第5話 ヘビ神様

 帰宅して、

「ただいま帰りました」

 と、居間でこたつに入ってテレビを見ている紅倉に挨拶すると、

「ん~~~」

 と芙蓉を見て変な顔をした。

「済みません、遅くなりました。お腹すきましたね」

 いつも出来るだけ早く、六時過ぎまでに帰るようにしているが、今日はなんだかんだでもう九時を過ぎてしまっていた。

「フライドチキンが食べたい」

 ああ、テレビでCMを見たんだな、と思ったが。

「済みません、スーパーで焼き鳥買って来ちゃいました。う~~ん、惜しい!……ってことで許してください」

「え~~~、じゃなくって。美貴ちゃん、変わった人と会わなかった?」

「例えば?」

「ヘビ女」

 芙蓉は、

(ああ、蛇なのか)

 と、心当たりがあった。


 やっぱりお腹すいた、と言うので、急ぎ「焼き鳥丼」と筑前煮の夕食を準備して、二人で食べた。

 デザートのムースプリンでお茶をしながら、さて、

「怒らないからお姉さんに話してごらんなさい」

 と言われ、

「何もやましい事なんてありませんけど」

 と前置きして芙蓉は、宇賀神妙子うがじんたえこの事を話した。



 ショー&オークション班の芙蓉は、同僚の柴沢陽茉しばさわひまりといっしょに、駐車場に準備に訪れるスタイリスト一行を迎えに出ていた。

 車から他二人のモデルといっしょに降りて来た宇賀神妙子は、芙蓉を見るなり、

「わあ、芙蓉美貴ちゃんだあ」

 と駆け寄ると、ハグしてきた。


「ふうーん、その子、かわいいんだあ?」

「うーん……、かわいいより綺麗系ですけどね。ぶりっ子は演技臭かったですね」

「ハグされて、どうしたの?」

「それは……礼儀としてハグし返しましたよ」

「へえーー。気持ちよかった?」

「えー………、はい………」

「………………」

「なんと言いますか、とてもしっくり来る感じで。不思議ですね、以前にも抱いた事があるような……。いえ、コホン。先生がお預けばかりなので欲求不満になってるんですね、きっと」

「わたしのせいにするんじゃないの。……周りの反応は?」

「そりゃあもう、どん引きでした」

「当然ね。で?」


 ホールの控え室に案内し、バザー会場に服を選びに行き、芙蓉と陽茉、それに玲緒奈、そして宇賀神が代役モデルになって、控え室でフィッティングして、スタイリストがコーディネートを決める手伝いをした。


「ふうーん。フィッティングって、服をあれこれ着せ替えするんだあ?」

「そうです」

「裸になるの?」

「裸にはなりませんが、下着姿にはなります」

「宇賀神さんのセミヌードはどうだった?」

「彼女は肌が白くって、絹のように滑らかで、細いですが筋肉はしっかりして、脂肪の乗りも程よく……」

「そりゃ美味しそうね。あっちはどうだった? 宇賀神さんはあなたをどういう風に見てた?」

「宇賀神さんは…………」


 芙蓉もさすがに先生になんと説明しようか迷ったが。

(……ま、どうせお見通しなんだろうから構わないか)


「エロい目つきで見てましたね。目の周りがほんのり上気したような。わたしが視線に気づいても、誤摩化したりしないで、目を細めて、チラッと唇の間から舌先を覗かせて。完全に誘ってましたね」

「ああ、そ。やっぱりそうなるんだあ……。で?」


 特に何事もなく、

(そりゃそうだ、玲緒奈さんも、他の人たちもいたんだから)

 スタイリストはコーディネートを十セット作り、芙蓉たち学生三人は残念ながら選から漏れた服を抱えてバザー会場に戻り、遊んでいるモデル二人に終わったから控え室に戻るように伝えた。

 時間を潰し、頃合いを見てまた陽茉と控え室に帰りの案内に向かったのだが。

 スタイリストのヒロコと宇賀神のマネージャーの里子はもうエントランスに来て立ち話をしていて、モデルたちを呼んでくるように頼まれた。そこで控え室に行き、三人を呼ぼうとしたのだが。

