第11話
第11話 Untouchable
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「このニュース異常すぎるだろ」
「これもやっぱりアレが原因なんかね」
「アレってなに?」
「バカか。こんなの起こせるのっつったらアレしかないじゃん」
「魔法少女――」
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孝美:じゃあ、今から真の家に集合ってことで
真:わかった
ゆい:うん
孝美:悪いわね真、家使わせてもらって
真:なに、気にするな。にぎやかなのは母様も喜ぶ
孝美:ありがと。じゃあ後で
孝美はスマホを机に置くと、ベッドに倒れ込み、枕に顔をうずめる。
「…バカ…」
今朝のニュースで、廃屋での集団殺人事件の事を知った。
被害者は全員男性、加害者は全員女性。
嫌な予感がして楽子と連絡を取ろうとしたが、全く繋がらなかった。そして、さっきのやり取り。
ゆいが、会話に参加しなかった楽子について全く触れなかった。探知魔法を持つゆいが。それの意味するところはつまり、『そういう事』である。
(もっと早く、こうするべきだった…)
魔法暴走。他の仲間にも起こり得るそれについて、本来ならばすぐに話し合う必要があった。だが、沙弥の事件のショックがあまりにも大きく、落ち着くまで少し間を空ける必要があると判断したのだが…甘かった。
「…バカ…」
再び呟いたそれは、いなくなった楽子に向けたのか。悠長に構えて手遅れになってしまった自分に向けたのか。あるいはその両方か。後悔の念と、自責の念が孝美を襲う。しかし時間は戻らない。実はこれは悪い夢で、起きたら全部元通りなんて都合のいい事にもならない。
ならばこの現実で、悔やむよりもすべきことをなすべきだ。
起き上がり、大きく深呼吸。
「…しっかりしなきゃね」
自分が落ち込んでいたら、楽子がまたあのイラつく調子で「孝美ちゃんぼくの事で落ち込んでくれてるの?ごめんね、でも嬉しいなぁ」とか言うに違いない。
(残念だったわね。落ち込んでなんかやんないわよ)
孝美はベッドから下りて、真の家に向かうための身支度を始める。視線がペン立てに向いた時、その動きが止まった。
少しの間悩み、もしもの時のために、それをバッグに詰め込んだ。
「お母さん、真の家に行ってくる」
「んー、気を付けてねー」
リビングでテレビを見ていた母親は、振り返らずに返事をした。
そう、気を付けなければならない。そして、もしもの時は。
真の家に向かいながら考える。もし自分の魔法が暴走したらどんな現象が起こるのだろうか。
沙弥の場合は、周囲の物体を手当たり次第に変化させていた。
楽子の場合は…詳細は分からないが、おそらく女性を、それこそ暴走させるようなものなのだろう。
推測するに、魔法が強力になり、制御できずに発動し続けるといった感じか。では自分の場合は、周囲の物体を触りまくるのだろうか。いや、押す?持ち上げる?何にせよ、ろくなことにはなるまい。更に、ゆいや真の魔法が暴走したらと考えると…ぞっとする。
「すいませーん」
途中にある大学の近くを通ったところで、声を掛けられた。若い男だ。学生だろうか。
「なんですか?」
「ちょっとアンケートにご協力いただきたいなーと」
男は孝美の前に回り込み、紙とペンを差し出してくる。
「すみません、急いでいるので」
「そんな事言わずに!ちょっとだけでいいんで、お礼もしますから!」
進路を塞いで引き止める。だんだん怒りを覚えてきた。
「あの!いい加減に」
「あ、もういいですよ」
「え?」
孝美の意識はそこで、一度途切れた。
(ん…)
目を覚ました孝美は、暗闇の中にいた。どうやら目隠しされているらしい。口にも何か噛まされており、手足も縛られて完全に体の自由を封じられている。
視覚以外の、聴覚と触覚を頼りに状況を把握しようとする。振動、エンジン音。そして低い天井。おそらく、車のトランクだろう。拉致されたのだ。大学の前で話しかけて来た男、その一味に。
(こちとら急いでるってのに…!)
