第5話

第5話 救出!魔法少女隊!


「おはよー…」

「あら楽子、おはよう」

その日、休日にしては珍しく早起きした楽子は、ちょうど家を出るところだった母親とあいさつを交わした。

「あれ…?母さんどこか行くの?」

「今日は仕事って言ってあったでしょ、忘れてたわね」

「いやー…ははは」

そういえばそう言っていたような気もする。

「まったくもう…とにかく行ってくるわ。夕飯までには帰るから」

「はいはい。父さんは?」

「まだ寝てるわよ。それじゃ」

母親はそう言って出勤していった。

残された楽子は、寝ぼけ眼でのそのそと朝食の準備をして、なんとなくテレビをつける。

「…今も懸命の捜索が続けられています」

どうやら登山客が遭難したらしい。垂れ流される情報を聞き流しながら、この山そんなに遠くないなぁ、などと思いつつ、朝食を摂る。

しかし次の瞬間、彼女の耳は聞き捨てならない情報をキャッチした。

「…遭難したと見られる2人の女子大生の…」

楽子の意識は、一気に覚醒した。


「碧はまだ、見つからないんですか…?」

麓の警察署で、もう何回も繰り返した質問を再び口にしたのは、青ざめた顔の女性だった。遭難者・碧の母親である。

「…申し訳ありません。ですが、必ず発見してみせます」

「そうですよ。皆さんがんばってくれてますし、きっと碧も陽子も無事です。だから、ね。お邪魔にならないようにしないと」

「…はい。そうですね。そう…ですよね」

もう一人の遭難者・陽子の母親がなだめて下がらせる。冷静なように見えるが、彼女の心中も碧の母とそう変わりはあるまい。感情を押し殺し、最善と思われる行動をとっているのだ。

(…何度見ても慣れないな、こういう光景は…)

相手をしていた警察官にも息子がいる。幸と言うべきか、山には欠片も興味を持っていないが、我が子が同じように遭難しようものなら、果たして冷静でいられるだろうか。そう考えると、未だ発見できない自分たちの無能さに腹が立つ。しかしそれは同時に、絶対に見つけてみせるという使命感を燃やす燃料にもなるのだ。

「こんにちはー」

「!?」

突然の来訪者。その出で立ちに、警察官たちは絶句した。彼女たちを初めて見る大人たちが大抵そうなるように。

「なんなんだ君たちは!?」

「魔法少女隊です!」

「何なのあなたたち!ここは遊び場じゃないのよ!!!」

突然現れたふざけた格好の少女たちに、碧の母親は激昂した。つかつかと先頭に立つゆいの目の前に歩み寄る。

「私たちだって遊びに来たわけじゃありません!」

「そんな恰好で何しに来たって言うの!」

「遭難した人を探しに来たんです!」

「この…言うに事欠いて…!!!」

碧の母親が右手を振りかぶる。その手を陽子の母親が掴んだ。

「落ち着いてください」

「でも!この子たち!」

「気持ちはわかりますが、暴力はいけません。あなたたち、早く帰りなさい。正直なところを言うと、私だってあなたたちを殴りたくて仕方ありません。あなたたちがどういうつもりで来たのかは知りませんが、これ以上私たちの神経を逆なでしないでください」

