第7話

8月。夏、真っ盛り。

降り注ぐ日差しは強さを増し、熱中症患者のニュースが日常になる季節。

蜂、熊、蛇。危険な生物の活動が活発になる季節。

自然に触れ合う機会が増え、自然の脅威も顕著になる季節。

そんな中、魔法少女隊は海に来ていた。理由はもちろん。


「わぁ~、人がいっぱいですね~」

「今時分だとどこでもこんなものなのだろうな」

「あっ、浮き輪忘れてきちゃった」

「いる?そんなの」

「あっちで借りられるよ。後で一緒に行こうか」


遊ぶためである。


第7話 少女たちの休日


「眩しいね…」

「確かに日差しキツイわね」

「いや、みんなの水着姿がさ…」

孝美は表情を一切変えず、楽子の太ももに蹴りを入れた。

「無言やめて」

「アホな事言うあんたが悪い」

「いやだって、言いたくもなるさ。ゆいちゃんは年代に合ったスタンダードなワンピースタイプ派手さこそないものの基本に忠実それが最高今しかない少女の良さを飾りっ気無しで全面に押し出してて狂おしいほどかわいいよかわいいのもあるけどなんていうか愛おしいという気持ちもあるね守ってあげたくなるでももうそんな子供じゃないって無言のうちに反発されそうなそんな思春期特有の良さって確かにあると思うんだ真ちゃんのフィットネスタイプは鍛えられ引き締まったボディラインがはっきりわかってしかも海水浴場にその水着というミスマッチさも相まってとてもいけない気持ちにさせてくれるよねふふふわかってるよもちろん真ちゃんにそんなつもりはないんだってでも自分がどれだけ罪作りな格好をしているのか少しは自覚してほしいかな孝美ちゃんはタンキニだねいつも真面目で凛としてる孝美ちゃんの内に隠されたでも本当はもう少し大胆になりたいっていう気持ちがそのキュートなおへそを出させたのかないいよねぼくも大好きだよおへそと腰回りまあそこだけじゃなくて女の子は全身くまなく好きなんだけど他ならぬ孝美ちゃんがそこを露出してるっていうのがポイント高いねそして沙弥ちゃんそれは反則だろうまさかのスクール水着とは学生のデフォルト装備にしてある意味究極装備であるスクール水着とは普通ぼくたちくらいの女の子がプライベートな海水浴で着るようなものじゃないんだけどだからこそそれを着ている沙弥ちゃんは唯一無二にして絶対の存在と言える…」

「こいつ水着の事で早口になるの気持ち悪くない?」

「よしてやれ、楽子はそういう奴だ」

「だいたい水着っていうならあんたのはどうなのよ」

「ん?ぼくの?」

楽子の水着は、ビキニだった。それも彼女くらいの年齢の女の子が着るようなタンクトップビキニとか、フリルのあしらわれたかわいいビキニとかではなく、シンプルかつ、布地の少ない、下着に近い、いわゆる「ビキニ」と聞いて世の男性の多くが最初に思い浮かべるビキニそのものだ。

「すごいよね楽子ちゃん、だいたん」

「それで似合っているというのがなんというか、流石だな」

「ありがとう。みんなこれ着ると喜んでくれるんだ」

「もうちょっと年相応のものを…みんな?みんなってどういうこと?ここにいるみんなって意味じゃないわよね」

「うん、他の女の子たち」

話によると楽子は、ここ最近ほぼ毎日違う女の子と海水浴に行っているらしい。その話にゆいと沙弥はただ驚くばかり、真はあまり関心がないらしく、そして孝美はほとほとあきれ果てていた。

