いじめが原因で前世で妹を亡くした俺。今日、妹が結婚する

ベッド=マン

第1話

ごきげんよう、俺の名前はシン・ルイス。

 

 28歳独身。父母は幼い頃に他界し、肉親はおろか、家族と呼べる者は8つ離れた妹がいるだけ。

 

 

 

 突然だが、今日その妹が結婚する。

 

 

 

 ここは街の教会。

 

 俺を含めた大勢に見守られながら、グレーのタキシードに身を包んだ新郎によって新婦のベールがおろされていく。

 

 頬を紅潮させ少し惚けたような表情を見せる、大きな瞳とミディアムに切り揃えられた赤髪が特長の女の子。

 

 あれが俺の妹、レジーナ・ルイス。親代わりとなった俺が今まで大切に育ててきた。

 その甲斐あってか純粋で兄想いの子に育ってくれて、俺としては大変喜ばしい。

 

 

 「綺麗だよ、レジーナ」

 

 「ふふ、ありがとう」

 

 

 場の空気に呑まれてか、新婦と新郎の二人は少し緊張しているようだ。声は震えているし、目の動きも少しぎこちないように見える。


 そんな二人を見ているとこちらまで緊張してしまうようで、まったくもって見ていられない。

 

 なので俺は、心を落ち着かせるために昔のことを少し振り返った。

 

 

 

 そして、これもまた唐突なのだが、実は俺はここではない別の世界、チキュウという星のニッポンという国から転生してきた、いわゆる転生者らしいのだ。

 

 らしい、と曖昧な表現になってしまうのは、お前は転生するのだ、と神様に言われて知ったとか、そういう確かな確証があるわけではないからだ。

 

 ただ、物心ついた時から前世の記憶を認知するようになって、仕方なく自分の中で認めるしかなかったという具合だ。

 

 

 転生する前の俺の名前は桐谷真司。残念ながら寿命で亡くなったなんてことはなく、齢21にして死んでしまった。

 

 そしてなんの偶然か、あっちの世界の俺にも妹がいた。

 名前は志奈、年は真司と3つ離れていて、レジーナに負けず劣らずの美少女だったと記憶している。 

 

 彼女は前世の俺の自慢だった。勉強もスポーツも一生懸命にがんばる努力家で、分け隔てることなく誰にでも笑顔で接することができる心優しい子で、世話焼きで料理が上手で、本当に出来た奴だった。

 

 前世の俺はそんな志奈とは違って平凡な生活を送る凡人でしかなかったが、もともと野心とかが少なかったせいか優秀な妹がそばにいても嫉妬したりするようなことはなかった。

 

 むしろ、先程も言ったように俺は志奈のことを自慢の妹と思っていて、友人といるときも時折妹の名前を口にするようなシスコン野郎だったのだ。

 

 妹はそんな俺に「お兄ちゃんキモイ」だの「恥ずかしいからやめて」だの口にはするが、彼女にとってはただ照れ恥ずかしいというだけで、別に本気で嫌がっているわけではなかった。

 

 妹は、小さいときから家を空けがちな親に代わって朝起こしてくれたり食事を作ってくれたりしたし、「ほんとダメなお兄ちゃん」なんて言ってずっと世話してくれた。

 

 だから、将来、妹はいいお嫁さんになるんだろうな。とか、相手はどんな男なんだろうな。とか、そんなことを考えながら、俺は毎日を過ごしていた。

 

 

 主観でしかないが、俺と志奈には目には見えない絆が確かにあったと思う。

 

 

 ……あのときまでは。

 

 

 あれは俺が大学一年生の頃、当時の俺は実家を出て都会の大学に下宿で通っていて、妹や家族とは離れて暮らしていた。

 

 はじめての一人暮らしや高校までとは違う難しい授業の内容、友達付き合いやサークル活動にアルバイトと、慣れない環境に四苦八苦しながらも、そこそこに充実した生活をしていたと思う。