怒れる2人の母親とゆいの間に、楽子が割って入る。

「…わかりました、ここからは立ち去ります。でも、帰りません。碧さんと陽子さんはきっと、ぼくたちが見つけてみせます」

「…!!!出ていけ!!!」

碧の母親が涙を浮かべて怒鳴り声を上げる。魔法少女隊は言われるがまま、警察署を後にした。


「いやぁ、怒らせちゃったねぇ。仕方なかったとはいえ」

「やはり、人がいなくなったタイミングで忍び込むべきだったのではないか?」

「ダメだよ。それがいつになるかわからないし、こういうのはスピードが命でしょ?」

「楽子、あんたさっき魔法使わなかったでしょ。なんで?」

「彼女たちの怒りは娘を思ってのものだからね。さすがにその気持ちを無碍にするような真似はできないよ」

「またキザな事を…でもまぁ、あんたの数少ない美点よね、そういうとこって」

「ん?惚れた?」

「か・ず・す・く・な・い!スピードが命なんでしょ、さっさと探すわよ。仕切りなさい言いだしっぺ」

「はいはい。沙弥ちゃん、地図見せて」

「はい~」

沙弥は先ほど、署の中で人知れずコピーしてきた地図を広げた。

「捜索済みの範囲がここで~。これから探すのがこのあたりみたいですね~」

「ふむ…」

一同は地図を眺める。少しの間、沈黙が流れた。

「…どうしようか?」

「あんたねえ!あんな大見得切っといてそれ!?」

「と言っても、わたしたち人探し用の魔法は持ってないからな」

「私の探知で探せれば良かったんだけど、対象は魔法少女だけだし…そうだ、沙弥ちゃん人探しレーダーみたいなの作れない?」

「うーん、できなくはないんでしょうけど~、時間が~」

「あぁそうか…」

「マソミンに探してきてもらうのはどうだ?」

「…ダメだって。地球人はみんな同じに見えるって言ってる」

「案外使えないわね天使」

「やっぱり地道に探すしかないのかな。ぼくたち、衣装のおかげで身体能力だけは人一倍あるわけだし」

「それしかなさそうね。なら5人固まってるよりは散った方がいいんじゃない?」

「とは言え5人バラバラになって二重遭難などしては目も当てられない。ここは二手に分かれよう」

話し合いの結果、捜索は次のように行う事となった。

・楽子・沙弥組とゆい・真・孝美組に分かれて探す。

・発見できなくても、4時間経ったら麓まで戻ってくる。

「…作戦も何もあったもんじゃないわね。こんなんで大丈夫かしら」

「大丈夫だよ!だって私たち、魔法少女だもん!」

「出たわねゆいの魔法少女信仰」

「ゆいさんチームは~、これを持って行ってください~」

沙弥はゆいにコンパスを手渡した。

「沙弥が渡してきたということは、ただのコンパスじゃないな。何をしてある?」

「針が北ではなく、常にさっきの警察署を指すようになってます~。これに従ってまっすぐ進めば迷っても帰れるかと~」

「ありがとう、さすが沙弥ちゃん!」

「ところで、もし発見したらもう一方のチームへの連絡はどうするの?山の中って電波入るの?」

「心配ごむようです~。沙弥のスマホ、皆さんと通話する時だけ電波状態に関係なくかかるようにしてあります~。ただ、バッテリーの消費が激しいので必要な時だけにしてくれると助かります~」

「つくづく便利な魔法だな、沙弥のは」

「ホント、誰かさんとは大違いね」

「孝美ちゃん、そんなに自分を卑下することはないよ。孝美ちゃんにはかわいさという何物にも代えがたい魔法が」

「あんたのこと言ってんのよ!いいからさっさと行くわよ!」

太陽が中天に差し掛かる少し前。魔法少女隊は、捜索を開始した。


が。

「み、見つかんないね…」

こちらゆい組。3人は地道な捜索を続けていたが、遭難者がそう簡単に早々見つかるわけもなく。

「もっといい方法はないのかしら…」

「さっきも言ったが、わたしたちの魔法は人探しに向いてないからな…」

「んー…孝美ちゃんの魔法って距離とか関係ないんだよね。遭難した人に触れないかな?」

「対象を思い浮かべる必要があるから、会ったこともない人に触るのは難しいわね…っていうか、触ってどうしろって言うのよ」

「うーん…あっ、そうだ!真ちゃんの刀を地面に立ててから思いっきり伸ばして、上から探すって出来ないかな!」

「とんでもない事を言い出すな…だが一応、やってみよう」

「やるんだ…」

真はさっそく刀を出して、地面に突き立て伸ばしてみる。柄を持つ真の身体が持ち上がっていくが、刀身が2メートルほどになったところで、伸ばすのをやめた。

「どうしたの?」

「ダメだ、倒れる」

「もうちょっと深く突き刺してみるとか…あ、あの岩なんてどうかな」

ゆいは自分と同じくらいの大きさの岩を指さす。真はその上に飛び乗り、刀をしっかりと突き刺した上で再び伸ばす。ぐんぐん伸びていくが、今度は5メートルくらいまで伸ばしたところで中止した。

