第8話
第8話 違和感
「あれ、ナベさん?」
落とし物を届けに警察署に来た魔法少女隊は、渡辺の姿を見た。何やら数人の警官らと共に、足早に歩いている。
「事件かな?」
「気になりますね~」
「どうすべきかしら…」
気にはなる。が、警察案件に下手に首を突っ込んで、文字通り痛い目を見たのは記憶に新しい。
「とりあえず話だけ聞いて判断してみるのはどうだ?」
「そうだね、何か私たちで力になれるかもしれないし」
「ゆいちゃんはその前にそれ、届けてこないとね」
「あ、そっか」
「お話は沙弥たちで聞いておきますね~」
「ごめん、お願い」
4人と別れ、ゆいは落とし物を窓口に届け、手続きを済ませる。そしてすぐさま踵を返し、再び合流する。ちょうど話を聞き終わったところのようだった。
「…まぁ正直な話、俺たちとしては出来る範囲で協力してくれればありがたくはある」
「わかりました。ちょっといいですか、相談したいので」
「お待たせ。何だって?」
「誘拐事件だそうだ」
嫌な感じがした。誘拐。身近なようで、どこかフィクションの中にしか存在しないように思っていた犯罪。それが今、こんな近くで起こっている。生々しくもあり、同時に非現実的な感じもする、どこか落ち着かない気持ちだ。そんな思いを抱きつつ、考える。この事件に関与するリスク。それ以上に、被害者たちの気持ちを。
「…私は、協力したいと思う」
考えた末、ゆいはそう結論付けた。他のみんなも同じらしく、一様に頷く。
「決まりだな」
「よし、じゃあ急げ。今から被害者宅に急行する」
「ところでどこの誰が誘拐されたんですか?」
「ああ…」
その名前を聞いて、ゆいは絶句した。
「和田浩美。中学生の女の子で、つばさ製菓って和菓子屋の娘さんだそうだ」
つばさ製菓。浩美の両親は、青ざめた顔で一同を迎えた。
「刑事さん…と、ああ、テレビで見た…」
「おじさん、浩美ちゃんは…」
「ん…うちの浩美と知り合いなのかい?」
「あ、いえ、その…」
「ご主人、中で詳しい話をしたいのですが」
「ああ、そうですね。どうぞ…」
浩美の父親に連れられ、渡辺以下警官たちがつばさ製菓の奥へと通される。それを見送りながら、真がぽつりと呟いた。
「解せんな…」
「やっぱり、そう思うわよね」
「何が…?」
ショックで上手く頭が回っていないゆいは、真と孝美が何を話しているのかわからなかった。
「浩美さんが誘拐された理由がよくわからん。犯人の目的だな。渡辺さんの話だと身代金は要求されてるようだが…」
「それが目的ならもっと裕福そうな家の子を狙うはずよね。お店を見た感じ、失礼だけどお金が有り余ってるって感じでもなさそうだし…それに、どうせなら拐いやすそうな小さい子を狙うんじゃない?」
少し考えれば誰でもわかる理屈だったが、今のゆいには少し考える余裕がない。言われてようやく気がついた。
そして気がついたところで、それが何だとしか思わなかった。
「そんなのどうだっていいよ…浩美ちゃんが……浩美ちゃん…」
楽子がそっと、ゆいの肩を抱く。いつもなら孝美がどやすとこであるが、今は黙ってそうさせた。それが必要だと思ったからだ。
「沙弥たちも行きましょう~、浩美さんのためにも~」
「…うん、そうだね…」
絶対に助け出してみせる。そう決意し、ゆいは渡辺たちの後を追った。
店の奥で、一同はテーブルを囲んでいた。浩美の父親の前には電話機。テーブルを挟んだ向かい側に渡辺。その周囲で数名の警官が何やら機械を設置している。
「…それだけですか?他には?」
「いえ、何も」
「ふむ…」
父親から話を聞き終わった渡辺は、黙ってなにか考え始めた。何かが引っ掛かっているのだろうが、今来たばかりの魔法少女たちにはそれが分からない。代表して孝美が問いかける。
「どうかしたんですか?」
