第9話 実践3(プリント配りを手伝う)

 相談した次の日、約束通り花瓶の水の入れ替えの手伝いを終え、俺と柳瀬さんは教室に戻ってきた。


「柳瀬さん、水の入れ替えやってること知ってたのに今まで手伝わなくてごめんね」


 好きな人の手助けはずっとしたいと思っていた。だがほとんど話したことがない人相手にその勇気は持てず、ずっと罪悪感を感じていた。

 そんな罪悪感を吐き出すように、俺は謝罪する。


「い、いいよ、全然!」


 俺の突然の謝罪に慌てた声を上げながら、小さく首を横に振る柳瀬さん。


「でも……」


 柳瀬さんに気にしないでと言われても、気になってしまうものは気になってしまう。


「…………い、今こうして手伝ってくれてるだけで嬉しいし……」


 そんな俺の様子をフォローするように、柳瀬さんは少し顔を赤らめて、俯き加減にポツリと小さくこぼした。


「!?そ、そうか、ならよかった……」


 顔を赤らめて俺を喜ばせる言葉を呟く柳瀬さんの姿はあまり可愛く、心臓がドキッとする。

 彼女の言葉と様子で、落ち込だ気分は一瞬で吹き飛んでしまった。


「……じゃ、じゃあ」


「う、うん」

 

 俺は顔に熱が籠るのを感じながら柳瀬さんと別れた。


♦︎♦︎♦︎


「じゃあ、これで授業を終わる。あー、柳瀬、このプリントを職員室に運んでおいてくれ」


 授業が終わると先生がそんなことを言う。


「え、あ、はい!」


 指名された柳瀬さんは少し驚いたような声を上げて返事をした。


 柳瀬さんは言われた通りプリントを運ぶため前へ出る。

 だが、膨大なプリントの山に途方に暮れ困ったように立ち尽くしていた。

 それもそのはずだ。こんな量を1人で運ぶのは無理がある。だけど誰も手伝おうとしない。


 昨日アドバイスをもらった通り、今こそ手伝う時だと確信する。

 今までなら、こんなに人がいる中で手伝うなんて恥ずかしくて出来なかった。

 だが今朝、彼女が手伝ってくれて嬉しいと言ってくれたことを思い出すと、手伝おうという勇気が湧いてくる。

 彼女の笑顔が見れるなら、頑張る気になれた。


「や、柳瀬さん、俺も手伝うよ」


 プリントを重そうに抱えて持つ柳瀬さんに声をかける。俺の声かけに一瞬で教室の視線が自分に集まった。

 居心地の悪さを感じながら、柳瀬さんの元へと歩いて向かう。

 多少目立ったとしてもそれよりも困っている彼女を助けたかった。


「え?!あ、ありがとう……」


 俺が声をかけると少し驚いていたが、声をかけたのが俺だと分かると、ほんのりと頰を朱に染め礼を言ってきた。


 教卓に積まれたプリントの山の3分の2ほど持って職員室に向かう。

 柳瀬さんは俺の隣に並んでトコトコと歩いていた。


「…………」


 手助けしたい、その一心で声をかけたものの、それ以外に何を話しかけていいか分からず沈黙だけが続く。

 結局、沈黙は職員室に着くまで続いた。


「「失礼しました」」


 プリントを届け終え、職員室を出る。


「い、一ノ瀬くん、手伝ってくれてありがとう。重くて本当に困ってたから……」


 柳瀬さんはホッと安心したような柔らかい笑みで礼を言ってきた。


「い、いいよ、全然。ま、また困ったときは手伝うから言って」


 みんながいる教室で声をかけるのは緊張したが、彼女の笑顔を見ると報われた気がした。

 

「う、うん……ほんと……一ノ瀬くんって優しいよね……」


 柳瀬さんは溢れ出た想いを零すように言ってきた。その蕩けるような甘美な声にドキリとする。


「え!?そ、そう?ありがとう」


 好きな人に褒められ、嬉しくなってしまう。心が弾み、もどかしいような甘さに包まれる。


「今回もだけど、花瓶の水の入れ替えも手伝ってくれたし、一ノ瀬くんのそうやって周りの人のことを見て、困ってる人を助けるところ……すごいいいと思う」


 嬉しいことをを言ってくれる柳瀬さん。彼女の褒め言葉で顔に自然と熱が籠る。

 彼女は一つ言葉を吐くたびにだんだんと顔は真っ赤になり、最後には俯いてしまった。

 だが、まだ伝えたいことがあるようで上目遣いにまたこっちを見てくる。


「…………」


 俺と柳瀬さんの間に沈黙が流れる。

 その沈黙を破るように、耳まで茜色に染めたまま彼女は口をゆっくり開いて言葉を零した。


「…………わ、私は好きだな、そういう一ノ瀬くんの優しいところ……」


「っ!?あ、ありがとう…………そ、それじゃあ!」


 柳瀬さんの様子はまるで告白するかのようで、胸がドキドキと鳴る

 焦り動揺してしまい、俺はそれ以上その場に立っていられず、逃げるように離れてしまった。


 びっくりした……好きって……。

 いや、もちろん長所として褒めてくれただけなんだろうけど……。


 好きな人に言われた『好き』の言葉の破壊力に胸の高鳴りは収まりそうになかった。

 

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