「この辺が限界だな。バランスが取れなくなる」

「ダメかぁ」

そのくらいの長さであれば、木に登った方がまだマシである。

「んー…人が乗ってなければもっと伸ばせる?」

「ああ、いけると思う」

「じゃあさ、思いっきり伸ばして目印にしよう。3人バラバラに探しに行って、ある程度時間が経ったらここに集合する、っていうのは?効率3倍だよ」

「ゆい、あんたなんで3人で探してるのか忘れてない?バラバラになった後に怪我なんかして二重遭難したらどうすんのよ」

「いや、一人になるのがごく短時間であればまだ大丈夫なんじゃないか?誰か戻って来なかったらその時は残った2人で探せばいい」

「…じゃあ10分。10分後に再集合、それでいいわね」

「うん。じゃあ真ちゃん、お願い」

真は先ほどと同じように岩に刀を突き立て、そして今度は柄を離して刀身を伸ばす。刀はぐんぐん伸びて行き、木々の高さを越え遠くからでも視認できるほどになった。

「…なんかシュールね」

「じゃあ10分後にまた、ここで」

「承知した」

「気を付けなさいよ」

3人の魔法少女は、3方へと散っていった。


10分後。


「ただいまー」

「おかえり。どう?見つかった?」

「ううん、そっちは?」

「わたしも孝美もハズレだ」

「さすがに10分じゃ無理かぁ」

「っていうか、かえって効率悪くなってない?」

「むぅ…」

「とりあえず移動するぞ」

真が刀を戻そうとしたその時、茂みががさがさと音を立てた。3人は一斉にそちらを振り向く。

「なんだ…?」

「…まさか、熊…?」

「もしそうなら任せるわよ、ゆい…」

「えぇー…私?」

現れたのは…遭難者の一人、碧だった。

「………」

「………」

「………」

「………」

一同はすぐに言葉を発することができなかった。

魔法少女たちは、探し人が突然向こうからやってきたことで。

碧は、ようやく出会えた人たちの格好で。

「えっと…碧さん、かしら」

「あ、はい…」

沈黙を破ったのは孝美だった。答えた碧の声は弱々しかったが、命の危険を感じるレベルのものではない。おそらく肉体的・精神的な疲労によるものだろう。

「私たち、あなたを探しに来たんです!」

「え…その格好で?」

「格好の事は言わないで…後生だから」

「ともかく、要救助者確保だな。碧さん、ご自分で歩けますか?」

「うん、なんとか…そんな事より、陽子ちゃん…友達、見てませんか?」

「あたしもそれは気になってたんですけど、一緒じゃなかったんですか?」

「気が付いたらはぐれちゃってて、一生懸命探したんだけど見つからなくって、帰り道もわからなくなって、私…」

「落ち着いてください碧さん。陽子さんも、私たちが絶対に見つけてみせます。魔法少女ですから!」

ゆいが碧を励ます。根拠のない自信ではあったが、実際碧は見つけたのだ。その事実が、碧をいくらか安心させた。

「とにかく一度連絡を…」

真が沙弥に連絡しようとスマホを取り出すと、タイミングよく向こうから電話がかかってきた。

「もしもし、ちょうど良かった。こちらは碧さんを発見してこれから…何?陽子さんが?」


「はい~。見つけたは見つけたんですけど~」

真と話しながら、沙弥は上を見る。そこには高い崖がそびえており、そのだいぶ上の方にわずかな出っ張りがある。

陽子は、そこにいた。

「これは…なかなかハードだね」

彼女はおそらく、運悪く崖の上から転落して、運良く出っ張りに引っかかったのだろう。その時に怪我でもしたのか、だいぶ具合が悪そうだ。その上出っ張りは狭く、脆く。今すぐ転落して来てもおかしくない。

