第8話 相談3(褒めた後は何するといいか)

 バイトが終わり更衣室で着替える。着替え終え部屋を出ると、柳瀬さんが待っていた。


「あ、一ノ瀬さん!」


 彼女と目が合うと、パッと顔を輝かせて彼女はトテトテと駆け寄ってきた。


「どうしたの?」


「聞いてください!聞いてください!実はですね…」


 そう言って話し始める柳瀬さんは、頰をほんのりと赤らめ、楽しげでどこか嬉しそうだ。その様子からすぐに、幼馴染と良いことがあったのだと分かった。


「今日、私の幼馴染がまた話しかけてきてくれたんです!しかもですよ?私がいつもしていたことを気付いてくれていたみたいで、凄くいいと思うって褒めてくれたんです!言われた時は急で、あまり上手く反応できなかったんですけど、今思い出すともう嬉しくて嬉しくて……」


 幸せそうな柔らかい微笑みを浮かべながら饒舌に話す柳瀬さん。目を細めてにへらと緩んだ表情からその幼馴染が大好きだってことがひしひしと伝わってくる。


「そうなんだ!?昨日、言われてみたいって言ってたもんね。そりゃあ嬉しいよね」


「そうなんです!あまりに嬉しすぎて今日一日ずっとそのことばかり考えちゃってました」


 えへへ、と恥ずかしそうにしながらも嬉しそうに笑う柳瀬さんを見ていると、こっちまで心が暖かくなってくる。


「その幼馴染のこと本当に大好きだね」


「それはもう!とても大好きです!ずっと好きでやっと話せるようになったんですもん。好きな気持ちを抑える方が難しいくらいです」


 パァっと顔を輝かせて堂々と好きだと語る姿は、彼女の優れた容姿と相まりとても魅力的だった。


「それでですね…………」


「どうしたの?」


 さっきまでの雰囲気と打って変わり、急に頰を赤らめて静かになる。


「……褒めてくれたってことは……も、もしかして私に気があったりしますかね……?」


 どうやらこれを聞きたかったらしい。柳瀬さんは恥ずかしそうに耳まで真っ赤にして尋ねてきた。

 

「んー、それはどうだろう?昨日、俺が柳瀬さんに言われたみたいに、褒められて嫌な人はいないから言っただけかもしれないし……」


 恐らく話せた喜びで冷静に考えることが出来ていないのだろう。好きという気持ちが前面に出過ぎると都合よく考えがちになってしまう。

 そう思い、俺はあえて水を差すように少しだけ冷たく言った。


「そ、そうですよね……」


 俺の少し否定的な言葉に分かりやすく肩を落とす柳瀬さん。

 眉をへにゃりと下げて少し俯く姿は、落ち込んでいるのが丸わかりで見ているこっちの心が痛んでくる。


「あ、いや、でも、褒めてくれたってことは少なくとも良い人とは思っているだろうから、早まらずにゆっくりと仲を深めたらいいと思うな」


 柳瀬さんのあまりの落ち込み様に俺は慌てて言葉を繋げてフォローする。


「そうですよね……そうですよね!分かりました、一ノ瀬さんに言われた通り、ゆっくりと頑張ってみます」


 俺の言葉に元気を取り戻し、納得したように頷く柳瀬さん。いつもの柳瀬さんに戻り、俺は心の中でほっと安堵した。


「そういえば、一ノ瀬さんの方はどうなったんですか?」


「ああ、一応褒めることは出来たよ。出来たんだけど……ただやっぱり好きな人と話すと緊張して……。あまりスマートには言えなかったよ……」


「分かります!分かります!好きな人と話すと緊張して全然話せないですよね。私も好きな人と話す時は口数が少なくなっちゃいます」


 ぐっと握りこぶしを作って、強く同意してくれた。


「そうそう、緊張しすぎて上手く言えなくて……。そのせいか、ありがとうって言ってくれたけど反応はあまりなかったし……」


「そうですか……。それはちょっと残念ですね……」


 眉をへにゃりと下げて自分のことのように落ちこむ柳瀬さん。

 その様子に、こんなに共感してくれるなんていい人だな、とふと思う。


「あ、でも、そのあとめっちゃ良いことあったんだよ!」


「おー!どんなことですか?」


 柳瀬さんは期待で目を輝かせてこっちを見つめてくる。


「幼馴染の仕事?を手伝ったんだけど、それを明日も手伝って欲しいって頼まれたんだ。もしかして、これ俺に気が合ったりする?」


 朝のことを思い出し、少しだけにやけながら柳瀬さんに尋ねる。

 柳瀬さんは俺の言葉を聞くと、キラキラした笑顔からスッと真顔に戻り、はぁ、と呆れたように息を吐いた。


「あのですね、一ノ瀬さん。私も人のことは言えないですけど、さすがにそれだけで気があるとは思いません。よく考えてみてください。人に頼ることは別に好きな人以外にもしますよね?」


「た、確かに……」


 柳瀬さんの言葉にガンッと殴られたような衝撃を受ける。

 言われてみればそれだけで気があるかどうかなんて分からない。俺だって友人に手伝ってもらったりする。

 誘ってくれた時の幼馴染は顔が赤かったから、気があるかもしれないと思っていたが勘違いだったみたいだ。

 柳瀬さんのことを言えたもんじゃないな。どうやら俺も好きな人と話せた喜びで浮かれていたらしい。

 期待と違い、少しだけ気分が落ち込む。


「ま、まあ、嫌いな人には頼まないと思うので、ここからだと思いますよ?せっかく相手から関わる機会をもらえたわけですし」


 柳瀬さんはそう言ってフォローしてくれた。


「じゃ、じゃあ、今度は何したらいい?」


 そう、明日も関われるようになったのは嬉しいのだが、これからどうやって仲良くなっていったらいいか分からないのだ。


「んー、やっぱり困っているところで助けてあげたらいいと思います。困ってる時に助けてくれた人ってかっこよく見えるものですよ?まあ、好きな人に助けられるのは別格ですけどね。好きな人ならうるさいくらい心臓が鳴ってドキドキしちゃいます」


 何かを思い出すようにして柔らかく微笑む柳瀬さん。口元は緩み、少しにやけている。

 どうやら、過去に誰かに助けられた経験があるみたいだ。


「助ける……か。それなら出来そうだし頑張ってみるよ」


「はい!少なくともいい人だとは思われるはずなので頑張ってください!」


 柳瀬さんは満面の笑みで激励してくれた。

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