 中から何やら不穏な気配がした。

 ノックをためらい、思わず聞き耳を立てると、モデルたちの声が聞こえてきた。


 __あんたさあ、まおさんに取り入ろうとするの、やめてよね。


 まおさん、と言うのは、陽茉によると、一番人気のモデル、沖州茉央(おきすまお)のことらしい。


 __まおさんね、迷惑がってるんだよ、あんたが「キモイ」ってね。

 __てかさあ、あんた、さっきの、何? マジでレズなの? マジキモイんだけど。

 __フヨウなんとかだっけ?気持ち悪いお化け番組の人でしょ? あんたもあっち行きゃいいじゃん。気持ち悪い同士、お似合いじゃん。


 ケラケラケラケラ。


 __とにかく、まおさんに近づくんじゃないわよ。いいわね?

 __まおさんが自分であんたのこと、「キモイ」って言ってんだからね?

 __あんたはいわば、試用期間中なんだからね、あんまりはしゃいでんじゃないわよ。

 __ま、そう長くないうちに消える事になるだろうけど?


 ケラケラケラケラ。


 あまりに陰険であけすけな内幕の暴露、それも芙蓉の名前まで出てきて、陽茉はあわわと芙蓉の様子をうかがったが、芙蓉はもういいだろうとノックし、

「失礼します」

 と、ドアを開けた。

 ハッとした空気があって、二人の人気モデルは取り繕った笑顔で「なあに?」と訊いてきた。

「準備が出来ましたら、帰るそうですので」

「はあーい。今行きまーす」

 二人は出口を空けた芙蓉の前をパタパタ駆け足で出て行った。芙蓉は嫌いな相手に愛想笑いなどしないので、二人ともすっかりビビっているようだった。

 一人遅れてきた宇賀神は、先輩にいびられて青ざめたり、めそめそしているかと思いきや、


「目を細めて、面白そうに笑ってました。なるほど、あの顔は、蛇ですね」


 玄関にみんな揃ったので、駐車場までエスコートし、車が出て行くのを見送った。

 車は大型SUVで、里子が運転した。

 二人になった所で、陽茉に宇賀神妙子について訊いてみた。


「まだ「bloomin'」に登場して三ヶ月かな? ちょっと個性的だけど、綺麗で、美人には間違いないし、読者の女の子のウケは悪くないんじゃないかな? でも、モデルがフィーチャーされた記事にはまだ登場してないし、どういうキャラクターなのか分かんないわね。わたしも今日見てびっくりしちゃった。……仲間内では、嫌われてるみたいね? あのぶりっ子キャラのせいかな? ちょっと、引いちゃうよね?…………」


 陽茉の宇賀神妙子評は、いくぶん、憧れのモデルを擁護ようごしたい気持ちが入ったもののように感じられた。

 ちなみに、

 帰る時、玲緒奈に聞くと、

 里子はあくまで宇賀神妙子のマネージャーで、他のモデルたちもそれぞれ所属事務所は別で関係ないのだそうだ。

「でもあの里子さんのことだから、現場に出ればスムーズに回るようにあれこれ気を使うでしょうから、みんなから頼りにされるようになっちゃうでしょうね」

 ということで、「bloomin'」編集部から今回の大学での仕事のマネージメントを任されたのだろう。



「以上です。わたしが愛してるのは先生ただ一人で、決して宇賀神さんに心引かれたりしてません」

「どうでもよろしい」

 紅倉は陰険に言い、目を細めたまま、うーーーん……、と芙蓉を眺め、

「教えておこっか」

 と、話し出した。



「美貴ちゃん。あなた、夜寝ていて、エッチな夢見てない?」

「          

 先生が悪いんです。わたしは若いんです」

「はいはい。その持て余したエッチな欲求を、夜な夜な忍んできては盗み食いしてるのがいるの」

「な、なんですって。先生、ひどい! それを知っていながら、わたしがけがされるのを放置しておくなんて、先生の裏切り者!」

「だってえー、あなた、すごく気持ちよさそうにしてるんだもーん」

「・・・・・・

 で、何物なんです、そのエッチな奴?」

「蛇の神様」

「蛇…………」

「そ。最初はね、どこの神社から拾ってきちゃったんだろう……って思ってたんだけど」

「それが、宇賀神妙子さんだった、と?」

 紅倉はうなずき、続ける。



「動物の神様ってね、いわば妖怪だと思うのよ。

 で、元々なんだったかって言うと、


 元から神様にお使いする、神様の眷属(けんぞく)……平たく言えば「身内の者」。身分が下で使役される立ち場だけど、親分の加護も受けてる。……これが一番上等でしょうね。


