第2話 最高にダセェ人生の終わり

「ようビル。随分と久しぶりじゃねえか。とっくにくたばってると思ってたぜ」


 猥雑で薄汚れた酒場。頭の禿げた店主が、今日最初の客に声を掛けた。


 ビルと呼ばれた髭面の男が、カウンターの真ん中の席に腰掛けると顔なじみらしい店主に向かって肩をすくめた。


「オイオイオイ、売り上げに貢献してる常連に対してその台詞はねえんじゃねえかい? こんな豚小屋か馬小屋にでも間違われそうな酒場に、わざわざ足を運んでやっているお客様に対して、ご機嫌取りの一つでもするのが良い接客ってもんだぜ?」


「へえ、豚小屋だって? 随分ひでえ言いぐさじゃねえか? じゃあその豚小屋の常連なテメエは黒豚か何かか?」


 軽口を言い合いながら、常連らしくスムーズに注文を済ませるビル。店主が持ってきた酒瓶と安いチーズを前に、ニヤリと男臭い笑みを浮かべた。


「おお、これこれ。この酒場はクセえしボロいし客はいねえが、このチーズだけは定期的に喰いたくなんだ」


 一口大に切り分けられた、濃い乳白色のチーズを口に放り込む。店主自家製のチーズは、特に複雑な風味がするでもなく、少し塩辛い。しかしビルは、その味が安もののブランデーに良く合う事を知っていた。


 口に残っている塩味を、瓶から直接飲んだ安いブランデーで流し込む。喉を焼くアルコールの感覚が心地よい。


 ちょっとした幸せの時間は、突然店にやってきた野暮な男によって壊される。


「おう、噂は本当だったらしいなぁ。こんな汚え酒場にいやがったのか、”早撃ちのビル”」


 名を呼ばれたビルは、面倒くさそうにチラリと背後を確認すると、見知った顔を見つけて大きくため息をついた。


「またアンタかい、しつこいねぇ。その執着はどこから来てるんだい? オレとアンタって生き別れの兄弟か何かだったのかい?」


「負けっ放しは好きじゃねえんだ。表に出な」


「懲りないねえ、前回の負けで命があっただけ儲けモンじゃないの。自殺願望でもあるんじゃあないか?」


 ビルの皮肉に、男はニヤリと笑った。


「”早撃ちのビル”、残念だが俺じゃあテメエに勝てないなんて事はもうわかってンだ・・・・・・だから今回は助っ人を雇ったのさ」


 すると、男の背後から一人の人物が姿を現した。


 スラリと高い背丈、こけた頬に鷹のごとく鋭い視線。ビルは男を見た瞬間、短く息を飲み込んだ。目の前のこの男は、この辺りのアウトローなら誰しもが知っている有名人だったのだ。


「ホワイトフォード・シルバースビー? 何でアンタみたいな有名人がこの男に手を貸す?」


 ホワイトフォードは腕の良いガンスミスで・・・そして最強のガンマンだ。かつて彼の整備した銃に難癖をつけて、整備代を払わなかったギャング集団の親玉がいた。


 そんな愚か者に対するホワイトフォードの解答はシンプルだった。単機でのギャング集団の虐殺。それを一日で成し遂げた。


 その一件からホワイトフォードはガンスミスとしてではなく、”皆殺しのシルバースビー”の名で知られる事となったのだ。


 ホワイトフォードは、その薄い唇をニヤリと歪に歪ませて笑った。


「本来ならこんなゴロツキの頼みなんて聞いてやる道理は無いのだが・・・ ”早撃ちのビル” との勝負には興味があってね。今回は不本意ながらコイツの依頼を聞いたわけだ」


「・・・へえ、オレに興味があったってわけね。光栄の至りだね、ホモなんじゃねえのアンタ」


「フフ・・・さぁ ”早撃ちのビル” 存分に殺し合おうじゃないか」










「合図はこのコインだ・・・いいな?」


 ホワイトフォードの言葉に、オレは頷く。


 互いの距離はおよそ5メートル。かつて無いほどのプレッシャーを感じながら、ビルは右手に収まっているリボルバーの重みを確かめる。


(大丈夫、相手が誰だろうが、オレの方が早い筈だ・・・・・・)


 ホワイトフォードが手にしたコインを指で弾いた。クルクルと宙を舞うコインが、まるでスローモーションのようにゆっくりと視認できた。


 極限の集中状態。自身の鼓動の音がやけに大きく感じる。


 コインが地面に落ちた瞬間、ビルは尋常ならざる反射神経でリボルバーを構え、照準を合わせる。”早撃ち” の二つ名に恥じぬその動きに、しかし自身が引き金を引く前に、何故かビルは派手に転倒した。


 何が起こったかわからない。困惑する中、視界が紅く染まっていく。


「馬鹿な・・・このオレが・・・・・・早撃ちで負けたってのか?」


 悪い冗談のようだった。しかし、遅れてやってきた胸の痛みと硝煙の香りが、自身が撃たれたのだという事を理解させる。


「ハハ・・・・・・全くダッセエ死に方だ」











 体中の鈍痛を感じながら、ビルは目を覚ました。どうやら天国への入国を拒否されたらしく、まだ生きているようだ。


 頭が割れそうに痛い。ゆっくりと目を開くと、そこは見慣れたボロボロの自室では無く、どこぞの金持ちが暮らしているかのような、綺麗な調度品で飾られた小部屋だった。


 すると、部屋のドアが開かれ、長身のメイドが一人入ってくる。彼女はビルの方を見ると、驚いたような声を上げて、何かを叫びながら部屋から慌ただしく出て行く。


「旦那様ぁ!! お嬢様が・・・お嬢様がお目覚めになられました!!」


 メイドの叫び声を聞いて、ビルはポカンと間抜け顔で口を開けてしまう。


「・・・・・・お嬢様って・・・オレの事?」


 自身の声帯から出たその声は甲高く、まさに女性のソレであったのだった。



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