「沙弥たちでは、あそこまで行くのは無理そうですし~…」

衣装によって魔法少女たちの身体能力は強化されているものの、この崖を登っていくのは無理があった。上からならあるいは、というところだが、そこまで回り込んでいる余裕はなさそうだ。

「ゆいさんに、来ていただくようにお願いしましたが~…」

沙弥は通話を終え、スマホをしまった。種子による強化があるゆいであれば、この崖も攻略できるだろう。だが、陽子の体力、そして出っ張りがそれまで保つかどうか…。

「そうだ、沙弥ちゃん。地面を柔らかくしてクッションにできないかな」

「実はもうやってはいるんですが~…」

言葉通り、沙弥の足元の地面はだいぶ柔らかくなっていた。弾力があり、これならばあそこから落ちてきても無事でいられるだろう。

「けど、これだけでは~…ただ落ちてきたのでは、斜面に体がぶつかってただではすまないでしょうし、ある程度こちら側にジャンプしていただかないことには~…」

無理な注文だった。負傷と衰弱で、陽子はとても動けるような状態ではない。そうでなくても足場などないに等しいのだ。それらを全てクリアしたとて、そんな飛び降り自殺に等しい真似、普通できるものではない。

普通であれば。

「こっちに跳んできてもらえばいいんだね?柔らかくなってるのはここでいいのかな?」

「はい~、このへんに落ちてきていただければベストなんですが~…陽子さ~ん、こちらにジャンプしていただけませんか~?」

陽子は力なく首を振る。

「ここはぼくに任せてくれないかな。陽子さん!」

楽子はクッション地面の上に立ち、両手を広げて陽子に呼びかける。陽子と楽子の視線が重なると、陽子の青ざめた顔色は紅潮し、憔悴した瞳に光が宿る。息切れが、苦しさとは別の意味をもってくる。楽子の魅了の力だ。

「怖くないよ!ぼくの胸に飛び込んできて!」

「はーーーーいっ!!!」

陽子は跳んだ。楽子に向かって、壁を蹴って、満面の笑みで。


「お…おい、あれ!」

「碧!」

「陽子…!」

警察署に帰ってきた魔法少女たちと、遭難者たち。彼女らにいの一番に駆け寄ったのは、遭難者2人の母親だった。

「碧!よかった、碧…!」

「心配かけてごめんね、お母さん」

「陽子、怪我してるの?それになんだか顔が赤いわ」

「う…うぅ…」

「お母さん、陽子さんはひどく衰弱しています。一刻も早く病院へ」

「そうですね。話はまた、後で」

「おーい担架だ!」

陽子は担架に乗せられ、運ばれていった。

「…楽子。あんたなんか悪さしたんでしょ」

「バレちゃった?いやぁ~救助は沙弥ちゃんに頼りっぱなしだったから、メンタルケアとしてね?」

「全く、余計な事ばっかり気が回るんだから…沙弥、ご苦労様」

「あ、いえ~」

楽子は魅了を解いた後、陽子と沙弥に、救助の時に魅了を使った事を口止めしていた。陽子が「なんで私あんなことを…」といった後悔の表情を浮かべていたからだ。

「…魔法少女さん、で良かったのかしら」

碧の母親が、少しばつが悪そうに話しかけてきた。ゆいは元気に答える。

「はいっ!魔法少女隊です!」

「…ごめんなさい、酷いこと言っちゃって。そして、本当に…本、当に…ありが、とう…!」

後半は涙声になり、ゆいの手を握って感謝の意を述べる。

「私からもお礼を言わせてください。うちの娘を見つけて下さり、ありがとうございました」

陽子の母親は、深々と頭を下げた。

沙弥、楽子、孝美、真は照れくさそうに視線を逸らす。

そしてゆいは。

「当たり前のことをしたまでです!だって私たち、魔法少女隊!ですから!」

「調子に乗らない」

「あたっ!」

孝美に頭をはたかれた。くすくすと笑い声が生じ、場に和やかな空気が漂う。

かくして登山少女遭難事件は、魔法少女隊の活躍によって無事解決した。

この事実は即日報道され、世間の魔法少女隊への認知度、そして好感度は一気に上昇することとなった。


つづく

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