犯人たちの正体が気になるところではあったが、今それは重要ではない。逡巡する。魔法を使って脱出すべきか否か。孝美の魔法は認識した対象に接触する力。目隠しと暗闇で二重に視界を封じられている今、魔法を使えば即脱出、というわけにはいかない。するとしたら、まず触覚によって認識できる手足の拘束を解き、目隠しを取る。そしてやはり触覚によってトランクの天井部分を認識し、思いっきり押してぶち破る。といったところではあるが、拘束が接触の魔法で解ける類のものか、トランクを開けられるパワーを出せるのか、そもそもここはどこなのか…トランクを開けたところで脱出できるのか、などの問題がある。一時大人しくしておき、隙を見て脱出するというのも一つの考えではあるのだが。
(そうのんびりしてもいられないのよね)
いつ暴走が始まるかわからないのだ。自分だけではなく、ゆいと真も。こんなところで、いつ生まれるかもわからない隙を待っている余裕などはない。即時脱出の決意を固め、行動を起こす。起こ、そうとした。
それは、最悪のタイミングで始まった。
――ドォォォン!
孝美を乗せていた車が突如、爆発した。孝美はトランクから放り出されて道路を転がる。周囲を走行していた車が、突然の出来事に驚き、急ブレーキをかけたりハンドルを切ったりしている。
「う…っ…」
放り出された時に拘束は全て解かれたようだ。全身に痛みを感じながら、必死に顔を持ち上げる。正直少し休んでいたい気持ちはあるが、そういうわけにはいかない。いったい何が起こったのか、状況を把握する必要がある。場合によっては、すぐに動かなければならないかもしれない。
「なんだよこれ!」
「事故?警察?」
「いきなり爆発したぞあの車!」
知らない場所ではあるが、街中のようだ。そこそこ交通量の多い道路なのだろうが、爆発の影響で車の流れは止まっている。ひとまずすぐに逃げるとか、身を隠す必要はなさそうだ。
犯人たちの様子が気になり、爆発炎上している車の方を見るが…それらしき人影は見当たらない。同じように吹っ飛ばされたのか、それともさっさと逃げ出したのか…。それはそれとして、車の残骸が奇妙な形になっているのが少し気にかかった。車体のあちこちがねじれたり、ちぎれたりしている。仮にエンジンが爆発したとして、あんな形になるものだろうか。そもそもどうして突然爆発…。
「おい!君、大丈夫か!?」
1人のスーツ姿の男性が孝美のところに駆け寄り、手を差し伸べてきた。孝美は迷う、この手を取ってもいいものか。捕まった時に話しかけて来た男は普通の学生然とした出で立ちだった。この男も犯人の一味である可能性はないのか。数秒考え、状況からしておそらく犯人ではないだろうと判断し、警戒しつつも手を伸ばした。
「ぐ…が…」
「え…」
孝美が男に手を伸ばした瞬間。正確には、手のひらが男の方を向いた瞬間。男の全身は『ねじれた』。肘、膝、手首足首、肩、股関節、腰、首、顎。それらの関節が、見えざる手によってものすごい力で引っ張られたかのようにねじれ、ぶちぶちと千切れて地面に落ちる。
「え…なに、が…」
孝美はその光景に一瞬我を忘れたが、すぐに思い至った。
これが、自分の魔法暴走なのだ。
手のひらをかざしただけで人間の身体がバラバラになる。こんな恐ろしいものが。全身が震えだし、恐る恐る自分の手を見つめる。
「いっ!ぎっ!?」
「!」
声に振り向く。そこにはちょうど、空中で体を固定され、さっきの男性のようにバラバラになりつつある女性の姿があった。魔法は魔法少女には効かない。手のひらから発せられた魔法は、孝美を素通りして後ろに立っていた女性に発動したのだ。
「待っ…」
慌てて手を隠すも、時すでに遅く女性の身体はバラバラに分解されて道路に転がる。その光景は、周囲のやじ馬たちも目撃していた。
「何だ、今の…」
「人がバラバラに…うっぷ…」
「あの子が、やったのか…?」
「化け物…」
「あんな事できるのって、もしかして…」
やじ馬たちはじりじりと後ずさり、孝美との距離を空けていく。当の孝美は混乱していた。自分の魔法暴走が始まってしまったこと。それで、故意でないとはいえ人を2人も殺してしまったこと。その上周囲から向けられる、奇異と恐怖の視線。思考が全く落ち着かず、その場から動けずおろおろするばかり。ただ、手を人に向けてはいけないという事だけははっきりとわかっており、へたり込んだまま手のひらを地面につけている。
