたドラゴに、リノは無言で一礼をしてその場を後にしたのだった。
リノは夕食をワゴンに乗せて、お嬢さまの部屋へと向かう。長期間の間ベッドで寝ていたシャーロットお嬢さまはかなり筋力が落ちているようで、まだまともに立ちあがる事が出来ないのだ。
小さくため息をつく。
先ほどドラゴに説明した事は嘘では無い。
シャーロットお嬢さまは高潔なお方だ。ご自身が弱っている姿など、敬愛する父親に見せたくは無いだろう・・・・・・しかし、リノがドラゴの事をお嬢さまから遠ざける理由は、それだけでは無いのだけれども。
「・・・失礼しますお嬢さま、お食事をお持ち致しました」
リノはそう一声かけると、部屋の扉を開ける。長くお嬢さまの看護をしてきたリノにとっては見慣れた部屋・・・窓際に設置されたベッドの上には、上半身を起こしたお嬢さまの姿。入室してきたリノの方を見ると、ニヤリとやけに男臭い笑みを浮かべて口を開くのだった。
「よおリノちゃん。悪いね、食事なんて運ばせちゃってさ」
まるで野党のような粗暴な口調・・・リノはキュッと眉をつり上げた。
「誇りあるアノーヴァー家の跡取りたるアナタが、何ですかその言葉遣いは? いくら記憶を失っているとはいえ、ご自身の立場を理解していただかないと」
もう目覚めることは無いだろうと、医者に言われてから数ヶ月・・・奇跡的に眼を覚ましたお嬢さまは、以前とはまるで別人のように性格が変わってしまっていた。
こんな状態のお嬢様と父親を会わせてはいけない・・・せめてこの粗暴な口調だけでもどうにかしなくては。
リノは硬く決心を固めるのであった。
◇
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