 動物が、たまたま長生きして、たまたま神様とか、徳の高いお坊さんなんかに関係して、まあ、修行のような事をして、神様と呼んで差し支えない高い霊性を獲得した物。


 この二つはいいんだけど……、



 問題なのは、元が人間の、「自称神様」。



 どういう事かって言うと、


 動物霊、って言うでしょ?

 これもね、


 本当に動物が、生前人間と親しく過ごしたり、逆に人間に虐待されて強い恨みを抱いたり、とにかく人間と強い関わりを持って、人間みたいに幽霊になった場合と、


 人間が、ろくでもない奴で、死後、人間的な道徳心とか理性がすっかり無くなっちゃって、獣みたいに、まあ、先祖がえりして、動物みたいなキャラクターになっちゃった奴、


 とあるのね。


 で、そういうのが、

 すっかり信仰が薄れて神様がいなくなっちゃった、廃れた神社なんかがあると、そこにたむろして、

 で、たまあ~~に、そういう事情を知らないでお参りしちゃう人がいると、そのたむろしている連中が、


 「お? 俺たちって、神様なんじゃね?」


 って勘違い……って言うか、思い上がって、神様として振る舞うようになるわけよ。


 で、こういうのは…………当然、三流、四流の神様なわけよ。


 神様なの?って疑問を持たれるのがもっともなんだけど、

 じゃあ、神様の定義は何?、って考えると、けっきょく、


  人知を超えた力、


 ってことになると思うのよ。

 で、そういう連中って、一応、力はあるのよ。ま、大したもんじゃないけどね。


 だから、お参りされて、願い事をされれば、一応、応えてくれるのよ。

 でも、ま、大した力はないし、飽きっぽいし、そのくせ、


  願いを叶えてやったんだから、


 って、見返りは大きく要求するのね。

 だから、たちが悪い。

 関わっちゃうと、ろくな事にならないわね。


 それは、元から低級の、低俗なエセ神様の場合なんだけど、


 でも、上級の神様でも、特に動物の神様は、

 付き合い方に気をつけないとならない。

 ま、それはどんな神様もそうなんだけど、特に動物の神様の場合は、ね。


 祈り、祈られ、叶えられ、感謝され、

 距離があんまり近づいちゃうと、

 神憑かみつき、

 一体化して、人間は普通じゃない力を持つようになるけれど、人間性が壊れておかしく……動物的になってしまう。

 神様も、人間的な俗に染まって、徳を失ってしまう。



 そこで、

 あなたを夜ばいしてる蛇神様なんだけど、


 見たところ、力のある、一級の動物神であるのは確かなよう……エッチだけどね。


 この蛇神様は、どこかやしろではなく、その宇賀神妙子さんに取り憑いているよう。


 その宇賀神さんと接触して、あなたがどういう反応をするか興味があったんだけど、


 あなたは拒否しないで、むしろ喜んでハグした。……やっぱり相性はいいみたいね。


 宇賀神妙子……

 宇賀神っていう、蛇の神様がいるのね。彼女は、憑かれたって言うより、元々、蛇神の一族なのかもね?


 でも……、話を聞いた所、その蛇神様、もうずいぶん俗にひたっちゃってる感じね?

 宇賀神さん自身、なんか怪しい感じだし…………


 やっぱり、例えちゃんとした神様でも、人間に長い間取り憑いているのはお互いにとっていいことではないんじゃないかな?

 お互いに影響し合って、どっちも悪い方へ変質していく危険が高いわね。


 美貴ちゃん。あなたも、若い性欲を処理してもらうのもいいけれど、気をつけなさい? あんまり気持ちよさに溺れていると、あなたも蛇になっちゃうわよ?」

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