第9話
第9話 変貌
沙弥:すみません~、今日はお休みします~
昨日チャットに書かれたメッセージ。それ以降、沙弥と連絡がとれなくなった。
ゆい:沙弥ちゃん、どうしたのかな…
真:体が強い方ではないからな、体調を崩しているのかもしれん
孝美:今日は活動休みにして、沙弥のお見舞いにでも行く?
ゆい:でも誰も沙弥ちゃんの家は知らないんだよね
楽子:ぼく知ってるよ
孝美:なんで知ってるのよ
楽子:教えてもらったから
孝美:…どうせ不純な目的だろうけど、今回は大目に見るわ
真:行く前に確認した方がいいんじゃないか?家の電話番号は分かるか?
楽子:もちろん!ちょっと待っててね
少しの間。そして次に書かれた楽子のメッセージに、3人は目を見開いた。
楽子:沙弥ちゃん、昨日から家に帰ってないって…
事態は思っていたよりも、ずっと深刻なようだった。
真:沙弥、何があった…?
孝美:家出なんかするような子じゃないわよね
ゆい:理由よりも、今は沙弥ちゃんを探さないと
楽子:そうだ、ゆいちゃんの探知魔法でわからないかな?
ゆい:あ、そうか。やってみるね
ゆいは魔法を使い沙弥の居場所を探知する。本来ならゆいの探知魔法では種子の場所はわかっても種子を持っているのが誰かまではわからないのだが、やりようはある。今いる三人の居場所を聞いて、探知結果と照合する。誰にも該当しない種子反応が沙弥のものだ。
ゆい:…わかった。結構遠い…
真:確か、距離の精度は反比例するんだったな
ゆい:うん、正確な場所は行ってみないと
孝美:そういえばマソミンはどうしたのよ?いないの?
ゆい:今日は朝から見てないよ
楽子:とにかくゆいちゃんが探知した場所に行こう
魔法少女隊はゆいの情報をもとに最寄りの駅に集まり、沙弥のいるとおぼしき場所に向かった。
「だいぶ近い…次で降りよう」
その場所は駅から少し離れていたため、魔法少女隊はバスに乗って移動していた。ゆいの言葉を受けて楽子が降車ボタンを押し、四人はバスを降りた。
しばらく歩き回り、そして、孝美がそれを発見する。
「…ねえ、あれ…じゃない?ひょっとして」
「なんだ、あれは…」
孝美が示す先には人だかりが出来ていた。彼らの向こうには大規模な屋外型のトランクルームがあり、その一角に明らかな異常事態が発生していた。一部のコンテナが、絶えず「変化」しているのだ。形、大きさ、色、質感。それらが変化し、ぐにゃぐにゃと蠢いている。
「ゆいちゃん…」
「…うん、あの…中から、沙弥ちゃんの…沙弥ちゃんの…」
ゆいの魔法は残酷に告げる。あの異常事態の中心に沙弥がいるのだと。呼吸が乱れる。思考がまとまらない。本能も、理性も、それに近付くなと警告している。
「すぅー………」
ゆいは思いっきり深呼吸して、両手で頬をぱちんと叩いた。みんなが驚いてゆいの方を向く。
「…行こう」
決意を言葉にする。どんな異常事態でも、自分たちは行かねばならない。
自分たちは魔法少女なのだから。
そして、大切な友達がそこにいるのだから。
「魔法少女だ!」
「すごい!初めて見た!」
4人は変身して人々の前に現れる。騒ぎは一層大きくなった。ただし、それまでの不安と混乱に満ちたものではない。安心と興奮による歓声だ。
「みなさん、危ないので下がっていてください!」
「かんばって!」
「頼んだぞ魔法少女!」
声援を背に、異形のコンテナに向かい歩き出す。
「待て」
変化が発生している境界で、真が3人を制止する。石を拾って投げ込むと、コンテナと同じようにぐにゃぐにゃと変化し出した。続いて魔法で作り出した刀を放り込むが、それには何も起こらなかった。
「…魔法に干渉しない、ということは」
「やっぱり、これって…」
その先は口にしなかった。したくなかった。続いて真は靴を脱ぎ、同じように投げ入れる。これにも変化は起こらない。
「入っても大丈夫そうだな」
4人は異常発生空間に足を踏み入れる。互いを見回すが、特に変化した様子はない。そのまま慎重に足を進める。
「…このコンテナ」
ゆいが異常の中心にあるコンテナを示す。そっと扉に手を近付け、開けようとする…が、開かない。
「ゆいちゃん?」
「…ダメ、開かない」