 

  

 ただ、あまりに忙しくてその年の夏は実家に帰省することが出来なかった。

 案の定妹から帰ってこないの? なんてメールが送られてきて、内心ちょっと嬉しく思いながら、ごめんなとだけ返信した。

 

 今思うと、今からでもこのときの自分をぶっ飛ばしてやりたいと思ってしまう。このとき俺が実家に帰っていたら、気の効いた返事をしていたら、未来はどれだけ変わっていたことだろう。

 

 

 そして悲劇は起きる。

 

 

 それはその年の秋のこと。俺のサークルが文化祭で催し物をやるということで、その準備に追われて生活はさらに忙しくなっていた。

 

 放課後のアルバイトを終えて携帯を開いてみると、実家から何回もの着信履歴。

 

 何事かと思って連絡してみれば、すすり泣くような母の声が聞こえてくる。電話越しでも分かる。母はとても話せるような状態ではなかった。

 

 俺にでもわかったのだから、当然向こうにいる人間にもわかったのだろう。

 

 電話を代わって出てきたのは父だった。

 

 父は母よりかは幾分か落ち着いた様子だったが、むしろ酷く落ち込んでいるようだった。

 

 

 そうして父から何があったのか聞かされる。

 

 

 俺はその言葉を聞いて慌てて家を飛び出し、新幹線を使って地元に戻った。

 

 そこは実家ではなく病院の安置室。

 

 

 結論を言ってしまえば、俺が家を空けている間に妹が亡くなっていた。死因は自殺。風呂場で手首を切ったらしい。

 

 

 変わり果てた妹の姿を目の当たりにして、俺はその場に膝をつく。

 

 肩を揺らしても反応はなく。叫ぶように何度も何度も彼女の名を呼んでも声が返ってくることはない。

 

 

 本当に、志奈は死んでしまったのだ。 幸せになることなく、お嫁さんになることなんてなく。一人寂しく旅立ってしまったのだ。

 

 次第に現実感が増してきた俺は、志奈の髪を優しく撫でた。

 

 彼女の顔をよく見てみれば、もう死んでいるということ関係なしにして、少し痩せこけているように見える。

 

 まるで、死の直前まで何かに悩んでいたかのような、心労やストレスからくる痩せかたをしていた。

 

 

 「志奈に何かあったのか?」

 

 そう両親に訊ねると、

 

 「実は…… 」

 

 と、父が妹の日記帳を差し出してきた。

 

 

 それはその年の四月からつけられていたもので、はじめは新しいクラスが楽しみだとか、テストで良い点がとれただとか微笑ましい内容だった。

 

 しかし、読み進めていく内に陰りが見えはじめる。

 

 

 

 

 六月十五日 (晴れ)

 

 最近花梨ちゃんが冷たいような気がする。何かいけないことしちゃったかな…… 仲直りしたいから、明日思いきって話しかけてみる!

 

 

 六月十六日 (曇り)

 

 話してみてよかった~! なんか私の勘違いだったみたい! これで来週からも一緒にお昼ごはんが食べられるよ!

 

 

 六月十九日 (雨)

 

 誘ってみたけど、花梨ちゃん先約がいたみたいでお昼ごはんは一緒に食べられなかった……

 でもでも! 明日があるし落ち込む必要なんてないよね!


 

 七月七日 (雨)

 

 今日は七夕! 小さい頃お兄ちゃんと短冊飾ったの思い出すな~! 久し振りにお兄ちゃんに会いたいな~!


 

 七月十日 (晴れ)

 

 明日も学校か~。なんか最近ゆううつ気味……

 でももうすぐ夏休みだし、お兄ちゃんが帰ってきたら思いきって相談してみよ!

 

 

 八月十六日 (曇り)

 

 今年お兄ちゃん帰ってこないんだって…… あぁぁ、ちょっとがっくり……  

 でもあんまりせがんじゃお兄ちゃんに迷惑だもんね! 向こうで頑張ってるみたいだし、私も見習わないと!