「…いや、いろいろと不自然でな。犯人からの電話は一度きり、『娘を誘拐したから金を用意して待っていろ』、それだけだそうだ」
「…それだけ、ですか?」
「ああ、俺もさっきそう質問したよ」
「それだけです。本当に、それだけ」
違和感はますます強まった。連絡内容が大雑把すぎる。金額の指定もなければ、お決まりの『警察には知らせるな』の文句もない。
「不自然なのもあるんだが…話の内容が短すぎるというのがな…」
「逆探知できないということですか?」
「いや、そりゃ昔の話だよ。逆探知自体は通話時間が短くても問題ないんだ。困るのは、単に得られる情報が少なすぎるって点だな。逆探じゃだいたいの場所までしかわからない。場所を絞るためには出来るだけ相手側の情報が欲しいところではあるんだが」
「あの~、提案なんですけど~」
孝美と渡辺の会話に割り込んで、沙弥が手を上げる。
「ナベさんのスマホにですね~。そちらの電話の発信元を表示させる機能を、魔法で付与するというのはどうでしょう~。かなり正確にわかると思います~」
「そんなことが出来るのか?」
「ええ、日々成長してますので~。ただ少し時間が」
そこまで言ったとき、突然、テーブルの上の電話が鳴り出した。
「悪い、急ぎで頼む。おい、録音準備。逆探もだ」
渡辺は沙弥にスマホを渡し、警官に指示を出し、浩美の父に電話に出るよう促した。
「…はい、つばさ製菓です」
『金は用意できたか?』
犯人からだ。渡辺は浩美の父に「できるだけ多くの情報を」と書いたメモを見せる。
「娘は、浩美は無事なんですか」
『ああ、今はな。このまま帰れるかどうかはそちらの態度次第だが。それより金は用意したのか?』
「…あの、用意はしたんですが、金額を言われなかったので足りてるかどうか…いくら必要だったんですか?」
『…』
「あの…」
『声に少し余裕がある。何か当てが出来たな?警察とか、魔法少女とか』
「!」
『まあいい、集めた金を今から指定する場所に持ってこい』
犯人が引き渡し場所を告げる。警官の一人が地図を出し、渡辺の前に広げた。
「それで、その」
『娘は金と交換で返してやる』
「待っ」
告げるだけ告げて、犯人は一方的に電話を切った。
「発信元の特定急げ。そっちはどうだ?」
「こちらもなんとか間に合いました~」
犯人に指定された場所、渡辺のスマホに表示された場所。そして、警察で入手した発信元の情報。それらの地点は、ピタリと一致した。
「…マヌケか?こいつら。それともズボラなのか?潜伏場所から直接電話するとか…」
「どっちだっていいですよ、ここに浩美ちゃんがいるんですよね。すぐ助けに行きましょう!」
「…そうだな」
ゆいは明らかに焦っているのだが、場所が判明した以上もたついている理由もない。一同は数名の警官を残して、犯人が潜伏しているとおぼしき地点に急行した。
「ここから先は車じゃ…おい!」
指定されたのは道路の通っていない山深く。一同は車で限界まで接近し、あとは徒歩で移動…しようとしたところで、ゆいがたまらず駆け出していった。
「追います!」
「頼む!無茶はするなよ!」
4人の魔法少女がゆいの後を追う。
「ゆいのやつ、もうちょっと落ち着きなさいよね…」
「ゆいちゃんにとってはそれだけ大事な子なんだね」
「少し先行する」
「頼むわ」
真が前に出る。衣装によって強化された身体能力は全員そう差がない。が、武道の経験がある真は他の3人よりも体の動かし方を心得ている。
「止まれ!」
その真が、静止の指示を出した。驚きつつも全員その場に止まる。孝美がどうしたのか聞こうとした瞬間、銃声と、弾丸を真の刀が弾いた金属音がした。
「沙弥、楽子、敵を探ってくれ。孝美、援護を頼む」
指示通りに動きつつ、改めて事態の異常さを実感する。敵、銃声。これはもう明らかに、ただの誘拐事件を逸脱している。
「はああっ!」
