あの日見たあなたの姿は、私の描いた幻想でした
メトロノーム
あの日見たあなたの姿は、私の描いた幻想でした
この道を歩いていれば、目の前に綺麗な夕日が現れた。
どれくらいの時が経ったのか分からないけど、私の瞳に映るこの景色は、あの時あなたと見たもの、そのものでした。
幼い頃、二人並んで歩く帰り道。ぎゅっと手を握る感覚に横を向けば、ニコッと笑うあなたがいて。
私の手を包むあなたの手の温もりに心まで温かくなって、自然と笑みが溢れたの。
その時二人で目にした、真っ赤にキラキラと光る夕日は、私にとって大切な宝物になりました。
一緒に過ごしていくうちに、あなたが隣にいるのが当たり前になっていて。二人の思い出が増えていく日々。
カメラに向かってポーズを決めればシャッターが切られ、撮られる枚数が増えるたび二人が写真の中で成長していく。
なんでも二人一緒だったのに、あの日から変わっていったのかなきっと、二人の関係が。
そんなのは最初から分かっていたはずなのに。でも私だけだったんだ、そう思っていたのは。
あなたとの関係、それは私にとって思い描いていたものではなかった。
いつだって変わらないものはあるはずなのに、その中で変わっていってしまうものがあると気づいたとき、私は頭が真っ白になりました。
何も考えられなくて、何も考えたくなくて、それでも変わっていく事実は私を置いていってしまう。
私だけが変われなくて、あなたは私の知らないあなたへと変わっていってしまう。
置いていかないでとそう叫んでも、私のずっと前にあなたがいて。隣にいたはずなのに、もう横を見てもあなたはいなくて、どこか心に穴が空いたみたいだった。
あなたに恋人ができたと聞いたとき、私は一瞬心臓が止まりそうになった。あなたは嬉しそうに言ってきて、その瞬間何かが音を立てて割れた。
私は上手く笑えていたかな、あなたの話を聞いてあげられていたかな。それすら分からなくて、でもそれからも時々あなたの相談に乗ってあげて。
その時も上の空で、心がザワザワして落ち着かない。でもあなたのためだと思って、作り笑いをしながら話を聞いてあげる。それが私のできる最大限の取り繕い。
あなたのいない帰り道。私に向けていた言葉も、声も表情も、きっと恋人へと向けられているのだろう。
どれだけ私が苦しんでいるか分からないでしょう。どれだけ悲しくて、悔しくて、辛いか。あなたには分からない。
雨が降り始める。けど傘なんて差したくない。だって流してほしいから。私の瞳から溢れる雫を。
誰にも気づかれることなく、このまま全部洗い流してくれればいいのに。私のこの想いも気持ちも全部。そしたら楽になれるのに。
雨の音しか聞こえないこの空間は、世界に私しかいないのではと思わせた。
ある日、あなたが私の家に来た。あなたが言うには、お泊まり会だそう。二人きりで。
あなたと私の親は一緒に出かけるらしく、夜も帰ってこないとのことだった。
あなたはとても嬉しそうで、私はあまり嬉しくなかった。家に来るのは久しぶりだし、正直来てほしくなかった。
それでもあなたが嬉しそうにするものだから、私は受け入れてしまう。
とくに代わりばえのない時間を過ごしていく。良かった、私普通に出来ていると安心した。
そして、就寝時間になる。あなたは勝手に布団を隣同士にして用意した。仕方なく電気を消して布団に入る。
前はこうして寝ることもあったけど、今はほとんどなくなっていたから、急に緊張してきた。
そんな私をよそに、あなたが話しかけてくる。それも小声で、顔も近い。
私はなんとか聞いてあげていたけど、あなたの口から出るのは恋人とのこと。私の話なんてない。少し悲しくなった。
でも、嬉しそうにあなたが話すから、聞いてあげたくなってしまうんだ。
少しすれば一息ついて、あなたが口を開く。
「いつもありがとう、話を聞いてくれて」
そんなことをあなたが言うから。
「そんなことないよ。ありがとうなんて言われることしてないから」
私がそう返す。
「そうかな。でもお礼は言わせてよ、私達親友なんだから」
そうあなたが私の瞳を見て優しく笑うから。
だから私は何も言えなくなるんだよ。ぐっと胸を掴まれたように苦しくて。
けど、あなたのその言葉も、その声もその表情すら愛おしくて。
私は、またあなたに恋をする。
やめてしまえばいいのに、そのあなたが言う「親友」とやらを。
壊してしまえばいいのに、その「親友」という関係を。
それを出来ないのは、私の心があなたに掴まれてしまっているからで。
ほんとずるいよね。いつもそう。私があなたの心を掴めたことはないのに。掴まれた心は、もう離れることを許してはくれなくて。
神様、私が同性を好きになったからいけないのですか。だからバチが当たったのですか。そばにいるのに想いを伝えることができない、そんな重い罪を私は背負っていかなければならないのですか。
それはあまりにも酷すぎませんか。
そんな私をよそに、あなたは静かに寝息をたてて眠ってしまった。
こんなに近くにいるのに、どうしてこんなにも遠くに感じるのだろう。
あなたの頬に手を伸ばし、触れる寸前のところで手を止める。触れてはいけない。触れてしまっては、もう我慢できそうにないから。
だから、私はこの行き場のない手で、この感情を握りつぶすんだ。もう出てこないように。
そう、それでいい。私はそっと瞳を閉じた。全てから逃げるように。
そんな少し前の話。そう遠い昔の話ではなくて。
そして、今私の瞳に映るあなたは、その身に純白のドレスを纏わせて、私ではない人の隣にいる。
多くの人に祝福されるあなたの笑顔は、今まで見た中で一番輝いていた。
「おめでとう、幸せになってね」
その言葉は、あなたに届いたでしょうか。きっと届いてしまったはず。
だってあなたがこちらを見たから。
「ありがとう」
そうあなたの口が動いたのが分かった。あぁ、なんで気づいてほしくないときに限って気づいてしまうのだろう。
これから友人スピーチが待っている。その時は、もっと気の利いたことを言ってあげよう。私にしか言えない言葉を送ってあげよう。
あなたが私の隣にいて、そっと私の手を握ってきた感覚も、私が横を向けばふっと優しく笑うあなたのその表情も、少し胸が苦しくてでもそれ以上に愛おしくて。
いつか「好きでした」と言える日が来るでしょうか。
あなたが私の隣にいて、一緒に歩いてくれて、同じ時間を生きてくれる。その事実がない限り、その言葉を言える日は二度と来ないでしょう。
あの日見たあなたの姿は、私の描いた幻想でした。
だから、今度はあの日見たあなたの姿ではなく、今のあなたの姿を見つめていこうと思います。
これからも消えそうにない、あなたへの恋心とともに...
あの日見たあなたの姿は、私の描いた幻想でした メトロノーム @MetronomMan
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