 

 九月四日 (晴れ)

 

 新学期! 頑張るぞ!

 

 

 九月五日 () 

 

 

 九月六日 ()


 

 九月七日 ()

 

 

 ………………

 

 

 …………

 

 

 …… 

 

 

 

 

 

 

 

 一見大したことは書いていないように見える。しかし、妹が自殺したという事実と照らし合わせてみれば、まるで学校でいじめられていたと考えざるを得ない。

 この日記からは、彼女のSOSが記されていた。俺はそういう風にしか思えなかった。

 

 

 

 「どうしてこんなことになったんだ!?」

 

 「知らなかったんだ、まさか志奈が学校でいじめられているなんて……」

 

 「知らなかったで済むかよ! 志奈はこんなに痩せ細って……」

 

 

 俺は感情のままに親を責め立てようとしたが、すぐにそんな気は失せてしまった。

 

 なぜなら、俺にそんな資格がなかったからだ。

 

 

 日記を読めば容易に分かる。志奈は紛れもなく兄である俺に助けを求めようとしていた。

 

 だというのに、忙しさにかまけて妹が一人苦しんでいることに気づくことが出来なかった。

 あれだけ普段俺の自慢だのほざいている奴が、妹のピンチになにもしてやることが出来なかったのだ。

 

 そんな俺が、父や母を責めることなんて出来るはずもなかった。

 

 

 我慢強く家族想いの志奈のことだ。きっと仕事で忙しい父や母には心配させまいと気丈に振る舞っていたのだろう。

 

 だから俺くらいしか頼れる人間がいなかったのだ。俺しか彼女を救うことは出来なかったはずなのに……


 

 「ふざんけんなよ…… なんで志奈がッ! 志奈、志奈ァァァァァァァァァァ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 そうして、その日、その時、その瞬間、俺は復讐の鬼と化した。

 

 

 

 サークルを辞め、バイトを辞め、学校を辞め。交遊関係もなにもかもを断ち切って、父母とも距離を置いた。

 

 

 そうしてあらゆる手段を尽くして、確実な情報のもとにいじめの首謀者を絞り出して追い詰めた。

 

 やはりと言うべきか、首謀者は日記にも名前があった花梨という同級生で、いじめの内容と動機を誰もいないところで聞き出すと、彼女は信じられないようなことを口にする。

 

 

 何でも出来てしまう彼女が疎ましかった。

 

 何より男を取られたのが許せなかった。実際に付き合ってたわけじゃないけど、私が中学から片思いしていた男子が志奈に一目惚れしていた。

 

 

 最初は少し冷たくするだけだった。だけど志奈は純粋で、めげずに関係を取り戻そうと話しかけてきた。

 そういう性格もいいところが、自分の小ささを見せつけられるようで気に入らなかった。

 

 だから向こうから離れるように少しづついじめをエスカレートさせて、モノを取ったり水をかけたり、嘘の噂をクラスに流したり、回りを味方につけて彼女のことを無視させたり、彼女の居場所がなくなるように仕向けた。

 

 それでも志奈は諦めずに登校してきて、みんなで指をさして笑った。

 

 

 そんなふざけた動機で、結果的に志奈を死に追いやったのだ。こんなことが、許されるはずがない。

 

 

 しかし、そのとき既に志奈が亡くなって二年経過していたが、いじめの事実は隠蔽され、彼女や他の連中はなに食わぬ顔で生き続けていた。

 

 

 そんな彼女達を許すことが出来なくて、俺は少女の言葉を最後まで聞くことなく持っていたナイフで突き刺そうとしたが、俺を止めようとする妹の声が聞こえたような気がして結局何も出来なかった。

 

 少女はその隙を見て逃げ出し、間もなく俺は警察に連行され、そして裁判がはじまる。

 

 俺は法廷の場で妹のいじめについて語った。だがそのことについて触れられることはほとんどなく、俺の実刑が可決させる。

 

 

 「ハハハハハ…… アハハハハハ!!!! 俺は裁いてあのクソ女共は庇うのか!? 法の正義が聞いて呆れるぜ!