「変化してるのかもね。形か、それとも開閉するものっていう性質か」
「どいてくれ」
ゆいが下がり、真が扉の前に立つ。
「ゆい。沙弥は扉の近くにはいないな?」
「…うん、奥にいる」
返事の後、真の刀が煌めく。扉が切り裂かれ、入り口が出来た。
「…っ!」
中の様子を見て、4人は息を飲んだ。中は外以上に激しく変化が発生していた。壁と天井は色を変えながらぐねぐねとうねり、歪な形状の物体がそこら中に散らばっている。そして、奥には。
壁にもたれかかっているそれは。
両手両足が腫れあがった上にどろどろに溶け、壁や床に同化しているそれは。
破れた服の隙間から、胴体に本来あるはずのない目、口、鼻といった顔のパーツが覗くそれは。
頭の左半分が硬質化し、経年劣化したコンクリートのようにボロボロに崩れているそれは。
その顔は。
「…沙弥、ちゃん…?」
ゆいの言葉に反応し、沙弥はぎこちなく右半分しかない顔を上げる。
「み……なさ…ん…」
表情を苦痛に歪ませながらも、仲間の姿に一欠片の安堵を得たのか、口元に微かな笑みを浮かべる。
「沙弥ちゃん!!!」
4人の魔法少女たちは変わり果てた沙弥の元に駆け寄る。ゆいが右肩に触れると、沙弥が目を見開き、叫びを上げる。
「いっ…ああああぁぁっ!」
「ご、ごめん!」
慌てて手を引っ込める。沙弥はぜえぜえと苦しそうに息を整え、話し出す。
「…よ………た…間に…あ………」
「沙弥ちゃん!沙弥ちゃんっ!」
途切れ途切れに言葉を発する沙弥に、ゆいは必死で呼び掛ける。
「み……さん……を…けて…」
「沙弥ちゃん!しっかりして沙弥ちゃん!」
「沙弥!誰にやられた!わたしが倒してきてやる!教えてくれ!」
「二人とも落ち着きなさい!ああもう!どうすればいいのよ!どうなってんのよ!」
「う…あああ…沙弥ちゃん……ああ…」
4人は混乱の只中にあった。何が起こっているのか、どうすればいいのか、何もかも分からない。いや、本当は薄々勘づいている。
沙弥の魔法が、理由はわからないが暴走しているのだ。だから、それを止める一番確実な方法は…。できるわけがない。泣きながら、叫びながら、放心しながら、ただ無力感を噛み締めることしかできない。
「……の……メ……を…」
沙弥の残された右目が動く。視線の先には一冊のメモ帳が落ちていた。メモ帳だ。コンテナ内の他の物体は変化してしまって何かわからないものになってしまっているのに、そのメモ帳だけは原型を留めている。おそらく、沙弥がそうさせているのだろう。暴走する魔法に抗いながら、自分の肉体よりも優先させて。
「これ!?これがどうしたの!?」
ゆいが拾って沙弥に見せる。同時に沙弥の顔の硬質化が、右側にも及び出す。
「それ……書い……とを……を…っ!…っっ…!」
「沙弥ちゃん!」
腫れ上がった四肢の表面が裂けて、中から膿のようなものが溢れ出す。胴体についた口から舌が伸び、傷口を舐めとる。そんなことをしたら痛いに決まっているのだが、その舌も沙弥から生えているものなので、止めるに止められない。
「沙弥ちゃん!沙弥ちゃぁん!」
声の限り叫ぶゆい。悔しさで血が滲むほど拳を握りしめる真。頭を抱えてうずくまる孝美。呼吸を荒げながら膝をつく楽子。全員がぼたぼたと涙を流し、否応なく理解する。
もう、どうしようもない。
「み…さん…いま…で…ありが………たの…かっ……」
変化は無情にも進む。四肢は鉈で切られたかのようにずたずたに裂けていき、胴体の肉は腐り始める。顔は固まり、ひび割れる。
「さや……は……さや……て…なに…」
突然、全てが終わった。全てが止まった。声を発する者はおらず、壁や天井、その他の物体に起こっていた変化は全て停止している。それの意味するところは。
永遠に続きそうな静寂を破ったのは、静かに砕けた、人の頭だったもの。
魔法少女の勝利を確信した大衆の上げる歓声に、彼女らの慟哭は掻き消される。
ゆいの手からメモ帳が落ちた。そこに書かれていた、沙弥が伝えたかったであろう何かは、変化によって無意味な図形へと変わっていた。
<一つめ>
つづく
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