「警察はまだ…お…ご…」
「あっ…かはっ…」
「ぎっ…ぎっ…」
突然、野次馬の何人かがうめき声をあげ、そしてまた…バラバラに千切れていった。
孝美の顔から血の気が引いていく。
「なんで!?あたしは何も!」
視線を落とす。手のひらは確かに道路にぴたりとくっつき、さっきの人たちの方は向いていない。そもそも、手のひらを向けた相手をバラバラにするということならば、同時に被害を受ける相手は最大で2人のはずだ。
考えられる可能性はひとつ。手のひらがどこに向いているかなど、もはや関係ないのだ。暴走した魔法が独自進化を始めているのだろう。その証拠に、ほら。道路のアスファルトがひび割れていく。生物も無生物も関係なく、固いアスファルトだろうが物ともしないパワーへと成長してしまっている。
「ひっ…」
「いやああああああああああああ!!!!」
やじ馬たちは我先にと、蜘蛛の子を散らすように散っていく。孝美にとっては不幸中の幸いだ、逃げてくれれば殺さなくて済む。
「痛っ!」
群衆にもまれて、女の子が転んだ。まずい。このままでは魔法が彼女を捉えてしまう。止めなければ。そういえば、沙弥は周囲の物質が変化していく中、メモ帳だけは死守していた。あれはどうやっていたのだろう…と考えている時、バッグの事を思い出した。孝美のバッグはすぐ傍らに転がっていた。痛む体に鞭打ってそこまで移動し、取り出そうとする。魔法が暴走してどうしようもなくなったとき、自決用にとペン立てから取ってきた、ハサミを。ただのハサミではあるが、首に思いっきり突き立てれば出血か窒息で死ねるはずだ。そう思ってバッグに手を伸ばすが、無情にもバッグは中身ごとバラバラに引きちぎられる。それならばと破片を手に取ろとするも、更に小さく砕かれていくだけだった。
「ぐがっ!」
後ろからうめき声。嫌だ。見たくない。聞きたくない。
「おが…さ…たずげ…」
そして、ぶちぶちと千切れる音。嫌だ。もう嫌だ。沢山だ。孝美は震える手で自分の首を絞めようとする。が、そこで手が止まる。死への恐怖からではない。また別の恐怖だ。
(もし、上手く死ねなかったら…?)
自分で首を絞めたところで、それで死ねるものだろうか。気を失うだけじゃないのか。暴走している魔法は、きっと気を失っても発動し続けるだろう。そして次に近づいた、警察か消防か誰かを…。そうでなくても、力を増し続ける魔法が、最終的にどこまで強力になるのか…。
暴走を止められない以上、確実に死ななければならない。そう思って周囲を見渡すが、使えそうなものが見当たらない。魔法が魔法少女に効かないという制約がもどかしい。それさえなければ、とっくに自分の魔法に殺してもらっているのに。
道路に思いっきり頭をぶつけるか?ダメだ、首絞めと同じで確実性に欠ける。
そのへんの建物から飛び降りる?ダメだ、ここらの建物だと高さが足りない。
電柱を壊して電線に触れる?ダメだ、電線もバラバラになる。
ダメだ。
ダメだ。
ダメだ。
ダメだ。
考えているうちに魔法は更に強くなり、電柱にひびが入った。
急がなきゃ。
急がなきゃ。
急がなきゃ。
電柱が折れた。そして、ビルやマンションの壁に亀裂が走る。
急がなきゃ。
急がなきゃ。
早く。
早く。
早く。
早く。
早く、死ななきゃ。
テレビで見た、巨大トルネードが通った後の破壊された外国の街並み。
教科書で見た、大地震が起こった後の崩壊した街並み。
それによく似た光景が広がっていた。建物は崩れ、道路はバラバラになり、瓦礫があちこちに散乱している。警察や消防の人たちが懸命に救助活動を行っている。たぶん、自衛隊もそのうち来るのだろう。
救助活動。手伝わなければならない。人助け。しかし、ゆいも真も動けないでいた。
彼女らが立ち尽くしているのは川辺。見つめているのは、橋が崩れて流れがせき止められている場所。そこに浮かんでいる、苦悶の表情を浮かべた水死体は。彼女は。
<三つめ>
つづく
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