 こんな正義、こんな国、こんな世界俺は認めない!

 てめえら全員死ね! 死んでしまえ! 俺の死を以て、末代まで苦しむように呪ってやる!!!」

 

 

 そう言って、俺は舌を噛みちぎって自決した。それが俺の前世の記憶。妹も守れず復讐することも出来ず、ただ世界に負けるだけの哀れな男の人生。


 

 

 俺にとっては妹が全てだった。それを彼女が死んでから気づいた。

 

 

 もうこの世に彼女がいないなら、俺も早くあの世に行かなければならない。

 

 

 それで向こうで志奈を見つけて、ごめんと謝って二人でやり直すんだ。

 

 

 

 そう思って死んだはずなのに、どういうわけか俺は中世ファンタジーのような魔法やモンスターがいる世界の農家の家に生まれついていた。

 

 

 もちろんそこに志奈はいない。志奈はいなかったが、しばらくして俺に妹が出来た。 

 

 

 

 それがレジーナだった。

 

 

 

 前世の記憶を持っていた俺は、どうしても志奈とレジーナが被ってしまって、それはそれは可愛がった。

 

 何も知らないレジーナは、素直に俺になついてくれた。

 

 そんなレジーナと接している内に、今度こそは妹を守り抜こう。あんな想いをするくらいなら俺の全てを妹に捧げよう。

 

 そう決心し、何があってもいいようにそれを実行出来るだけの力を子供の頃から蓄え続けた。

 

 

 それからは本当にレジーナ最優先の生活が続いた。

 

 

 両親が不慮の事故で亡くなり、俺達兄妹がの別々の家に預かられることになっても、俺は前世の反省から妹の側を離れるつもりは無かったので、

 

 「俺が働いて妹を養う。学校にも行かせる」

 

 そう言ってのけて村の傭兵団に志願した。それが俺が12歳、妹が4歳のときだ。

 

 どうやら俺には剣の才能があったらしく、傭兵団では苦労しながらも金を稼ぐことには困らなかった。

 

 業務中でも妹を職場に連れ、一時も側を離れることはなかった。

 

 文句を言ってくる大人もいたが、その度に実力で黙らせた。

 

 

 6年後、目標の貯金額に到達したのでレジーナをその国一番の上級学校に通わせることにした。

 

 しかしそこは全寮制の学校で、俺と妹は必然的に離れ離れになる。

 

 もちろんそんなことを俺が許すはずもないので、俺はレジーナと共にその学校に入学した。

 学費を貯めるのに6年もかかったのは、二人分必要だったからなのだ。

 

 

 学校という環境では、俺は特に注意した。

 

 なぜなら、前世の妹はここで苦しむことになったから。

 

 

 レジーナも志奈に似て兄想いの我慢強い子だから、細心の注意を払わなければ見逃してしまうかもしれない。

 

 

 まるでボディーガードのようにレジーナを見守る俺は、学園ではちょっとした有名人だった。

 

 だけど、周りが何を言おうとも俺は自分の行動を慎むつもりはなかった。

 

 半端な気持ちでナンパしてくる輩はその場で締めたし、陰口を囁く女子の声があれば、人には言えないようなことをして退学に追いやった。

 

 

 やりすぎだなんて思われるかもしれないが、それで妹が笑顔で過ごしていてくれるなら何でも良かった。

 

 

 

 でも、とある日のこと。その日は外せない用事があって妹を一人にしてしまう状況にせざるを得なかった。

 

 早急に用事を終えて妹が待つ教室に向かうと、妹が男子たちに取り囲まれていた。

 