「ぐお…っ!」
真が早速、敵の一人を切り伏せる。切られた相手は、魔法の効果で一滴の血も流さずにその場に倒れる。
「孝美さん~、あちらにどなたかが~」
「はぁっ!」
沙弥の指示で、孝美が魔法を発動させる。藪の中に潜んでいた何者かを掴み、空中に持ち上げる。
「急いでるから、ちょっと荒っぽいわよ!真!」
数メートル持ち上げ、そのまま真の方に振り回す。タイミングを合わせて真が刀を当てて、二人目を昏倒させる。
「真ちゃん、あの木の陰!」
真は楽子に指定された木の前まで走り寄る。敵は木の反対側にいるのだが、構わずそのまま、横一文字に刀を振る。木の裏側でどさりという音。木を透過し、敵を切ったのだ。
そのまま少し辺りを伺う。
「…どうだ?」
「もういない、ように見えるね」
警戒しつつ、倒れた敵を一ヶ所に集める。武器を全て取り上げて、使えないように真の刀で切り刻む。
「何者なんだ、こいつらは…」
敵の装備は、銃にナイフ、おそらく暗視用のゴーグル。そして通信機らしきもの。
「どこぞの軍隊って感じだね…」
皆が敵の正体を考える中、沙弥はそれよりも気になっていることがあった。
孝美の魔法は、あそこまでのパワーがあったか?
真の魔法は、あんな特殊なことが出来るものなのか?
「やめましょう。今はこいつらより、ゆいと浩美さんのことが先よ」
「そうだね、この人たちのことは渡辺さんたちに任せよう」
思うところはあったが、確かに今はゆいたちのことが優先だ。浮かんだ疑問を胸にしまったまま、一同は先を急いだ。
「死屍累々って感じだね…」
ゆいを追う4人は、その道中で何度も倒れている敵を見つけた。ゆいは力任せに戦っているらしく、その付近は決まって木がなぎ倒されていたり地面がめくれていたりしていた。
「ゆいさん、大丈夫でしょうか~」
「大丈夫でしょ…これだけ元気に暴れてるんだし」
「ゆいの通った後に倒れた敵か。まるでヘンゼルとグレーテルだな」
「笑えないわね…」
突如、前方で爆音。土砂が空中に巻き起こる。
「あそこか」
「ようやく追い付けましたね~」
「邪魔しないでよ!」
ゆいは木を根本から引っこ抜き、銃弾が飛んできた方向に投げつける。だが命中しなかったらしく、再び飛来した弾丸をその身に受けた。
「ああ…もう…!」
着弾部分の衣装が破ける。彼女の衣装はあちこちに同様の損傷が見られ、自身が巻き上げたであろう土砂による汚れも付着している。辛そうな表情も相まって一見満身創痍にも見えるのだが、実際には血の一滴も流していないし、息の一つも切れていない。
さっき銃弾が飛んできたのとは別方向から銃声が聞こえた。またか。また湧いて出たのかとうんざりしながら銃撃の痛みに耐えようとしたところで、別の音が聞こえた。
銃弾を弾く金属音。
「ゆい!無事か!」
「真ちゃん!」
真たちがゆいに追い付いてきた。思わずゆいは笑みをこぼす。
「ボロボロだな」
「うん、でも怪我はしてないよ」
「そうか、良かった。言いたいことはいろいろあるが…」
「真!お願い!」
孝美が能力で持ち上げた敵を寄越してきた。二人同時にだ。
「ひとまずここを切り抜けてからだな」
そして真が、瞬く間に切り伏せる。
「ゆい、ここはもう指定された地点にだいぶ近くなっている」
「え…そうだったんだ」
「ああ。あっちに進むと間も無く到着するはずだ。ゆいは先に行って浩美さんを確保してくれ。わたしたちは派手に戦って敵の注意を引き付ける」
「うん、わかった。お願い!」
この場を4人に預け、ゆいは真に指定された方向に駆け出した。
後方で爆音が聞こえる。宣言通り派手に暴れているらしい。実を言うと力任せに大雑把に戦っていたゆいの方が派手ではあったのだが、当の本人はそれに気付かない。気にする余裕もない。
(みんな、無事で…)
一人、夜道を駆ける。
(浩美ちゃん…!)