「はぁ…なんかもういちいち反応するのも馬鹿らしくなってきたわ。まさかとは思うけど、その上ナンパなんかしてないでしょうね」

「するわけないじゃないか!その時隣にいる女の子の事で頭がいっぱいでそんな事する余裕ないよ!したいけど!」

「したいんかい!」

孝美は再び、楽子の太ももに蹴りを入れた。

「いたた…それにしても本当に良かったよ、沙弥ちゃん」

「あ、はい~。まさかこの水着でそんなに喜んでいただけるとは~」

「それもあるけど、そうじゃなくって」

楽子はウィンクして、沙弥のお腹のあたりを指さす。

「傷跡、残らなくってさ」

そこは先日、廃工場にて銃撃された箇所のひとつ。そこにも足にも、傷跡は全く残っておらず、撃たれたのが嘘のように思える。

「あの時のあんた、世界の終わりみたいな顔してたもんね」

「うん。もしみんなの中の誰かがいなくなったら…なんて、想像もしたくないよ」

「…その「みんな」も、他の子含んでんの?」

「もちろん!かわいい子はみんなそうだよ!」

孝美は三度、楽子の太ももに蹴りを入れた。

「無言やめて」

「バカな事言ってないでさっさと行くわよ」

「そうだな、場所がなくなってしまう」


「このへんでいいんじゃない?ゆい、お願い」

「よいしょっと」

ゆいは、孝美に指定された場所に持っていたビーチパラソルを突き刺した。片手で、軽々と。

「…便利よね、その力」

「女の子っぽくないけどね…」

「ゆい、安心しろ」

真は苦笑いを浮かべるゆいの肩にそっと手を乗せ、力強く言い放つ。

「わたしたちの魔法は全員、女の子らしくなどない!」

「慰めになってない!」

「まあでも、事実ですよね~」

切断・強化・探知、変質、魅了、接触、太刀。どれも女の子らしさを連想するのは難しい能力ばかりだ。

「ぼくちょっと思ったんだけど…逆にさ、女の子っぽい魔法って何なのかな?」

「うーん…お花を咲かせる、とか?」

「メルヘンね…」

「それも童話だとおじいさんの役目だけどな」

「難しいですね~、女の子らしさって~」

「…やめましょ、最初に魔法のこと言い出したあたしが言うのもなんだけど、せっかくの海水浴で魔法の話することないじゃない」

「さっすが孝美ちゃん、いいこと言うよね!じゃあみんな、さっそく遊びに行こう!」

「ちょっと引っ張んないでよ!」

「やれやれ…」

孝美の手を取り、楽子が海へと走っていく。ゆったり歩いて付いていく真。

「マソミン、荷物見ててね」

<はいはい>

「では、参りましょう~」

少し遅れて、ゆいと沙弥は連れだって3人を追いかけていった。


「それにしても、意外だったよ。真ちゃんが球技苦手なんて…さ!」

楽子は自分のところに来たボールを、真の方に上げる。取りやすいように、ふわりと。

「どうも性に合わんようでな…比較的苦手というだけで、人並みくらいには…あ、すまない!」

力加減を間違えたらしい。真の上げたボールは本人が思っていたよりも遠くへ飛んでいった。だが、孝美はそれを読んでいたらしい。落下予想地点にいち早く回り込んでいた。

「不器用なのよねあんた、昔っから…よっと!」

なんとか追い付いた孝美が、4人の方にボールを戻す。

「うべっ」

「ゆい!?」

そして落ちてきたボールは、ぼんやりと砂浜を見ていたゆいの脳天に直撃した。

「おい、大丈夫か?」

「うん、ごめん。ぼーっとしてて…」

「あたしたちの中だと一番動けるはずでしょ?ゆいって」

「それとこれとは話が別というか」

「あの~、すみません~。少し休ませてもらってもいいでしょうか~」

衣装による強化のない、素の状態での運動。あまり動ける方ではない沙弥にとっては少しキツかったようだ。

「そうだね、じゃあみんなで」

「いえ~、さやは一人で戻りますから、おかまいなく~」

「ちょっと、つれないこと言わないでよ」

「でも、ご迷惑では~…」

「逆だ。沙弥ひとり返してはそっちの方が気になる」

「沙弥ちゃんは、ぼくたちと一緒だと…楽しくないかな?」

沙弥はふるふると首を振った。

「楽しいです、けど~…だからこそ、ご迷惑になるのは申し訳ないというか、この前も~…」

「沙弥ちゃん」

ゆいは、俯きかけた沙弥の目をまっすぐに見つめる。

「誰も迷惑だなんて思ってないよ。それどころか、沙弥ちゃんにはすごく感謝してる」

「実際、沙弥の魔法には何度も助けられたからな…」

「沙弥ちゃんのかわいさにも何度も助けられたしね…」

「あんたは黙ってて…」

「それに私たち、魔法少女で、仲間で、友達でしょ?迷惑とか、そういうの言いっこなしだよ」

「ゆいさん…みなさん…」

沙弥は全員の顔を見回す。優しく頼もしい、みんなの顔を。

「…すみませ」

「その言葉はノーセンキュー、かな?」

謝罪をしかけた沙弥の唇を、楽子の指が押し止める。

「沙弥ちゃんからは、もっと素敵な言葉を聞きたいな」

「…ふぁい…」

「…楽子、いつまでそうやってんの。離しなさいよ、迷惑でしょ」

「さっき迷惑とか言いっこなしって!」

一堂は声をあげて笑った。そして自然と、全員でビーチに戻り始めた。

「戻ったらスイカ割りでもしよっか。売ってるの見たよ」

「…『橘さん、なぜ見てるんです』」

「真ちゃんなんか言った?」

「なんでもない」

「道具はどうします~?」

「木刀はわたしが持ってるのを使えばいいとして…」

「真、あんたこんなとこまで木刀持ってきてたの…?」

「目隠しはどうしよう?」

「心配ないよ。ぼくが目隠しになるから」

「あんたは何を言ってるの…?」

他愛ない話、笑い合う声。

特別な絆で結ばれた仲間たちとの、なんでもない一日は、幸せのうちに過ぎていった。


つづく

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