 俺が殺意を剥き出しにして割り込むと、そこには他の男子とは異なり妹を庇うように立ち塞がる男子生徒が一人いた。

 

 そいつの名前はルーシェ・ギブソン。見るからにひ弱な優男といった様子で、足も震えているし他の男子達に勝てるようには見えなかった。

 

 状況が上手く飲み込めなかった俺は、面倒なのでルーシェもろとも全員ぶっとばした。

 

 

 その直後に妹は雷が落ちたかのようにピシャリと俺をしかりつけた。どうやら彼は勇気を振り絞ってレジーナのことを庇おうとしてくれたらしい。

 

 だが俺は謝る気分にはなれなかった。

 

 なぜこの優男がそんな無茶をしようとしたのか、その動機が不純なことなのくらい、同じ男なら容易に想像がついたからだ。

 

 

 

 まあ、後のことを言ってしまえば、今レジーナの横に立つ新郎こそ、かのルーシェ・ギブソンだ。

 

 

 アイツは俺の目を掻い潜って何度もレジーナに接近し、二人は少しづつ惹かれあったということらしい。

 

 

 卒業後、結婚したいと二人揃って挨拶に来たが、俺はもちろん反対した。

 

 

 軟弱者の貴様に任せられるか、お前にレジーナをめとる資格なんてない。と、妹の制止を振り払いながら奴の胸ぐらを掴み、顔の骨が砕けるまで殴り続けた。

 

 それでも、ルーシェは一切退きはしなかった。どれだけ殴っても俺の視線から目を逸らすことはなかったし、どれだけ罵倒しても怯みはしなかった。

 

 

 しまいには、

 

 「僕はこれから強くなってみせます! だから、お兄さん僕を鍛えてくれませんか!?」

 

 なんてことを言い出してきて、そこまで言うならと俺はこいつに稽古をつけることにした。

 

 

 他の男じゃ簡単に逃げ出してしまうくらい、相当に厳しくしたつもりだが、結局あいつは弱音を吐くことなく俺の稽古に食らいついてきて、俺に一太刀浴びせるまでに成長した。

 

 

 

 その強さ、その根性、何よりも妹のことを愛しているという奴の強い意思を目の当たりにして、

 

 「妹のことを、どうか幸せにしてやってくれ……」

 

 と、らしくもなく声を涙で滲ませて、俺はとうとう結婚することを許した。

 

 

 

 

 そして、話は今へと繋がる。

 

 

 

 式が終わり、皆が祝宴に踊っていたとき、俺は一人夜の風に当たっていた。

 

 

 妹は他の男のもとへ嫁ぐ。俺も信用する立派な男のもとへ。もう、何も心配する必要はない。俺の役目は終わったのだ。

 

 そんなことを思いながら黄昏ていたら、俺のことを呼ぶ女の声。

 

 

 「お兄ちゃん」

 

  

 声の主はレジーナだった。

 

 

 彼女はパーティ用のドレスに身を包み、いつもとはまるで違う雰囲気を醸し出していた。

 

 いや、それだけ彼女が成長したということなのだ。いつの間にか、こんなに大きくなっていたんだな……

 


 「どうしたんだ、レジーナ」

 

 「お兄ちゃんとお話したいなぁ~って」

 

 「どうしたどうした、ホームシックになるには早すぎないか?」

 

 

 「もう! からかわないでよ! そうやってすぐに私のこと子供扱いするんだから!」

 

 プゥ、と頬を膨らませるレジーナ。こういうところは昔から変わらない。

 

 

 「ハハハ、冗談だよ。 それで話って?」

 

 「えっと、改まった感じになるとちょっと恥ずかしいんだけど、今まで私のこと大切に育ててくれてありがとうって言いたくて……」

 

 「なんだよそんなことか。兄として当たり前のことだろ?」

 