ほどなくして、プレハブ小屋にたどり着いた。破棄されて久しいらしく、外観はかなりオンボロになっている。ゆいは待ち伏せを警戒して、焦る気持ちを抑えながら忍び足で近寄った。奇襲されたところで、ゆい自身は少し痛いくらいで大した被害はないだろうが、浩美に害が及ぶのは何としても避けたかった。
(…あれ?)
だがそんな思いとは…良い意味で裏腹に、待ち伏せなどは皆無だった。その上プレハブには鍵すら掛かっておらず、扉が開けっぱなしにしてある。罠かと思いつつも意を決して飛び込んでみたが、やはり何もなかった。そして小屋の中には。
「浩美ちゃん!」
拘束された浩美が床に転がされていた。駆け寄り、テレビで見たのを真似して呼吸と脈を確認する…生きている。続いてざっと全身を確認する。特に大きな怪我などはないようだ。
「よかった…」
ほっと胸を撫で下ろし、浩美をおぶる。背中に感じるぬくもりが、救出できたという実感をより一層強くさせる。
「帰ろう、浩美ちゃん」
警戒しつつ小屋から出るも、やはり何事も起こらなかった。いつの間にか周囲はすっかり静けさを取り戻している。
「ゆいさ~ん」
沙弥が手を振りながら駆け寄ってくるのが見えた。
「はぁ…はぁ…警察の…面子が立たねえな…」
戻る途中で、魔法少女隊は渡辺率いる警察隊と合流した。一般人よりも体力のあるであろう警察の人間と言えど、慣れない山道を登っていくのはなかなか辛そうだった。
「ふー…よし、じゃあ後はこっちで預かろう」
「お願いします」
ゆいは警官の一人に浩美を預ける。
「またね、浩美ちゃん」
「この先にも犯人グループが倒れているので、そちらもお願いします」
「ああ、逮捕協力感謝する。…ん?」
渡辺は孝美の言葉に違和感を覚えた。
「ちょっと待て、この先にもってどういうことだ?」
「え?来る途中にもいましたよね、あたしたちが倒した人たち」
「…いや?誰もいなかったが」
今度は孝美が違和感を覚えた。誰もいなかった?そんなはずはない。もしかして見逃した?いや、見つけやすい位置に固めておいたし、ゆいの戦闘跡なんかはかなり目立ったはずだ。何ヵ所か見落とすということはあるかもしれないが、全てというのは考えにくい。目が覚めて逃げ出した?それこそあり得ない。真の刀でやられたのなら数時間は倒れたままのはずだし、ゆいにやられた連中も満足に動ける状態ではないはず…。
「…何かあるようだな。いや、何もないからおかしいというべきか…よし、俺たちはこのまま進んで調べてみるから、お前たちは一旦戻れ。後日でもいいから話を聞かせてくれると助かる」
「…はい」
不審な点は多々あるが、以前の事もあるし下手に首を突っ込みすぎるのもためらわれた。第一、思いもがけない展開になって疲れているので、渡辺の案を受け入れた。今回、魔法少女隊の出番はこれで終了だ。浩美をおぶった警官、他一名の警官と共に、魔法少女隊は下山を始める。
「あ、そうだ!ちょっと待ってくれ!黄色の!」
「はい~?」
渡辺が慌てて沙弥を呼び止める。
「スマホ返してくれ」
「あ、そうでしたね~。はい、どうぞ~」
「ありがとう…うお!?」
渡辺の手に渡った瞬間、スマホがべろんと折れ曲がった。だが壊れたわけではない、画面は正常に表示されている。いつの間にか、「柔らかい」という性質が付加されてしまっているようだ。
「どうなってんだ?」
「あれ~?ちょっと貸してください~」
沙弥は不思議そうにスマホを受け取り、改めて「固い」という性質を付け直す。
「これで大丈夫なはずです~」
「ああ、そうか…ん?今度はなんか微妙に大きくなってるような気が…」
「ん~?おかしいですね~?」
「…まあ、いいか。ポケットには入るし。引き留めて悪かったな」
「いえいえ~。それでは失礼します~」
そして、沙弥と渡辺は別れた。
今度こそ、本当に。
つづく
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