 「当たり前なんかじゃない! お兄ちゃんはすごいよ! お父さん達が死んじゃってからも、私のために働いてくれて、学校にも行かせてくれて、今日の今日まで、ずっと私のこと守ってくれた…… そんなの、簡単に出来ることじゃないよ……」

 

 つらつらとそんなことを語られて、俺は少し返事に戸惑ってしまう。

 

 確かに、これまで妹のためにやって来たことは決して簡単なことではない。

 

 だが、厳密にはそれは妹のためだけじゃなく俺のためという側面もあるのだ。

 

 

 

 「俺にとっては、お前の笑顔が全てだから」

 

 

 だから俺はそんなことしか言えなかった。だが、それはきっと妹の求めている言葉ではないのだろう。

 

 しかし、俺は今まで志奈と重ねてレジーナに接してきた。それは間違っても純粋な愛情なんかじゃない。

 その思いがあるから、俺は他人にどれだけ褒められても素直に受け入れることなんて出来なかった。

 

 それどころか、こんなことをしても志奈が戻ってくるわけではないと不必要に自分を責めてしまう。

 結局お前は自己満足したかっただけなんだ。と、自分で自分の心を抉ってしまう。

 

 もはやそんなふうに己を咎めることすらも、罪の意識から逃れようとしているだけのポーズなのかもしれないのに。

 

 

 「ねえお兄ちゃん、こっち見て?」

 

 不意にレジーナが下を向いた俺の視線を上げるよう促してくる。

 その言葉には、今までレジーナを純粋に見ていなかった俺の心のうちを見透かしているかのような意味が込められている気がした。

 

 「な、なんだ?」

 

 俺は慌てて聞き返した。

 

 

 「私ね、お兄ちゃんのことが心配なんだ。これからお兄ちゃんがどうしていくのか。私がいなくなって、お兄ちゃんは大丈夫なのかなって」

 

 「何を言うかと思えば…… 別にお前がいなくなっても俺は適当に生きていくだけさ?」

 

 狂いそうだった調子を整えて、俺は肩をすくめながら答えた。

 

 「適当じゃ駄目なんだよ、私はお兄ちゃんにも幸せになってほしいの。私だけ幸せになるなんて、そんなの絶対に嫌」

 

 「俺のことなんて気にするな」

 

 

 「気にするよ! 私知ってるもん、私がお兄ちゃんを苦しめてたこと!」

 

 

 「何をバカなことを、俺はおまえがいてずっと幸せだった。働くのだって、なんだって、俺は全く苦じゃなかった」

 

 

 「違うよ、私が言いたいのはその事じゃなくて……」

 

 レジーナは涙をこらえながら続ける。

 

 

 「真司お兄ちゃんに、ずっと謝りたかった……」



 そして、表情を崩しながらそんなことを言い出した。

 

 

 「おまえ、まさか……」

 

 

 「うん、そうだよ。私も前世の記憶があるの、志奈の記憶が」

 

 「そんなバカなことあるわけ…… いったいいつから気づいていたんだ?」

 

 「記憶が蘇ったのは半年くらい前だよ。お兄ちゃんのこともすぐに気がついた。 志奈とレジーナ、真司とシンじゃ偶然にしては出来すぎてるからね」

 

 

 「なあ、本当に、本当に志奈なのか……?」

 

 「うん、そうだよ」

 

 改めて確認しても、彼女が志奈である事実は変わらなかった。だから俺は、意を決して本心を晒した。

 

 

 「俺はずっと、ずっとおまえに謝りたかったんだ。 不甲斐ない兄で、おまえを守ることが出来なくてごめんって、ずっと……!」

 

 俺はシンとしてのキャラなんか忘れて、無様にも頭を地につけた。

 

 しかし、俺の言葉を聞き入れて、レジーナは静かに首を横に振る。

 

 「違うよお兄ちゃん。謝らなきゃいけないのは私のほう。 あんな死に方したらお兄ちゃんが後悔するってわかってたのに、自分のことでいっぱいで、何も言わずに死んじゃった」

 

 「そんなことを言うな! 俺が悪いんだ! 俺がしっかりしていれば、おまえを死なすことはなかったんだ!」

 

 そんなことを口にするが、実のところ、心の内に秘めた言葉はそんな生ぬるいものじゃなかった。

 

 

 俺なんかが兄じゃなかったら。

 

 

 そんな思いが心のどこかにあって、シン・ルイスとして生まれ変わったのではないのかとずっと思っていた。 

 

 

 だというのに、

 

 「それでね、私お兄ちゃんに言い残していたことがあるんだ」

 

 「言い残したこと?」

 

 

 「うん。まあ、今レジーナとして言いたいことでもあるんだけど……」

 

 レジーナは少し照れ臭そうな顔を見せる。

 

 

 「なんだよ、勿体ぶらずに言ってくれ」

 

 毅然と振る舞うように取り繕ったが、内心何を言われるのか怖くて仕方なかった。

 妹からすれば、俺はただの偽善者で自己満足野郎だ。きっと、本当は俺のことが嫌いになっているに違いない。

 

 「じゃあ言うよ……? えっとね、私お兄ちゃんの妹として生まれてきてほんとに良かった! 今も昔も、お兄ちゃんがお兄ちゃんでほんとぉぉぉぉぉによかった!」

 

 「……へ?」

 

 

 言葉の意味を理解するのに数秒時間を要した。

 

 俺の妹でよかった? 今も昔も? なんで、どうして? そんなことあるはずがないだろう。

 

 

 「ううぅ、やっぱ恥ずかしいなぁ~! 顔が熱くなってきちゃった!」

 

 俺の杞憂なんてまるで知らないといった様子で、パタパタと自分の手を扇いで顔を冷やそうとするレジーナ。

 俺は相変わらず呆然としていて、ただただ眺めることしか出来なかった。

 

 

 

 でも、次第にあの言葉が心に染み込んできて、意味が理解できるようになって、自然と涙がこぼれ落ちる。

 

 「いいのか……? こんな兄ちゃんで、おまえは幸せだったって、そう言ってくれるのか……?」

 

 ひざまずく俺の頭を、レジーナがそっと撫でた。

 

 

 「うん、そうだよ。今までありがと、そして、お疲れ様」

 

 

 

 お疲れ様。

 

 

 

 そんなレジーナの優しい声は、懐かしい志奈のものと俺の中でダブった。

 

 

 そのとき俺は悟ったのだ。こんな風に、妹から、自分の妹でよかったなんてことを言って貰いたかったということを、そのために、今まで頑張り続けていたということを。

 

 

 

 自分でも気づいていなかった望みが叶って、俺はただただ涙を流した。

 

 

 

 「もう、思い残すことはないな……」

 

 解放された想いから、そんなことを呟く。

 

 

 「うんうん、ってこら!」

 

 「え?」

 

 「お兄ちゃん人の話聞いてた!? 私言ったよね! 次はお兄ちゃんが幸せになる番だって!」

 

 「いや、俺は今が一番幸せ……」

 

 「アホかー! それじゃ私の気が済まないの! 早くいい人見つけて結婚して!」

 

 「そんな無茶な……」

 

 俺が呆れ気味にそう言うと、レジーナはくるりと背を向け、振り返りながら人差し指を口元に当ててはにかむ。

 

 「きっと出来るよ、お兄ちゃんなら♪」

 

 

 

 

 

 

 

 今日、妹が結婚する。

 

 前世の後悔からずっと世話をしてきた俺にとっては、やっと肩の荷が降りて楽になれるので喜ばしい限りだ。

 

 ただ、どうやら俺も幸せにならないといけないらしい。

 

 

 妹の幸せが俺の幸せだったように、俺の幸せが妹の幸せだということだそうだ。

 

 

 まったく、わがままな妹だ。

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